#1

 人の心というものは本当によくわからないとつくづく思う。そんなことを考える程度には、私は人間関係というものに不信感のようなものを抱いていた。端的に言えば、私はいじめらしきものを受けていた。

 いじめらしきもの、そう言うと歯切れが悪いけど、私にはよくわからないから仕方ない。けど、本人がいじめと感じればそうだとよく言われているし、きっとそうなのだろう。

 始まりはこの上なくいい迷惑なもので、酷くしょうもないことだった。私にとっては、だけど。どうやら周りにとってはそうでもないらしい。まあ、それは当たり前なことだけれど、いじめに繋がるのは意味がわからない、そんなものだ。

 そんな、人間不信まっしぐらな私の縁となったのが、たまたま目の前に現れただけのクラスメイトの男子、芦原優月くんだった。消去法的に一緒にいただけだったのに、気づけば彼は私の大切な人になっていた。



「ここで……何があったの?」

 そんな間抜けな台詞で、私の思考は現実に引き戻された。気づけば屋上の扉が開いていて、全然話した覚えのないクラスメイトの男子がいかにもドン引きしてますよという雰囲気で立っていた。

「……さぁ、なんでだと思う?」

 私は曖昧にそう返した。壁にもたれかかって座っている少女は水に濡れていて、すぐ近くにはバケツが転がっている。文章にすればいかにも詩的な風景だなと自嘲気味に笑う。綺麗な夕焼けも相まって絵になる風景だけど、季節は冬だ。寒いのはもちろん、そろそろ体調も悪くなってきた。私はどれくらいここにこうして座っていただろうか。

「別に、君が自分で馬鹿なことした訳じゃない……よな?」

 当たり前だ。私がそんな馬鹿に見えているのだろうか。

「……そうだね」

 私は短く、肯定の意を示した。それは同時に、誰かが私にこんな仕打ちをしたということを示し、彼は言葉を探しているのか黙り込んでしまった。

 無感動に彼のことを眺めつつ、私は別のことを考える。ずばり、どうやって帰ろうかということだ。

 着替えは生憎と持ち合わせていないし、仮に着替えたとことでどうにもならないレベルで身体は冷えている。歩いている途中でぶっ倒れるかもなんて、あまり現実味のないことを考えてしまう。

「……ふぇあっくしょい……うぇ」

 間抜けなくしゃみで彼は現実に引き戻されたようだった。私はずずっと洟を啜る。

「何か上着とか無いの?」

 私は静かに首を振ってから答えた。

「持っでないね」

 若干鼻声だった。

「……ならさっさと帰った方が良いんじゃない?」

「そうすりゅ」

 もう大分手遅れだけれど、全くもってその通りなので素直に頷いた。

 少しふらつきながら立ち上がり、よろよろと転がっているリュックを持ち上げ、背負う。そんなに荷物が無かったのが救いだった。

「芦原さんは、いつまで突っ立ってんの?」

「え?あ、いや帰るけど。時間も時間だし」

 私がなんとなくで話しかけると、彼は驚いたのかしどろもどろにそう答えた。まさか私が自分から口を開くとは思っていなかったのだろう。私はさっさと背を向けて、小さく笑った。

 帰り道が途中まで同じな彼に気を遣われつつ超ゆっくりペースで帰った後、重い身体を鞭打って風呂に入る。身体の感覚が少しおかしく、頭も働いていない。箱ティッシュと仲良くしつつ、ベッドに潜り込む。

 つまり私は、風邪を引いていた。

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