第5話 クソゲー

「何も出来ずに今日一日が終わった…」

 アギトが覚悟をしたのとは裏腹に何も出来なかった。


 真剣に命綱であるスキルポイントをどう割り振るべきかをしっかりと考えていた。


これをどうするかで脱獄出来るかどうかの分かれ目になる。


 スキルポイントは5ポイント毎にスキル又は能力が手に入る。


(この場合は盗賊系のスキルを手に入れられる『手癖』を上げるべきだろうが…)


 手癖のスキルを上げた場合、5ポイントで『忍び足』、10ポイントで『盗賊の鍵の作り方』の知識を得ることが出来る。

 だが鍵の作り方は既に知っている。


 その後鍵開けのスキルを手に入れられる。しかしそれは30ポイントを割り振った場合だ。


 現在スキルポイントが10ポイント…1レベルアップで5ポイント割り振られる。


 つまりはこの監獄でレベル6になれば、拘束具と監獄の鍵を開けて脱獄出来る。


(脱獄の為に盗賊系スキル上げは良いが、後で最適な攻略が出来ないな…)

「はぁ…」


 アギトにとって完全な新しいルートとストーリー。正規の攻略ルートから外れてしまった。


<カツ、カツ>

 看守がアギトの牢屋の前に訪れる。

「晩メシだ。食ったら寝ろ。」


「ありがとうございます。」

 アギトは差し出されたご飯を見る。


「酷いな…」

 パンと野菜屑、チーズに飲み水とおよそ最低限の量の食事。


 普通なら苦労しない食事だが、両手が塞がれていてうまく食べれない。


 牢屋はトイレと一体になっているため、食事をとる環境としては最悪だった。


(これじゃあ自由に動けないな…)

 もし囚人が脱獄する場合に備えて、必要最低限のエネルギーしか与えない。理には叶っている。


 このファンタジー世界で人権はなかった。



「とりあえず脱獄出来る算段が立つまでは、少しずつ残しておこう。」

 野菜屑を部屋の地面において置いた。


いざという時に、栄養が足りず倒れてはならないからだ。


 こうして2日目があっけなく終わる。



「起きろ。」

 3日目の朝が来た。絶望の朝だった。


 看守は昨晩の看守と違っていた。

 顔にツギハギな縫い跡がある、いかにもバケモノみたいな怖い看守だった。


(初めて見る看守だ。)


 そんな看守に手錠を一時的にはずされる。

 そして空いた両手で朝早くから警務作業のために大広間に召集される。


(手錠が外される朝方がやっぱり脱獄には良いのか?いや…でも警備が固いだろう…)


 朝の囚人達の召集…これは名目で脱獄していない囚人がいないかを確かめるためだろう。


 牢屋にいるときは気にはしていなかったが、両足に鉄球がついた拘束具で自由に走れないようにされている。


「はぁ…」

(やっぱり朝に脱獄は厳しいな…いつ脱獄するかだな…夜か?昼間?)


 大広間まではなんて事のない距離なのに、拘束具が重く、アギトにとってはとても辛かった。


 警務作業が終わった後は囚人が全員で食事を取る。


 アギトは黙々と食事を取る。さすがにこの大広間の食堂では、食べ物を牢屋に隠して持っていく事は無理そうだ。

 食事の最中に周りを観察した。


 念の為に、ゲーム世界とマップは変わらないか確認する。変わっていた場合は脱獄の難易度は上がる。

(幸いな事にマップは変わっていない。)


「そこのお前…何を見ているんだ?」

 ツギハギの顔の看守はアギトの後ろに立っていた。彼に向かって注意をする。


(バレてる…)

 焦りの気持ちがあった。しかし必要最低限の情報が手に入った。


<バキ>

 警棒の様な物でアギトの左腕を思い切り殴り付けた。何回も何回も…


「うぐぅ」

 左腕が折れた音がした。


「けっけっけ。看守様の新人イビりだ。」

 周りの囚人は皆アギトを見て笑っている。


「おい新人。脱獄なんて考えようとするなよ!」

 ガヤの囚人がアギトに向かって言う。


「な……俺は…」

 アギトは反論しようとしたが…


「何?貴様脱獄を考えていたのか?」


<バキ>

 アギトは顔を拳で思い切り殴られる。


 それを見て周りの囚人は笑っていた。一種のエンタメの様な暴力だった。


 こうしてアギトは気を失った。




 気付いたら彼は牢獄に戻っていた。


「はぁ…気分最悪だ…」

 下手に行動をすれば殺されかねない。


(新人イビりか…心を折って脱獄をさせない為に合理的だが…)

 広間で暴力を振るわれながら確認した事が更にあった。


 それを眺めていた囚人は、これから13日後に脱獄し魔物になる人間ばかりだった。


 敵として出現した場合の彼らのレベルは20以上だ。最大レベルで45…


(少なくとも看守はレベル40の人間は対処することが出来ると考えなければ…)

 つまり現在は看守に勝つことが難しいと考えるべきだろう。


 ストーリーの都合上の『倒せない敵』という場合はどうしようもない。


(目立たずに脱獄しなければ、その時点でゲームオーバーだ。)

 更に左腕には違和感があった。力が入らない。痛みがある。


「最悪だ…左腕が折れている…」

 シナリオがあるとするならば最悪のストーリーだ。


 右腕が折れていないのは幸いだが、右腕だけで13日後を攻略しなければならない。


「クソゲーじゃんか…クリアさせる気ないだろ。」

 現実は甘くない。そんな事は知っている。


 けれど余りにも救いがないストーリー。


 ただただ天井を眺める。こうして3日目もただただ時が過ぎるのを待った。

 無力だった。レベル1でスキルポイントも10…


「どうしようも無いな…」


 何百回もこの世界を救った彼でも、今回のストーリーを攻略出来る気がしなかった。

 それはアギトが魔物と化して勇者候補と敵対するストーリーなのかと疑いたくなるルートかと思うほどに…

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