イカれ姫
スピカはユウへ迫ることをやめる気配がない。少し前までのしおらしかった彼女は幻のようだ。
「ねっ?♡もうさ、すっごく濡れてるの♡はやくユウくんが欲しいなって♡♡ココに♡」
「勘弁してくださいって……協会に怒られますよ、まじで……」
残念ながら、協会に怒られることは既定路線なので今更どうしようが未来は変わらない。
寧ろスピカは猥褻罪で逮捕されることを心配するべきかもしれない。
「ねぇ、もうさぁ配信も消しちゃお? それならゆっくり愛し合えるよ♡あっ、お義母さんみてる〜?♡ユウくんはわたしが貰うからっ♡♡」
そして流れるようにリアルママのサチを挑発する始末。状況が状況なだけに、洒落にならない。もちろん、彼女は配信を見ていた。
――次会ったら肉塊にするから
そうコメントしたときのサチの血走った目は本気だった。
「もう! 帰りますよッ!」
ユウも色々と限界がきているようだ。思い描いていた配信映えシナリオが全てダメになってしまったことで、メンタル的にかなり効いている様子。
「怒るの?♡また……わからせちゃうのぉ??♡」
しかし、正気を失っているスピカには何一つ響いてくれない。ここにきてユウの心労はとてつもないことになっていた。
「いい加減にしてくださいッ」
「ひゃ!?♡」
「そのまま静かにしていてくださいね」
話し合うことを諦め、ユウは強引にスピカを肩に抱える。そうして、間髪入れずに全力でダンジョンを脱出するべく走り出した。
――うわぁ……
――シュールな光景やな……
――ユウくんに抱かれてるな笑 なっさけねえ姿で笑
――↑ユウくんに触れられてることが問題なんだよなぁ
――てか、人抱えてすげースピードで走るね
――私も抱えられたいにゃあ♡
ライブ配信のコメントに目を通すことなくユウはダンジョン内を駆け抜ける。抱えられているスピカは意外にもダンマリしているため、スムーズな運搬が実現していた。
正気を失っていても、今投げ出されたらヤバいことは理解しているのかもしれない。
「ね、そろそろ降ろして〜……えっちしようよぉ♡」
「はぁ、舌噛みますから黙っててください……」
「ん〜? どうしよっガべハァ゛ッッ」
「だから……もう、頼みますよ……」
スピカはきちんと舌を噛んでフラグを回収し、呆れているユウは無視を決め込んで止まることなく走り続ける。
――舌噛んだな
――ダサくて草
――投げ捨てればいいのに
――↑ダメ。あたしが肉塊にするから
――こっっっわ
――ママなの? 落ち着けよ
――落ち着けるわけないよ? あたし、マジで頭おかしくなそーなの
――ヒエェ……
――既に頭おかしい定期
その後、ユウは無事ダンジョンを脱出した。この間にスピカの頭も少しだけ冷えたようだ。
「あぁー……ごめんね? ちょっとやりすぎたかも」
「……そうですね。とりあえず協会に行きますよ」
「ん。おっけーっ」
スピカのわからされたいモードが終了しているっぽいことにユウは安堵する。さすがにあそこまで迫られることには恐怖を覚えかけていたからだ。
「みんなごめん、一旦ここで配信終わるね。またねっ!」
急いで協会に向かうため、そそくさとスフィアの接続を切った。結局、予定していた行程の五分の一しか進められなかったことに頭が痛くなる。
「ユウくんってさ、彼女はいたことないの?」
「あるわけないじゃないですか……」
「ふぅん。そっか! じゃあさ、わたしはどう? ユウくんと並べるアタッカーになるようにもっと頑張るからさ!」
字面だけ受け取ると、健気な女の子でしかない。だが、スピカは逆わからせ性癖というニッチな欲望を胸に抱く狂人だ。
ユウは考えるまでもなく口を開く。
「えっ、いや、付き合うとかはないです、かね?」
「んっ?」
「あっ、ごめんなさい……ってことで」
「ええっ!? わたしって自分で言うのもだけど綺麗だと思うよ? カラダも自信あるしさ!」
たしかに、スピカはかなり綺麗でスタイルも良い。世の女性が欲しいものを持っているといっても過言ではないだろう。
しかしながら、ユウとしては先ほどの件があるため、彼女に惹かれるというよりは引いていた。
しかもこの二人は今日が初対面であることを忘れてはならない。
「とても綺麗だと思いますよ」
「……それだけっ? 抱かれたくない?」
「えぇ……さっき俺にしたこと忘れてるんですか……」
「だから、それはごめんって!」
スピカの恋路(?)はとても厳しいものになりそうだ。自分自身で難易度を跳ね上げたせいなのだが。
そんなこんなで、なかなかめげない彼女によるアタックをユウは塩対応でいなしながら、二人は協会へと向かった。
「お疲れ様です……アイナさんはもう応接室Bで待っていますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
