第3話 憂いの王
アギトはうす暗い牢獄の中でボーッとしていた。
他に囚人はいないらしい。特殊な犯罪者が送られる特別棟だからだ。
「今頃、戦闘のチュートリアルだろうか?」
アギトは勇者候補の中で唯一レベルが1である。
そのために翌日シルヴァンとクロエと共に弱い敵と戦うチュートリアルイベントが本来ならばあるはずだった。
「このままだとレベル上げやスキルポイントの割り振りとかも自力でやるのか?
これはこのゲームやった事の無い人間だったら、そこで詰みだろう。クソゲーだな…」
アギトは自身がこのゲーム経験者であることを、この世界に転生させた神に感謝して欲しかった。
けれどゲーム初見ならばそんなイベントは発生しない。
そもそもこのゲームをやった事の無い人間ならば、人の家に無断で入ったり、勝手にアイテムを盗ったり街の水を止めたりしないからだ。
◇◇◇
一方その頃の玉座の間では…
勇者候補達が再び玉座の間にて集結していた。
前日の全員集合の際と違うのは、王がもの凄い憂鬱そうな表情をしていること。
仲良くなれそうと思っていたアギトがいないことだった。
「あ…全員揃った?んじゃ、話始めるね。」
昨日と違ってテンションの低い王に、勇者候補達は不安な気持ちになる。
多くは前日のクロエの自己紹介の後、自分達が勝手に玉座の間から離れた事での叱責かと思っていた。
クロエが泣いた事をシルヴァンから聞いた。
だから王が自分達にガッカリしたのでは無いかと不安な気持ちだった。
「えっとね…大変言いづらいんだけれど…」
<ゴクリ>
ほぼ全ての人間が王の様子を見て、不安のあまり生唾を飲み込む。
「勇者候補で一人脱落者が出ました。」
ハァと王が溜息をついた。
「そいや…昨日自己紹介したアイツの姿が見えないな…」
セリムが他の勇者候補達と顔を見合わせて驚いた様子を見せる。
「嘘でしょお…もう魔物達にやられてしまった…ってコト?
弱いわねぇ…」
アイーシャは儚げにも憂鬱そうな表情になる。だが心配しているアピールのみだ。
実際に彼女はそんな弱い人間の事はどうでも良かった。
「大丈夫だ…ですよ。アイーシャさんはお…ボクが護りますから。」
グレーのドレッドヘアに大きなサングラスをかけた筋骨隆々のゴツい男・アゴン・グリドンがアイーシャに話し掛ける。
一目惚れしたアイーシャに気に入られる為に、昨日必死に敬語を勉強した為、サングラスに隠れているが寝不足の為、目にクマが出来ていた。
<ゴホン>
ざわつく勇者候補達を見て、王は言葉を付け加えるのを忘れていた事に気づく。
「あぁ…すまん。
脱落したと言っても、監獄に投獄されたから強制的に脱落となったんじゃ。」
ハァと言い終わった後、王は再びため息を着く。
「は?」
監獄に投獄されたと言う単語を聞き、さらに理解が出来なくなった。
勇者候補達は首をかしげて、不思議そうな表情になる。
「監獄に入れられたって事は、奴は実は犯罪者だったってコトか?」
セリムはアゴに手を当てて、考えるポーズを取った。
理解出来ないなりに状況を理解しようと必死だった。
「そうですね。僕たち勇者候補の条件に、『これまで罪を犯した事の無い人間』とありますから、そうかもしれないですね。」
左目を隠していた黄緑色の前髪を左手でフワッと上げてオールバックになる。
髪を垂らしていた時はパッと見女性の様に可愛らしい。
だがオールバックになった途端に長身の爽やかなイケメンに変身する。
その場の全員が黄緑色の髪の男はナルシストだと、リーフ・ネビュラスに対して思った。
「怖いわぁ…もしかしたら昨日私たちは、その犯罪者に殺されていたのかも知れないのぉ…?」
アイーシャが不安そうに口を開く。
