わからせッ!

 ゲートアタックを開始してから約一時間半が経過をした。現在は4ゲート処理直後、目標まで残り16ゲートというところ。

 ペースとしてはかなり良い感じである。


「スピカさん、一旦休憩しましょうか」


「うん! するっ!」


 スピカは若干食い気味に休憩に賛成した。ユウのハイペースに文句を言わずについていったことで、彼女の疲労は二時間経たずしてかなり蓄積されている。


――スピカが煽りすらしない

――肩で息してるよなぁ〜

――ユウくん鬼畜♡とってもアリ♡

――ユウくんは疲れてないの? ケロッとしてるけど

――アタッカーとしてユウくんの横に並ぶのは無理だと痛感したわ。この切ない想いはオカズになる

――↑漫画の技を完璧再現してる時点で雲の上やぞ


「ねえねえ、ユウくん?」


「はい?」


「その、疲れてないの?」


「そうですね。まだ一時間半くらいしか動いてませんし、あまり疲れは感じてませんよ」


 例の漫画に登場する技である“居合・クビキリ”は翌日に影響が出るほど体に負担がかかるようだが、今日は使用するつもりもなく、今のところピンピンしている。


「まじかッ……もうちょっと休ませてね〜(この調子だとペースは落ちそうにないよね。わたし、頑張れっ……)」


 まだ彼女のプライドは諦めることを許さない。しかしながら、明らかに普段の炎上姫らしからぬ様子であることに変わりはなかった。


――休憩おねだりは草

――休憩姫

――ユウくん、ペース落としてあげたら? スピカキツそうだよ

――↑何言ってんだ。甘やかすな

――リスナーは鬼だった

――スピカ様、大丈夫なのですか?


「ん? スピカさんがキツそうって? そうかな……一応聞いてみるわ」


 やっとユウはスピカを案じているコメントを拾った。彼としては彼女にはまだまだ余裕があると思っているところだが、やけに同じようなコメントが多いため無視もできない。


「あの、スピカさん、このあとペース落としますか? 今のところ順調ですし」


「ん? えっ? なんで?」


「いや、コメントでスピカさんがキツそうだって結構言われていたので」


「あっ……あー……」


 表情にはあまり余裕がなく、肩で息をしている。これは事実であり、痩せ我慢も限界だったようだ。

 さすがのユウも言われればそうだな、と感じ始めた。


「俺の気遣いが足りませんでした、すみません。このあとはペース落としていきましょう」


「う、うん……わたしこそ、その、ごめんなさい……」


 ちなみにユウは炎上姫の普段の姿を知っているわけではなく、目の前の光景の異常性には気づいていない。


――このおんな、だぁれだぁれ?

