第14話 滅亡ルート突入?

 沈みかけの月に照らされて、覚えのある存在のシルエットが映し出される。

 本来この序盤には出現しない存在…


 いや…出現してはならない圧倒的な存在…


 白銀のサラサラな長い髪…

 そこから垣間見える、深紅の鋭い瞳…


 その目に見つめられれば、たちまち背筋が凍りついてしまう…


 体の線が細いが、引き締まった体。人型だが額に角を生やし、ピンと長い耳…鋭い爪…



「魔王…ヴェルギウス」

 このEXシナリオでは現れない筈の敵…

 本来はもっと先で登場する筈の敵。


 この序盤では絶対に勝てない存在…


 そのヴェルギウスはシルヴァンに止めを刺すために、彼の心臓めがけて長い爪を突き立てようとしていた。


「させるか!魔王ヴェルギウス!」

 アギトは全速力でシルヴァンを庇う。


 それに気づいたのか、ヴェルギウスは一旦シルヴァンへの攻撃を止めて後ろに下がった。


 そしてアギトを睨み付ける。


「我が名を知る人間か…会った事はない筈だが…」

 本来魔王の姿を見たものはいない。知っている者はいない。見たものは死んでいるから…


「キングゴーレムよ…


 生き残っている兵を連れて帰還せよ…貴様ではヤツに勝てん。」

 断言した。


 そう言うとヴェルギウスは右手をアギトに左手を勇者候補達に向ける。


(あの構えは)

 アギトは周りにセリム達がいることに気づいていた。

 だがレベリングに夢中で相手にするつもりがなかっただけだ。


「おまえ達…かがんで少しでもその波動に当たらないようにしろ。


 武器や装備の耐久値がゼロになり、破壊されるぞ!」


 アギトの一言で、仲間達はかがんだ。


『凍える波動』

 魔王はオーラのような波動をアギト達に飛ばした。


(味方のバフが解除される…つまり俺の鬼の契約は…)


 アギトは『呪い』シリーズの武器の為、耐久値は無い。

 だがそれ以外…つまり仲間は…


 アギトは確認した。装備である服と武器が壊れていないかを…


「良かった…壊れていない。」


 アギトは安心したようだ。仲間もパッと見では変わっていなかったため、安心したようだった。


「はぁ…良かった…」

 アギトはホッと一息ついた…


「クククク…武器や装備の耐久値がゼロになり壊される…か…」

 ヴェルギウスはニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。


「現実的に考えて、波動でそんな事が出来るわけないだろう?


 貴様…常識を知らんのか?」

 魔王ヴェルギウスの冷酷なツッコミ…


 仲間達も装備が壊れていない事で逆に驚いていた。

「なんだよ…ハッタリか…


 おいアギト、常識的に考えろ!」

 仲間もアギトの脅しに対して不満を漏らしたようだ。




(物語序盤に出てくる非常識な魔王に常識を語られても…)

 そう思いつつも、今は魔王の撤退条件を見極めなければならない。

 つまり少しでも時間を稼いで、そこからヒントを得なければならない状況だった。


「くそ…魔王ヴェルギウス…なぜ貴様がここにいるんだ?」

 アギトの一番の疑問。本来登場しえない敵。


「貴様は…幼いゆえにまだ分からんかもしれないが、計画を実行する上での責任者が必要だろう?」

 ヴェルギウスはククククと笑いながら、さも常識的かのようにアギトに言う。


「我は部下に対して『我の為に死ね』と言って、王都に進攻させた。


 であるならば、計画を完遂せねば死んでいった部下に会わせる顔がないであろう!


 部下の死に報いるために作戦は必ず成功させる。これが部下への手向けである!」



(うわ…現実的すぎる。上司としては100点満点の回答。ゲームのボスとしては0点だけど…)


「という訳だ。『死ね』」

 魔王は姿を消した。


(物語を進める為の負け確定イベントじゃ無さそう…


 え?俺死ぬよね?もしやバッドエンドルート?)