「大丈夫だよ。キミは…いやこの場にいる人間は誰も僕が傷つけさせはしないからね!」
リーフもアイーシャに気に入られようとアピールを行う。
「あん?」
そんなリーフに向かって、アゴンがガンを飛ばす。
「なんかつまんない…」
そんなリーフを斜めから不安そうに見る少女がいた。
紫色のポニーテールで赤と黄色のオッドアイ…
クールで近寄り難い雰囲気で闇を感じる少女。
彼女の整った顔も目のクマや長身のせいか、余計にやつれて見える。
そんなヴィオラが憎らしそうにアイーシャを眺めていた。
<ゴホン>
王は更に言葉足らずだった事に気づく。
昨日から食事も喉を通らない位、彼は考える事が出来ず精神的に追い込まれていた。
「すまん。言葉足らずじゃった。ワシを許してくれ。」
王からの謝罪の言葉が口から出た。今にも王は泣きそうだった。
王を見てシルヴァンは騒がしい他の勇者候補を睨み付ける。
その場は一瞬にして、静まり返った。
「監獄に投獄されたと言ってもな、犯罪を行っただけじゃ…
しかしながら王都始まって以来の大規模の窃盗及び環境汚染じゃがな。」
王はハァと溜め息が止まらなかった。
信じていた人間に裏切られる…そんな心理に近いのかもしれない。
魔王を討伐出来る可能性を持った才能の原石達。しっかりと選定したつもりだった。
しかし選定した勇者になりうる人間が、まさか1日で金目の物を全て盗むとは思いもしなかったのだ。
「恐らくは何年も計画を練ってきた大グループの仕業じゃろう。
じゃがな…問題は『奴1人で全てを盗んだ』様にしか見えないくらい、証拠が何も残っていない事じゃ…
さらに水を止められ、井戸は使えず水不足になりかけている。
絶対に1人では不可能な大犯罪…」
勇者候補が敵になる事の危険性…
まさか初日に大惨事になるとは王は予想しなかった。
「ハァ」
「幸いな事に捕まえられたが、捕まらなかった場合は今ごろ王都は今より大変な事になっていただろう。」
「ハァ」
王の溜息は止まらない。
「家に忍び込まれた貴族は大激怒。
住民達も勇者候補に対して不信感を抱いてしまっておる。本当に申し訳ない。」
王は深々と頭を下げた。
王の悲しそうな表情を見て、その場の勇者候補達はアギトに対して嫌悪・憎悪の念を抱き始めていた。
こうして王の話は終わり、勇者候補達は玉座の間を後にした。
「アギトとか言うクズ…許せねぇな。」
セリムは部屋を出てすぐに呟いた。
「マジでそれな。オレっちもマジで奴は許せねぇわ。」
アゴンもセリムに同意して、拳をパキパキと鳴らしていた。
「とりあえずはぁ…わたし達のイメージを上げる事から始めましょう?」
アイーシャは男子が見惚れる儚そうな表情で皆に提案した。
「そ…そうですね。とりあえず勇者候補のイメージアップから始めましょうか。」
アイーシャの言葉に同意するように、リーダーのクロエが言葉に出す。
「そうだね!その為にボクたちが力を合わせて頑張ろう!」
リーフは白い歯をキラン!と皆に見せて、クロエに同意する。
シルヴァンもアギトに対して怒りを抑えられずにいた。
しかし勇者候補達が昨日では予想出来ない位まとまっているのを見て、少しホッとしたのだった。
一方でシルヴァンは考えていた。
昨日の時計台に集合すると言った件についてだ。質屋から遠く離れた場所だった。
アギトは本当ならば王都に来て2日目のはずで、街を詳しく知っているはずがないのだ。
シルヴァンの頭の中で嫌な予感がしていた。
「この王都の事を熟知している…か?勇者候補の中でアギトだけは不自然にレベル1だった…
もしや奴は経歴すらも詐称しているのか?奴の目的は一体…?」
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