――しおらしくて大草原

――たった一時間半で炎上姫が別人に……

――Aランクの世界はシビアだね〜

――スピカはこの調子のまま進めんのか笑

――我々のスピカ様……あわあわ……

――これ、同人誌で読んだことある展開だわ

――↑やめろ。ユウくんはみんなのユウくんだぞい


 さて、そんなスピカの現状はとてもシンプルなものである。まず第一に体力が大幅に削られていること。これまでのハイペースは彼女にとってほぼ全力疾走に近かった。

 いくら測定値がかなり高いAランクアタッカーとは言っても人間だ。全力疾走を無限に継続できるような人外ではない。


 第二に精神がゴリゴリ削れていること。彼女のプライドが許さなかった弱音を吐いてしまった。いつものようにケロッと煽るような真似をする余裕はない。

 このゲートアタックを無事終わらせ、晴れてユウを婿にするというシナリオが完全終了し、挙げ句の果てに申し訳なさそうに気遣われる始末。


「はぁ、はぁ……(これが現実かぁ……)」


 炎上姫などと呼ばれているが、その裏で努力をサボることは一切なかった。

 世界で活躍できることも努力の賜物である。それが今ここで通用しなかった。


「あぁ……つらっ……(わたし、やっぱり、いらないじゃん)」


 小さな挫折は多くの人が経験するものだが、大きな挫折は別だ。

 今この瞬間に彼女は大きな挫折と直面した。これまでは自分が常に『格上』であったために経験することのなかったこと。

 だが、今回は明らかに『格上』のユウによって自分の矮小さをわからされてしまった。整理のしようがない感情はスピカをぐちゃぐちゃにする。




「ぅぐっ……ッ……ぅぅ……っ」




「えっ」


 直後、スピカは嗚咽を漏らした。人生でそんなシチュエーションに巡り合うことのなったユウはフリーズしてしまう。


――うおおおおおおおおおおおお

――天然鬼畜ユウくん、炎上姫を制圧

――ガチ泣き?

――放送事故で草

――同人誌で見た展開のまんま……慰めたらもう終わりだよ

――↑男女逆やけどな

――あーあ、わからせちまったか

――↑や め ろ


 Hのトレンドワードランキングに“炎上姫 逆わからせ”がランクインしていたことは別の話。


「(えぇ、どうするのこれ……コメントも助けにならなさそうだしぃ……)」


 全く意図せぬ見せ場(?)にユウはオロオロしてしまう。配信のコメントは爆速で流れており、目についたコメントも今の彼の助けにはならない。

 なぜ彼女が泣き出したのか全く理解できないユウは、とりあえずスピカに落ち着いてもらえるよう慰めることにした。


「スピカさん……大丈夫ですか? これ、使ってください」


「ぅッ……ありがと……ぇぅ……」


 とりあえず未使用ハンカチを渡すことは間違えではなかったらしい。スピカはきちんとそれを受け取って涙を拭く。


「ぅぅ……あのね、迷惑かけちゃって……足引っ張って、ほんと、ごめんね……(わたし、わからされた……)」


「(あぁ、そういうことか……本当に気にしなくていいんだけどなぁ)」


「わたし、まだまだ実力不足だったみたい(んん? 逆、わからせ……?)」


「そんなことはないですよ。俺だって助けてもらってますし……今日はスピカさんで良かったと思ってますよ」


「ふぇ、ほんと?(あっ♡逆わからせ♡)」


 上目遣いでユウに聞き返すスピカはとても可愛らしい。涙の相乗効果もあって一部界隈の者は嗜虐心をくすぐられること待ったなしだ。


「はい。だから、あまり自分を卑下しないでくださいね」


「ぅぅ……ユウくん、その、一ついい?」


――嫌な展開になってきた

――何を見せられているのです!?

――やめてくれぇ……

――わからせ、慰め完了のあとは???

――↑イチャラブ

――あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛

――ユウくんを信じよ

――嗚呼、これは、本当にスピカ様なの、ですか……?


「どうしました?」


「んとね……わたしのお婿さんになって。こんなにした責任とって♡」


「……うぇっ?」


「ほら、ここ、めっちゃバクバクしてるのっ……♡」


 スピカは動揺しているユウの手を取り、そのまま自身の胸にその手を運ぶ。ふわっとした触感がユウの手を包み込む。

 ただ、彼女の心臓はたしかにとても強く脈打っていた。


――この世の地獄を見た

――セクハラ案件です

――吊り橋効果? じゃねえの……狂ってやがる

――あーあ、やっちまったよ

――協会、動けよ。現行犯やぞ

――炎上待ったなし。こればかりは炎上姫


「ちょ、ダメですって。いきなりどうしたんですか……」


「わかったの。これは運命かなって♡お願い、わたしに貰われて?♡♡もっとわからせて?♡♡」


「(何をわからせる!? 誰か、助けて〜……)」


 『わからせ』ジャンルはその名の通り、女性がクソガキをわからせるもの。その後は色々とナニかをするえっちなジャンルだ。

 スピカはこのジャンルが好きだったのだが、どこで拗れたのか現在は『逆わからせ』にハマっていた。

 そして今日。意図せぬ形でスピカ自身が『逆わからせ』の当事者になった。アタッカーとしての心中は複雑ではあるが、それ以上にもっとわからされたい欲に支配されているようだ。

