炎上姫③
「予定というか、ゲートアタックなので、ひたすらゲート処理ですね。最低20は処理したいと思ってます」
「えっ? 20?」
スピカは自分の耳を疑う。彼女の想定では多くて10だったのだが、処理するゲートの予定数がまさかの倍ときた。それも“最低”というおまけ付きで。
「そうですね。夕方までには終わらせたいです」
「んん? 夕方まで……? えっ、終わるの?」
「はい。終わらせます」
色々と彼女の想定が壊されていく。彼の言う通りにゲート処理をこなすには、かなりハイペースで動かなければならない。
さらには常に未探索領域内を動くため、構造が複雑だと体力的にかなり苦しくなる。それはスピカも例外ではない。
「かなりハイペースになりそうだけど、そこは大丈夫?」
「途中で休憩を挟んでも20ゲートなら余裕だと思いますよ。ゲートボスにかなり時間を割くことになったら怪しいかもですが」
「そ、そっか……(ちょっと自信ないかもなんて言える空気じゃなくなってきたぁ〜)」
煽り性能が高めのスピカは現在、煽り機能全面停止状態のようだ。彼と出会った瞬間の気持ち的な余裕は今や消え去っている。
ちなみに、20ゲートの処理を八時間ちょっとで終わらせるということは、1ゲート処理あたり約二十五分ペースとなる。
Aランクアタッカーによる、一般的なゲートアタックにおける1ゲートあたりの処理所要時間は平均一時間程度ということを一応補足しておく。
「ですね。それと、戦闘はスピカさんには後方支援をお願いしたいです。武器って銃でしたよね? 俺は近接型なので突っ込みます(配信の見せ場は譲れないからね……)」
「うん……わかった(後方支援なら体力的になんとかなるかな……というか、ユウくんって意外と鬼畜系?)」
「それじゃ、とりあえずライブ配信を開始するので、リスナーに挨拶したら出発しましょう」
「おっけ!(いやぁ……わたしの理想はどこへやら……)」
海外で活躍する実力派炎上系Aランクアタッカーは不安感でいっぱいだが、自身のプライドが邪魔をして後ろ向きな発言はできないようだ。
早速ユウはスフィアを起動し、配信を開始する。誰もが知る炎上姫が開幕登場したことで、コメントはすぐに彼女一色に染まった。
――炎 上 姫 降 臨
――今回何やった? どうしてそこにいる?
――協会、敗北する
――背筋が凍りついたわ……
――ユウくんの足引っ張るなよ
――ママの忠告無視してるじゃんよぉ……
――スピカ様、美しや。本日も私たちを救ってください
――スピカ教信者おるの草
「おはよー。今日は夕方までがっつりゲート処理をしていくよ。休憩のタイミングくらいしかコメント見れないけど、許してね。んで、今日のパーティメンバーのスピカさん〜」
「スピカでーす♡よろしくね〜♡」
――可愛いけど憎たらしいなぁ
――私たちを煽ってるのかな
――絶許
――実力はたしかなのが悔しい
――今日はたくさんユウくんが見れるのかな?
――武器的に近接のユウくんが先陣切ると思うからわくわくですよ
――スピカ、抽選での不正を疑われてすでにHで軽く燃え始めてて草
「ではスピカさん、行きましょう」
「ん、わかった」
ここからはさすがAランクアタッカーパーティと言うべきか、魔物処理が完全に流れ作業と化していた。
二人は全く速度を落とすことなく探索済みの領域を駆け抜ける。
「ここから未探索領域ですねー。どんどん進みましょう」
「りょーかいっ(このペースなら案外余裕かも♡)」
当初の不安感をよそに、思ったより楽なのではと考え始めるスピカ。だが、彼女はまだ理解していない。
ここまではまだスタート地点にすら立っていないということを。
――ペース早くて草
――Aランカー恐ろしい
――炎上姫も余裕でついていってるしな
――素直に感心っすよ
――はぁぁぁぁ……スピカ様……麗しやァ……
「ちょっとスピード上げますね〜」
「りょーかいっ(ま、じ、で?)」
ユウは探索速度をさらに上げる。側から見ればほぼ全力疾走をしているかのようだ。
ゲートアタックの基本はノーマッピングで突き進むこと。数分後、最初のゲートを発見する。
「入りますね〜」
「ふぅ、はーいっ(ふぅぅ……これ以上スピード上げられたら置いてかれそ……)」
顔には出していないが、この数分でスピカは危機感を覚え始める。取り戻しかけていた余裕が再び失われていく。
「GYAAAAAA!」
「マンティコアがゲートボスか……なんか前のよりでっかいし。このダンジョン、やっぱりBってのは無理があるな」
「ユウくん、わたしがアレの動きを止め――「先手必勝! 飛刀・フウジン」
スピカが話終わる前にユウは即座に先制攻撃を仕掛けた。彼のシナリオでは、この場面は瞬殺して魅せることとなっている。
刀を一振りする度に目に見えぬ斬撃がマンティコアを容赦なく襲う。物理法則を無視した攻撃にスピカは絶句してしまった。
程なくして、斬撃の雨の中でマンティコアは絶命する。
「……(あの刀、アーティファクトなの?)」
――キタァァァァアアアア
――『僕の考えた最強サムライ』
――あづまさんの必殺技ァ!!!