「あーあ、早く帰りたいなぁ〜」
ユウたちはアイナの待つ応接室Bへ向かう。やらかした張本人であるスピカの足取りは軽かった。彼女には本当に何一つ自覚がないのだろうか。
「失礼します」
「ども〜っ」
「あぁ……二人とも座ってくれ」
「はい」
「んん? アイナちゃん元気ないね? 大丈夫?」
開幕アイナは震えた。スピカの謎の余裕っぷりに叫びたくなるほどに。お前のせいで大丈夫じゃねえよ、と。
「スピカ、今回は冗談じゃ済まされないことはわかっているよね? それに全て配信されていたことも理解してるよな?」
「それは……うん、わかってるよー」
「ダンジョンの調査妨害、猥褻罪、キシドくんへの過度な接触……一体私はどうすればいいのかな?」
「え、見逃してくれればいいよ! ユウくんに惚れちゃったのはマジマジのマジなんだしっ」
こんな中だが、ユウは沈黙を貫いている。アイナの空気感がヤバすぎるため、普通に軽い調子で会話をしているスピカには驚いていた。
「(もう帰って雑談配信がしたい……この空気きっついわ……)」
「これまでは警告で済ませていたけど、協会としてもそろそろ厳しいんだ。いい加減甘すぎるという声も多くてね」
「甘くないよ〜。活動休止命令の手前でしょ? 十分だって!」
「おいおい、どの口が言っているんだよ……まあ、とりあえず活動休止命令以上は覚悟しててくれ。そうだ、キシド君。被害届はどうする? 社会的にコレのこと一発アウトにできると思うぞ」
「えっ? あぁ、出しませんよ。だいぶ困惑しましたけど……今回は許すってことで……」
ちなみに、今回スピカがユウに鬼絡みしていた件は、警察に被害届を出せば猥褻罪でしょっぴける可能性がある。
ただしユウがアクションを起こさなければ、本件は過度なセクハラとみなされて対応は協会任せとなる。
彼の心情としては、あまり大事にしたくはないし、今はとにかく早く帰りたい、といったところだった。
「そうか……残念だけど、わかったよ。では今回の件は全て協会で対応することにする。キシド君は疲れてるだろうし、帰ってもらって大丈夫だよ。本当にすまなかったね。ゆっくり休んでくれ……」
「えっ? ユウくん帰っちゃうの? ねえ、あとでまた会えないかな?♡だめ?」
「スピカ。黙っててくれ……キシド君、お疲れ様、コイツのことは無視してくれて構わないよ」
「わかりました……では、失礼します」
「あぁぁ! ユウくぅぅぅぅん!」
アイナさんナイス、と心の中で親指を立て、ユウは応接室Bから退室する。ただ、今更ながら彼が一つだけ口にしていないことがあった。
迫られるのは恐怖でも、スピカのおっぱいは思いの外とても柔らかかった。
「よし、帰ろう」
こうして残されたのはアイナとスピカの二人となる。
「……さて、スピカ。一応聞くけど弁明はあるかい?」
「うーん、ないかな? それにユウくんのハンカチ貰ったから大満足♡ねえねえ、羨ましい???」
アイナは一瞬ギリッと奥歯を噛む。
「おっぱいも触られちゃったの♡わたしの虜になってくれないかなぁ……付き合うのは断られちゃったけどぉ」
ギリリリリリッと嫌な音が室内に響いた。
「……もういいよ。これ以上話すことはないから処分の連絡を待っててくれ。処分確定までは謹慎命令だ」
「ん、おっけ! これでユウくんの配信も余裕をもって見れる〜! ありがとねっ」
「だから……どこからそんな余裕が生まれるんだよ……はぁ、帰っていいぞ」
「りょうかーい! またねっ!」
これから処分を受けることが確定しているのにも関わらず、スピカは微塵も気にしている様子を見せない。
あろうことかユウのライブ配信を見る時間ができて嬉しいようだ。
「チィッ……あのイカれ姫が……」
一人残されたアイナの呟きは虚空に消える。ストレス発散にいつものアレをしたいところだが、今はそれどころではない。
スピカの処分に関する稟議書を作成するため、負のオーラマックスで執務室へと戻った。
翌日、スピカには二週間の活動休止命令処分が下された。
「一ヶ月くらい休みたかったなぁ。ま、いっか!」
案の定というか、彼女には何一つ効いていないようである。
そして現在、当然のようにスピカは大炎上していた。これもまた、当の本人にはノーダメージのようであるが。
―――⭐︎
協会の処分については重い順に、
・ライセンス永久剥奪
・ライセンス一時剥奪
・活動休止命令(無期限)
・活動休止命令(期限付き)
・厳重警告
・厳重注意
・訓告
となっています。
スピカは度重なるやらかしをしていますが、これまでは厳重警告止まりでした。
いよいよ今回は協会としても限界だったようです。ユウが絡んだことでアイナの心象が底を突き抜けたことも一因でしょうが……。
―――⭐︎
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