第13話 有り得ない存在

「おうおう、セリムじゃねぇか。そこにつっ立ってどうしたんだ?」


 アゴン、リーフ、アイーシャの3人がルイズにたどり着く。


「おいおい、無視かよ!セリム?」

 セリムの前に立ち、彼の視界を遮ろうとするが…


「これ以上近づくな!死ぬぞ?」


 セリムは不用意に近づいてくるアゴンに注意する。

 彼はアゴンの話を無視したくてしていたのではない。


その視線の先の光景を魅入っていたのだ。


「おいおい…死ぬって…どういう事だよ相棒?」

 気を抜いて油断していたアゴンの顔には複数の切り傷が出来る。そこから血が流れ始める。


「え?」

 アゴンは顔から流れる血を拭い驚く。


超速戦闘によるソニックブームが起きていた為に、近づく者を傷付けていた。


それに人間が巻き込まれない様にセリムは注意を払っていた。


「アゴン…俺たちはこの2週間で強くなったよな?」

 セリムは悔しさで唇を噛みながらアゴンに聞く。


「当たり前じゃないかよ。じゃなきゃ王都も救えてねぇよ!」


「アゴン…今この場で戦っている人間が見えるか?」


「……誰か戦っているのか?俺には少ししか見えない……シルヴァンさんか?」



「アゴン…俺分かんねぇよ…


 俺は…いや俺たちは必死になって14日間レベリングしてきた。

 王都でも上位に入る実力になったはずだ…


 けれど……なんで今戦っているヤツが、ずっと牢獄にいたアギトなんだよ?」


 セリムは空中で散る火花を悔しそうに眺めながら、その中に入れない自分の実力を悔しく思っていた。


「セリム君?冗談はよせよ。彼は今日まで牢獄にいたはずだろ?」

 リーフはセリムの言っている事を冗談だと思い疑わない。今この場の戦闘を視認出来ないからだ。


 アゴンは目を凝らす。目を凝らしてようやく1対複数の小さなゴーレム達と戦闘している人間が見える程度だ。


「セリム…俺にははっきり見えないけどよ…


 あの一人で戦っている人間がアギトなのか?」


 アゴンは冷や汗をかいていた。少なくともシルヴァンではない。

 高価な装備をしていないから。それどころか防御力すら上がらないボロボロの服装だった。


「あらあらぁ…2人は見えないのぉ?弱いわねぇ…」

 アイーシャが木にもたれかかりながら、戦闘を眺めていた。彼女もこの戦いが見えているようだった。


「あの場で戦っているのは、間違いなくアギト・ノアールねぇ…」

 アイーシャは舌で唇を舐めながら、アギトを品定めするかのように眺めていた。



「なぁ…俺たちの努力は一体なんだったんだ?


 人間は1日であそこまで強くなれるものなのか?」


 『天才』

 自身の力が他人と違い、これまで優越感があった。才能があると思っていた。

 けれど1日で自身が追い付けない程の成長を遂げた真の天才を見て、絶望するしかなかった。


◇◇◇


「はぁ…この形態は魔王城での形態のはずなんだけどなぁ…」

 アギトは人間とほぼ同じくらいのサイズになった大量のゴーレムを一人で捌いていた。


 一太刀…二太刀とそれでもゴーレムを紙のように引き裂いていく。


 三太刀目…で裂こうとしたゴーレムは彼の一太刀を見極めて回避する。



 アギト・ノアール

 レベル54


 HP6/6

 攻撃1140 (鬼の契約により更に32倍)

 素早さ78 (鬼の契約により更に32倍)