――相変わらずの完璧再現
――何もさせずに狩ったよ……つっよ
――炎上姫、目が丸くなる
――↑レアな表情やね笑
――ユウくんの空気感が今までと違うわ。かっこよすぎぃ♡♡
「あのー、スピカさーん。すぐ次にいきますよ!」
「ふあっ? ごめん! おっけーだよっ」
スピカは基本的に『格上』のアタッカーとダンジョンアタックをすることがない。
なぜなら、彼女自身が周囲よりも『格上』のポジションであるためだ。
何度かサチとダンジョンアタックをすることもあったが、どちらかというとまったり系の攻略であり、ガチではなかった。
つまり、スピカは今の地位を築いてから初の『格上』とのガチダンジョンアタックをしているということになる。
そして、『格上』かどうかを知る最善の方法は、能力測定アーティファクトによる測定値の差をみることだ。
ユウが575に対してスピカは468。100以上の開きがある。
彼女自身、彼の配信を見て『そのようには見えない』と思っていたが、ユウは配信映えを意識していたのだから当たり前だ。
予想外のガチ負傷もあったが、最初から全力であればこれまでのイレギュラーもほぼ瞬殺できる実力を持っている。
ちなみに、この測定値100以上の開きは駆け出しAランクアタッカーとCランクアタッカーの差とほぼ等しい。
現実問題として、ユウとスピカの間には同ランクであっても越えられない壁が存在しているのだ。
「(えっ? これ、わたしっている意味あるのかな?)」
まだゲートアタック開始から一時間も経過していないのに、スピカの心に綻びが生じ始めていた。
その後もユウは進行速度を落とすことなく未探索領域内を駆け巡る。彼としてはスピカもまだまだ余裕があると感じているが、実際のところ余裕はない。特に気持ち的には。
「(これをあと19ゲート処理するまで繰り返すの? ほんとに死ぬって……)」
正直、ユウも容赦がない。彼の加減具合はランクベースで考えており、測定値の差という最も重視するべき点をガン無視している。
つまり、スピカはAランクだから大丈夫、問題ない、と勝手に結論づけているのだ。
パーティ経験が浅すぎる故のミスである。
「見つけたッ!」
そして二つ目のゲートを発見した頃には、スピカの精神はゴリゴリに削れていた。体力はさすがにまだ大丈夫なようだが。
「スピカさん、銃乱射して炙り出してもらえませんか? 隠れているみたいなので」
「りょか!(微妙に存在意義はある、のかな?)」
――炎上姫の様子おかしくね
――どこが?
――表情が明らかに曇ってる
――走りっぱなしで疲れてんじゃないの
――↑さすがにスピカレベルならまだ余裕だと思うよ
――でもまあ、ユウくんのペースに呑まれてる感は否めない
――同じAランクでしょ? そんなことある?
――↑むしろ日本はAランク上限のせいでAランク内の格差が半端じゃない
――ユウくんは炎上姫より全然上ってことかいな……
――やけに素直に見えるし、ここまで炎上要素なくて草
――炎上姫から炎上を奪ったらただの姫になっちゃうやんけぇ!!!
ユウよりリスナーのほうがスピカの異常に気が付いていた。彼は今、配信映えシナリオを辿るように動いているため、あまり細かなところに気が回らないのかもしれない。
「あ、出てきた。スピカさんナイス! あとは俺がやりますねっ」
「ん、よろしくっ!(なんか胸がざわざわするよぅ……これであと残り18ゲートかぁ……スケジュール鬼すぎるって〜)」
炎上姫スピカは残り18ゲート、まだまだ続くゲートアタックを体力的にも精神的にも耐え抜くことはできるのだろうか。
―――⭐︎
ゼロHENTAIごめんなさい。
以下、余談です。
能力測定アーティファクト基準値(日本)
Aランク 255〜
Bランク 200〜254
Cランク 155〜199
Dランク 100〜154
Eランク 〜99
特に訓練をしていない一般人平均は38
世界的に活躍しているアタッカーはおおよそ400超〜
とてつもない差がありますが、後述するように測定値は色々な要素が絡み合っているというのが通説なので、決しておかしな話ではありません。
さて、この測定値は個人の能力や技術、装備等を反映していると考えられています。例えば……
スピカ『魔銃』所持後468
『魔銃』所持前406
という事例がありました。
所持前後の期間はほぼ空いていないため、やはり『魔銃』という装備の影響が測定値に反映されたと結論づけられています。
また、日本においてはAランク内の格差が特に大きくなるため、さらに上位ランクを創設するべきとの意見があります。
しかし、事なかれ主義というか、今まで大丈夫だったから今更変えなくても良い、という意見が強いのはやはり日本らしいです。
アタッカーはその個人戦力の異常な高さから法的にも厳しく縛られています。こういった法的なことも見直さなければならないので、尚更重い腰がなかなか上がらないのでしょう。
―――⭐︎
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