 一度芽を咲かせた欲の成長は止まること知らない。


「このまま体もわからせてよぉ♡わたし、カラダには自信あるからぁ! 抱かせて、いや、抱いてッッ♡♡いっそのこと壊してよぉぉおお゛!!!♡」


「いや、ちょっと、やめっ、抱きつかないでくださいよッ」


――二重人格かよ。ホラーだって、これ

――ライブ配信で罪を重ねる女

――ガチでアウトやな

――しおらしい姫はどこへ?

――↑最初から炎上姫は炎上姫だった

――寝取られ成分強すぎません? ちょっと慰めてきますね

――【協会公式】帰還命令の連絡をします。すぐに行動してください

――正気失ってるやろ、これ

――野外オナ猿ことミコの罪状が霞むレベル

――↑わたくしは猿ではありませんっ!

――エグいっす……


 〜〜♪♪


 〜〜♪♪


 ユウとスピカのスマホが同時に鳴る。相手は言うまでもなく協会だ。


「何、邪魔しないでよッ……」


 案の定、彼女は無視。これでこそ炎上姫である。ナチュラルに罪状を重ねていく。


「あっ、もしもし、キシドです……」


 ウザ絡みレベルが限界突破しているスピカを片腕で無理矢理引き離し、ユウは電話をとる。そして、端的に『即刻帰還して、協会本部へ来るように』と伝えられた。


「……マジっすか(俺の見せ場がぁ……)」


 彼はまだゲートアタックを続けるつもりでいたため、思わぬ形で強制中断されたことにげんなりする。


「スピカさん、協会から帰還命令の連絡がありました。帰りましょう……」


「やだっ! ここでわたしのこと抱いてくれないと動かないからッ!!!」


――大炎上不可避

――スピカ教信者は息をしてますか?

――ママです。後日、この馬鹿女を処断します

――↑おっ、頼んだゾ

――展開が早すぎて頭が混乱してるわ

――同接数30万超えてて草

――Aランクアタッカーも同じ人間なんだと感じた瞬間でした笑


 同時接続300953。

 炎上姫効果も大いにある中で、ちゃっかりユウはライブ配信の同接数記録を更新した。


「ちょ、マジで俺、そういうことわからないんで……」


 唐突に童貞を押し出すが、これは逆効果だろう。リスナーまで変に盛り上がっている。

 リスナーは『ユウの実力なら押し倒されることなど決してない』と信じているため、ここぞとばかりに興奮し始める者も現れ出す。


「ふぅん♡はぁ、はぁ……それなら、わたしが最初はリードするねっ♡♡そのあと、思いっきりわからせて?♡♡激しめがいいなっ♡」


「だからぁ〜……」


――やべ〜AVより興奮してきた……

――↑もうみんなもうオナってる

――迫られるユウくん……童貞ユウくん♡捗りすぎる♡

――♡♡♡

――【協会公式】スピカいい加減にしろ

――こっわ

――こっわ

――今回はガチ処分の予感

――ざまぁ

――ライセンス剥奪くるぅ〜???


 混乱しているユウ、正気を失っているスピカ、興奮しているリスナー、気絶したスピカ教信者。ただただそこには混沌があった。






「迫られるユウもたまらんな♡私が迫ってもあたふたするのかな? 想像が膨らむなぁ♡♡」


 協会にて。アイナはスピカに対する怒りコメントを送った後、すぐさまナニを開始していた。

 『迫られるユウ』は通常見ることの叶わない激レアシーンであるため、オナらざるを得ないというのは当たり前。

 果たして救いはどこにあるのだろうか。

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