 EXスキル

 鬼神の力 52/100


 特技

 鬼神との契約

 百鬼夜行

 修羅


 アギトは無限に再生を続けるゴーレムとの戦闘で格段に成長を遂げた。

 時間が流れ経験値が入る。

 今朝まで牢獄にいた彼にとっては絶好のレベリングスポットだ。


 唯一の難点があるとするならば、ゴーレムは再生ごとに分裂し素早さが上がる事だった。

 ゲームでは素早さが上がる上に、攻撃力は変わらないチートな敵であった。


 しかし鬼と契約しているアギトにとってはただの経験値…


 ゴーレム狩りというレベリング作業でしかなかった。

 いくらゴーレムが速くなろうと、ただ沸いてきた敵を切るだけ。


「本当に妖刀ムラマサを選んでいて良かったよ。


 他の武器の場合は、俺はゴーレムが分裂した時点で逃げるしかなかった。」



 ゴーレム種の一番の厄介な部分。それは攻撃した武器の耐久値を下げる事だ。


 キングゴーレムはそれに特化しているかのように、本来は1体討伐で1つの武器は確実に壊れる。

 それが複数体いるならば、その数分の武器が壊れる。


 高攻撃力、高防御、高体力であり武器破壊というプレイヤー泣かせだ。


 ゲームでは更にダンジョンのギミッククリアに応じた形態まである。

初見ではほぼ第2・第3形態までと戦う事になりプレイヤーを絶望させる役割を持つ厄介な敵だ。


 だからこそ武器の耐久値がない『呪い』シリーズはゴーレムの天敵である。


 そして勇者候補の一人に『呪い』シリーズを装備させ、使い捨てにすることが楽なクリア方法だ。



「月が沈みかけているな!」

 夜明けが近い。アギトは戦闘に夢中だったが、既に村の人間は逃げ去っているだろう。


 つまりは実質アギトの目論見通りの結果となる。


 あとはアギトはループするEXシナリオにおいて、適当な処で負ける必要がある。


 負ければ死ぬ可能性があるため、逃亡によって村を破滅させれば良かった。


「分裂したゴーレムをあと100体くらい倒したら、引き上げますか。」

 ムラマサによる成長の阻害。


 それが一番のネックだがここで素早さを成長させねば、ムラマサの呪いを解除する街に行くまでに積む。


 せめてその時点で対応出来るレベルまで成長させるつもりだった。


「1.2.3……4」

 アギトはカウントダウンを始めた。


◇◇◇


「なぁ…魔王討伐ってさ…本当に俺たちは必要なのか?


 あれがアギトならさ…アイツ一人で良くないか?」


 アゴンはセリムとアイーシャが戦闘を追っているのに対して、殆ど見えていない圧倒的な実力差に対して絶望していた。


 セリムと共に牢獄でバカにした存在が、自身の遥か先の高みにいる。

 頑張っても追い付けるかどうか分からない程の力の差を見せつけられて…


「………」

 セリムの握った拳から血が流れていた。噛み締めた唇からも血が流れていた。



「はぁ…やってられない。僕は先に帰るよ。」

 リーフはこの場にいる勇者候補の会話について行けなかった。

 だからこそこの場にいるよりも、特訓した方が為になると判断していた。



「逃がすと……思うか?」

 暗闇から声が響く。


「リーフ…危ない…」

 遠くから声が響いた。


「間に合え…」

 リーフをかばうように、ものすごい速さで彼の目の前まで移動した人間がいた。


<グシャ>

「うぐ…」

 リーフを庇ったのはシルヴァンだった。この場まで急いで駆けつけたのだ。

 彼の脇腹に穴が空いた。ただの爪の攻撃によって穴を開けられた。


「ちっ…」

 そのシルヴァンを圧倒的な力で投げ飛ばした。


 投げ飛ばした先にはゴーレムとアギトがいた。


 2人とも投げ飛ばされたシルヴァンを警戒して避けた。


「はぁ…ゴーレムよ…何をやっている?」

 暗闇から低い声がその場にこだました。それによりその場は一瞬で静まり返る。


 その声を聞き、アギトも立ち止まった。いや…立ち止まざるを得なかった。


「………」

 ゴーレムは無言だった。


「此度の計画は王を殺した事以外は失敗だ。」

 沈みかけの月明かりに照らされて、その声の持ち主の姿が見えてきた。


 声の持ち主…その声を聞いた時からアギトは察しがついていた。

(いやいやいやいや…ないない…あり得ない。嘘だろ?)


「魔王…ヴェルギウス」

 アギトは魔王の姿を見て呟いた。


 ゲームでは本来登場しえない敵が、アギト達の目の前に現れた。

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