第2話 監獄投獄RTA

「さて…とりあえずは14日後の魔物襲撃に向けてアイテムを集めるか。」

 玉座の間を離れたアギトは、城のキッチンに向かう。


 無防備にも城の中に兵士や料理人達はキッチンにはいなかった。

 彼らはこのチュートリアル後に出現する。今は城の大広間で歓迎会の準備をしている。


 現実ではあり得ない位、無防備な警備だった。


 キッチンに着くと、アギトは隅っこにある大きな壺を持ち上げて地面に叩きつける。


<バリン>

 鈍い音がすると同時に割れた壺から種が現れた。


「スキルポイントの果実。やっぱりゲームの世界と同じだな。」

 アギトは少しニヤけた。自分が知っている便利なアイテムの場所は、ゲーム世界と変わっていなかった。


 その後アギトは、城の更衣室や浴室・庭園に行く。


 行く様々な場所でタンスを物色し・壺を割り・宝箱を開けてアイテムをかっさらっていく。


「あったあった。執事のへそくり10,000ゴールド。


 高く売れるHな下着。みんなを強化できるアイテム多数。」


 アギトはこのゲームをやり込んでいるガチ勢だ。

 RTAも出来るレベルで、当然ながら重要アイテムの場所は熟知している。


「とりあえず夕方の時計台に集合するまでに、取れるアイテムを揃えて明日からの冒険に備えるか。」


 冒険初日は、王都の門番が王都の外には出してくれない。

 だからチュートリアルを含めたレベリングは2日目からスタートする。


 初日に出来ることは、勇者候補に挨拶を行う事とアイテムの収集のみだ。


 スキルポイントの果実をかじりながら、アギトは裏路地へ向かっていく。


「あったあった。窓の空いている無防備な空き家。ここから屋根に上がって、行動制限無く屋根づたいに街を歩けるんだよな。」

 アギトは空き家に勝手に入って行き、階段を上がってそこから屋根の上に上がる。


 屋根の上に上がった瞬間、少し強い風が吹く。心地よい風だ。

 まるで彼の新しい人生を祝福するかのように…


 屋根の上から見た王都の景色は素晴らしく綺麗だった。

 まるでファンタジーのようなレンガで作られた家々。活気付いた人々。みんな幸せそうだ。


「セリムは…やっぱりあそこにいるな。じゃあその手前には…」


 アギトは屋根の上からある人物を見つける。見つけるというより、自然に目に入って来る。


 透けるように白い艶やかな肌…胸元の見えるセクシーな服を着た踊り子のお姉さん。

 水色のサラサラな髪で儚げな雰囲気を放つ色っぽく魅力的な女性。


「あっ、果実どろぼうのアイーシャ・キーダ。


 アイツには絶対に強化アイテムは渡さないようにしないと…」


(でもやっぱりアイツは『傾国の美女』と呼ばれるだけあって、もの凄い美人だよな…


 だからこそプレイヤー泣かせでもあるが…)

 アギトは自分も何回も何回も彼女に泣かされた事を思い出す。


 甘酸っぱさすらない、ただただ虚しい個別ルートだった。


 彼女から少し離れて、グレーのドレッドヘアの男性と片目の隠れた青色の髪の青年が言い争っている。


「っと…いけない、いけない。集合時間までに貴族の家の棚を漁らないと…」


 アギトは屋根と屋根の間をヒョイヒョイと慣れた感じに飛び移って行き、貴族の豪邸を目指す。


 最初の14日間までに手に入れないと、冒険終盤までは手に入らないアイテムを手にいれる為だ。


 屋根から貴族の屋敷の高い木になんとか飛び移る。その木を降りて行き、屋敷を覆う塀づたいに裏口まで歩いていく。


「あったあった。あの倉庫だな。そこの秘密の扉から、屋敷の地下室に入れるんだよな。」

 本来であれば貴族と仲良くならねば門番に追い返される。


 しかし一度仲良くすれば屋敷の裏口を知ることが出来る。いわゆるクリア特典というやつだ。


 こうして貴族の屋敷に入り込み見回り兵の目を掻い潜り、レアアイテムなどを次々に集めていく。


(兵士の行動パターンは全て頭に入っているんだよ…)