「特技発動『鬼神との契約』」

 アギトは少し驚いていた。鬼の契約が鬼神との契約に変わっていた。

 彼にとってはその力は未知数。しかし確認の為にステータス画面を見る余裕も無い。


 アギトは自身の背中に妖刀ムラマサを構えた。

 刀の邪気がアギトの背中を覆う。


 ヴェルギウスはアギトの背後から心臓を貫くつもりだった。


 しかし刀の邪気を感じて、一旦攻撃を止めた。


 正確には爪の先が刀に触れた瞬間に、生命の危機を感じた為に攻撃を中止したのだ。


 ヴェルギウスはアギトから一旦離れた。

 そして自らの爪をみる。

 すると、耐久値が0になった爪は攻撃が出来ないほどきれいに切断されていた。 


「ほう…まさか我の攻撃が見えていたとはな…」


「あいにくと、おまえの行動パターンはお見通し済みなんでね…」

 実際は見えていない。何回も何回も攻略してきた魔王の行動パターンから、一番現実的にあり得そうな攻撃が来ることに賭けたのだ。


 だって魔王が嫌に現実的だったから。


「そうか…ではこれならばどうだ?」

 魔王が次の構えをしようとしている時だった。


 空中にたくさんの星の様に魔法陣が展開される。


(あっ、これは必殺必中の攻撃…

 HPが足りないから、俺死んだわ…やっぱり現実的にご都合展開は無いか…)



 そこに魔王に声をかける顔面ツギハギの人間が一人いた。


「まっ魔王様ぁ…ようやくこのルイズでの封印を破壊いたしましたぁ!


 ってえええ…アイツは魔物にするはずだった今朝逃げた勇者候補?」



 監獄にいた看守が魔王に話しかける。


(あっ…アイツ…俺の左腕を折ったクソ看守…


 つまりはアイツが来たことで、俺は生存ルートに入ったのか…?)


 この後のシナリオでは囚人が魔物になる。


 だからアギトは囚人が脱獄するのだと勘違いしていた。敵側の看守が囚人を逃がしていたのだ…



「ん?アイツがキサマから報告のあった勇者候補か?」


「はい、そうです。今朝脱獄して、探していたのです!」


「は?」

 ヴェルギウスは部下の報告に対して本気の怒りの表情を浮かべていた。


「探していた?ヤツを?では他の魔物にするはずだった囚人は?


 なぜおまえ一人だけがこの場にいるのだ?」


 看守は本気で焦った表情をしている。

「そ…それは…何故か全員下痢でトイレから離れられず…連れてこられませんでした。」


「なぁぁぁぁぁぁ!デリンジャー!


 この計画の為に我らがどれだけの月日を費やしたと思っている?」

 ヴェルギウスは部下の失態に対し、他の勇者候補にも聞こえるくらいの大声で大激怒している。


 それは今にもこの世界を滅ぼしてしまうくらいに…


「申し訳ございま…」

 そう謝ると、看守の体は魔王の魔法により粉々に吹き飛ばされた。

 仲間であろうと失敗した者に容赦はなかったようだ。


「謝罪はいらん。死で償え。」

 一瞬で部下を殺し、ヴェルギウスは一息ついた。


「そうか…そうなのか…

 では貴様は今日の朝までレベルが1だった勇者候補ということか?


 話を聞いて理解した。全て貴様が我が計画を妨げたな!


 最初から我らが計画は、貴様の手のひらの上で転がされていたということか…」


 魔王ヴェルギウスはアギトを買いかぶり過ぎていた。

 これまでの計画は全てアギトが知っており、それを阻止するためにアギト自らが監獄へ収監されたと大きな勘違いをしていた。


 それ故に大激怒していた。


 アギトはそんな魔王ヴェルギウスの様子を見て、内心元の世界に帰りたいと本気で思っていた。


(あぁ…まずいです…これはまずいです。本気でまずいです。)

 魔王ヴェルギウスから感じるピリピリを越えて、もはや今にも気絶してしまいそうなくらい重々しい殺気。


 殺気だけで体が硬直しているかの様だった。上下左右の感覚が分からなくなりかけていた。



「…‥…フッ」

 アギトは昔漫画で見た事がある。答えないほうがよい場合があることを。

 本当はここで「いえ、違います。バカなのですか?」と言いたかった。しかし言わなかった。


(答えは……『沈黙』だ。)


 だがその沈黙は魔王ヴェルギウスが肯定の意ととらえてしまう。


「許さん。許さんぞぉぉぉぉぉぉ!

 貴様はここで殺す!


 我らが脅威は今ここで確実に排除せねばならない!必ず殺す!」


 ゲームでさえ見たことの無い魔王ヴェルギウスの激怒。初めて見るレアな表情。


 ゲームではこちらがどれ程レベルが高くとも、最後まで余裕そうに構えていた魔王ヴェルギウス…


 そんな彼は見たことの無いくらい激怒していた。今日から冒険を始めた者に対して…


(生存ルートかと思ったのに…


 まさかの魔王を大激怒させて世界を100回くらい滅亡させる気満々のルートじゃん…)


 ラスボス戦を越えるボス戦が今始まろうとしていた。

 アギト…死亡ルート突入確定…

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