第10話 絶望

「これで終わりか?」

 セリムは武器をしまう。


「強すぎる…たった一人で…」

 セリムのあまりの強さに兵士達は驚いていた。


 たった一人で何体もの魔物を殲滅し、さらにはトロールまで難なく倒してしまったからだ。


「シルヴァンさんのお陰で俺は強くなれた。


 そしてこれからも強くなれる。」


 そこに一人の兵士が慌てた様子で訪れて来た。

「東門より救援要請です!」


「俺は最強になる。そして魔王を倒して英雄になる!


体も温まって来たし、救援に応じるとしよう。」


 そしてセリムは救援要請に応じる。今回のレベリングで一番彼が力を付けた。


 今の目標であるシルヴァンを越えるために、セリムは鍛練を続ける。


◇◇◇


「はぁ…はぁ…」

 クロエは3体のトロールと必死に戦っていた。


3体を相手にしながらも、囲まれないように位置取りに気をつけてなんとか奮闘していた。


 4匹のうち1体のトロールは剣で倒すことが出来た。


 しかしそれにより剣の耐久値はゼロとなってしまい、剣は壊れてしまった。


 現在の武器はヴィオラから貰っている杖のみ。


それを使って、何とか城門を突破されないように時間を稼いでいる。


救援要請で仲間が駆けつけるまで、城門を突破されないように…


「黒魔法…」

 トロールが立つ地面が沼のようになる。


 しかしそれはトロールの動きを制限する程度で、時間稼ぎにしかならなかった。


「もっと攻撃魔法を覚えていれば…」

 クロエは剣技ばかりを習得していた為、魔法を極めるつもりは無かった。


 それまでは武器の耐久がゼロになり、戦闘中に壊れる事なんてなかったからだ。


魔法は燃費が悪い。敵を惑わし時間を稼ぐより、物理攻撃で敵を倒したほうが早いと考えていた。


「はぁはぁ…こんな敵、レベル20じゃ無理だって…」

 息を切らしながらも、必死に魔法を使い続ける。


 沼から抜けたトロールの一体が城門に向かって走り出した。


「あぁ…まずい…」

 クロエはそのトロールを追いかける。


 だがクロエが追いかけているのを観察していたのか、走り出したトロールは急に立ち止まる。


 そしてクロエの方を振り向き、こん棒を振り回した。


「え?」


〈バキッ〉

トロールの攻撃はクリーンヒットした。


「あぁぁぁぁ…」

 クロエはこん棒により吹き飛ばされる。そして地面に倒れこんでしまった。


 クロエは立ち上がれなかった。一撃を食らわないように注意をしていたが、一撃を食らってしまった。


 思った以上に体力を削られてしまった。


 痛みのあまりクロエの瞳から涙が溢れ出す。


「アギト君は今頃どうしているのかなぁ?最後に会いたかったなぁ…


会って…文句を…言わなくちゃ…」


 死を覚悟した。ボロボロで動けない中、ほぼ無傷のトロールを3体も駆逐することは不可能だ。


 少なくともレベルが35以上は必要だ。


「助けに…行くって…言ってたのに…嘘つき…」

 クロエはそう呟く。


<ドシン・ドシン>

 大きな音を立てて、ゆっくりとトロール達がクロエに近づいて来ているのが分かる。


 立ち上がらなければ殺されてしまう。けれどクロエは立ち上がれなかった。


『絶望』

死を目の前にして、孤独である事が怖かった。


「怖い…怖いよ…誰か…助けてよ…」

 クロエは自分一人で何とか出来ると思っていたことを後悔していた。


 トロールが地面に横たわるクロエを取り囲む。そしてゆっくりとこん棒を振り上げた。


<ブオン>

 トロールが力強くこん棒を振り下ろす音が聞こえる。それによってクロエは目を瞑った。


「さよなら…みんな…ごめんなさい…」



<シュ>

 かすかな音が聞こえた。


「グオォォォォォォ」

 トロールの断末魔が再び聞こえた。


「グオォォン」「ガァァァァァ」

 もう残り2体のトロールの断末魔も聞こえた。


トロールの攻撃はいつまでもクロエに当たる事は無かった。


「え?何が起きたの?」

 クロエは恐る恐る目を開けた。するとそこには知っている人影が立っていた。


「クロエ…約束通り助けに来たぞ!」

 地面に横たわっているクロエが目にしたのは、監獄に捕まっていたアギトの姿だった。


「遅いよ…」

 クロエは安堵の涙を流す。


大泣きしてしまいそうだったが、それは流石に出来なかった。


「すまないな…とある武器を取りに行っていたら思った以上に時間がかかってな。」

 そう言ってアギトはトロールを斬った際に剣についた血を振り払った。


「ある武器?」

 クロエはアギトの右手に握られている武器を見た。


真っ黒のボロボロの『刀』


「うぅ」

 クロエはその刀を見た瞬間に吐き気に襲われた。


 視界に入れたくないほどの、禍々しい呪いを帯びた武器だった。


「どうして…どうしてそんな武器を?」

 クロエはアギトがなぜそんな武器を使うか疑問に思った。


 彼ならばそんな力を使わずとも…と思ってしまった。


「お前達を守る為さ。その為に呪いの刀『ムラマサ』を使うしかなかった。」


「それでもあなたなら…」


 アギトは首を振って否定した。

「俺を過大評価しすぎだ。なんせ昨日まで俺はレベル1だったんだから…」

 アギトは優しく微笑みかける。


「私が弱いばかりに…ごめんなさい。」


「謝らないでくれ。お前は本当によく頑張った。


 トロールが複数体出現したのは、流石に俺も予想外だった。


 本当ならばお前は王都を救った英雄だったんだ。誇って良い。」

 クロエの頑張りをアギトは労う。


「お前は頑張った。だから次は俺が頑張る番だ。」

 アギトは力強い瞳をしていた。


「まだ…まだ魔物達の襲撃はあるの?」

 クロエが聞く。


「王都はもう大丈夫!だと思う。


 だがおまえの故郷のルイズがこれから滅ぼされる。」


「滅ぼされる……ってどういうこと?だったら私も尚更いかなきゃ!」

 クロエは痛みに耐えながらも、立ち上がろうとした。


「お前は絶対に来るな!


ルイズに来ればお前は確実に『死ぬ』。」

 力強い声でアギトは断言した。


 クロエはそんなアギトを初めて見た。彼の役に立ちたいと思ったが、否定されてしまう。


 そしてそれが悔しくて泣き出してしまう。


「クロエ…お前はまだこれから強くなる。


 だからこれからも頑張ってくれ!未来を頼んだ!」


 そう言うとアギトは剣を鞘にしまい、ルイズに向かって走り出した。


 アギトは闇の中を進む。

 これから彼が行くルイズでは、強制的な『負けイベント』が発生する。


 本来は王都襲撃で余裕を持ってクリアした場合の裏イベント…

ルイズ滅亡イベントだ…


 つまりこれからアギトは負けるためにルイズに向かうのだ。

 呪いの刀『ムラマサ』を持って…

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