「金色の刃…売れば10万ゴールドの激レア武器だ。


 他にも他の街での買い物で割引されるオーナーズ・カードも手に入れたぞ!」

 アギトは目的の物を手に入れて早々と貴族の屋敷を出ていく。


 その後も王都の金目のモノのある家に入って行き棚を漁ったり壺を割ったりを繰り返してアイテムを集めて行く。


 家に入る以外にも井戸の中に入って行ったり、アイテムを手にいれるために公園の噴水の水を止めたりしていった。


「あぁ。満足だ。本当に充実感で一杯だ。やっぱりこの世界は良い。


 あとは質屋にアイテムを売って、『星屑のブレスレット』を買えばオッケー。

 もはやこの世界は救ったも同然だ。」


 街で他の勇者候補にすれ違ったりもしたが、彼らに挨拶をすることすら無かった。なぜなら今回の旅はクロエと二人きりで楽しく冒険をするつもりだったから。


 他の勇者候補に挨拶をしても、恐らく全員と関わらないと判断したからだ。

 それに仲良くしている仲間を死なせてしまうのは悲しいから…


 今回は効率重視の快適な旅をすることの方が優先順位が高かった。仲間を死なせない為に…



 こうしてアギトは街中から集めたアイテムを質屋に持っていった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 少し髪の毛の薄い、中年の男性が挨拶をする。

 アギトの外見を見るや、金目の物を持って無さそうでムスっとした表情になった。


「アイテムを売りに来たんだ。それとそれを売ったお金で『星屑のブレスレット』を買いたい。」


「星屑のブレスレットねぇ…10万ゴールド必要だけど、お兄さんにそんな金あるの?」


「ほいよ。『オーナーズ・カード』。あとこの『金色の刃』とかアイテムを売りたいんだ。」

 アギトはカードと金の剣、及び要らないアイテムを店主に渡す。


「はぁぁぁぁぁ!え?本物?…こんなガキが…あ、すいません。申し訳ございません。


 準備しますので、奥のVIPルームにて少々お待ちください。」

 オーナーはメンバーズカードを受け取り、裏面を確認した。


「………」

 店主は無言になる。


 こうしてアギトはVIPルームに招待され、そこでジュースを飲みながら時間を潰していた。


「ゲームだと売買なんてすぐに終わるんだけどな…ちょっと失敗かな?」

 待ち合わせの時間は夕方。少し遅いとクロエ達を待たせてしまう。


 その後も30分位ボーッとして待った。しかし質屋の人間はアギトを待たせたままだった。


「まぁブレスレットはチュートリアルのある明日手にいれれば良いか。


 とりあえずは集合場所まで行くとするか。」


 アギトはVIPルームの扉を出たときだった。質屋の主人が屈強そうな衛兵を連れて、アギトの目の前に現れた。


「あっ、おやっさん。とりあえず今日は用事あるから買えるわ。明日またブレスレット買いに来るから。」

 アギトは質屋の主人に話しかけたその時だった。


「アイツです。貴族エドワード様の宝を売り、この店の高価なアイテムを手にいれようとした盗っ人は!」

 質屋の主人と警護兵が現れる。


「え?」

 アギトは状況を理解できていなかった。


 警護兵はさすまたでアギトの身体を捕縛した。


「本日様々な家から金品が盗まれるという事件が発生している。


 及び街の水を止められる、井戸を汚染されるといった犯罪行為が繰り返されている。


 報告からこいつが犯人で間違い無さそうだ。」


 さすまたに取り押さえられながらアギトは困惑していた。

「え?犯人?盗っ人?」


 状況が理解できていなかった。


 いや…理解はしている。人の家に勝手に入ることは犯罪だ。

 金品を勝手に取っていくことも犯罪だ。ましてや人の物を勝手に売りさばく事など、犯罪者のする事だと。


 理解はしているのだ。けれどここがゲームの世界だから大丈夫だと油断していた。

 アイテムの場所が、ゲームの通りだから油断していた。


 勝手に思い込んでいたのだ。この世界の物を勇者となる自分の役に立てて良いのだと…



 こうしてアギトは冒険初日に監獄に送られる事となった。


 明日行われる冒険のチュートリアルを行う事もなく、勇者候補として広い世界へと旅立つ事もなくなった。


 冒険初日…いやゲームで言えばチュートリアル中に、彼は犯罪者として監獄に投獄される事となった。



「夕日…綺麗だなぁ。」

 クロエは時計台でアギトを待っていた。彼が投獄されたとは知らず、夜遅くまで彼を待ち続けた。

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