まったりダンジョン配信③

「あ、あぁ……大丈夫、なんですね?」


 すでに息絶えているという先入観のせいで、しれっと返事をされたことにユウは動揺を隠せない。

 ライブ配信をしていることが頭からすっぽ抜けるほどだ。


「あ♡神様……わたくしに……このような機会を……はぁはぁ♡たまらないですわぁ……」


 女性は倒れたままボソボソと何かを呟く。


「はい? あー……あの、ここで何があったんですか?」


――あ、この女はやべーやつ。わかる

――我々と同じ空気感

――おいおいおいおい……


「はっ! すみません……わたくし、ちょっと……その、慰めをしておりまして……それで、あの、限界を超えて倒れてしまっていたみたいで……」


――はい、アウトオブアウト

――狂人認定

――ここで? やべぇってレベルじゃない

――うわぁ……ドン引きっす

――未探索領域で野外ナニってんの? ホンモノじゃん。関わったらダメなやつ

――危険な場所で限界突破おなにって気が触れてるとしか……

――ユウくん逃げてぇ!!!


「え? あ、ああ。何か、まあ、はい。誰にでもそういうときってありますよね……」


 優秀なリスナーと違って、動揺しているユウは目の前の狂人が何を言っているか正確に理解できていない。いや、動揺していなくても童貞には理解ができなかったかもしれないが。

 今のところ、『嫌なことがあってここまで逃げてきた。精神的にも肉体的にも辛くなり、心身の限界で気を失ってしまった』と勝手に解釈している。

 リスナーたちはユウの危機を感じて必死にコメントをしているが、彼はコメントに目を向ける気配がない。


「申し遅れました。わたくし、シテン ミコと申します。お助けいただいてありがとうございました……それで、その……ご迷惑にならなければ、少しご一緒させていただけますか? 一人だとまだ不安でして……」


――こ い つ

――リリースして! こいつはあかん!

――おい! 待って、今ディルド持ってなかった?

――↑すぐ隠してたね、みえたわ

――拒否して……頼む……

――あかんて、ほんまに


「俺はユウって言います。あ、いや、さっき俺の名前呼んでましたよね。もしかしてリスナーさんですか? それと、ここを出るまでは一緒に動きましょう。未探索領域なので危ないですし」


「は、はい! 大ファンですの! その、ユウくんの腹筋に一目惚れしてしまって……いつも助かってますの……あれ、ここ未探索領域だったのですか? そんなこととは気付かず……よろしくお願いしますわ……」


――あー……腹筋ねぇ……

――ここのリスナーってこんなんばっかなの?

――↑お前も同類だゾ

――ユウくん目の前にしてオカズ宣言は草

――腹筋に脳を破壊されちゃったのね……わからんでもないけどさ

――え、ここからユウくんと狂ったメスの絡みを延々と見せつけられるの? むりむりむりむりむり


「シテンさんはすぐに動けそうですか? 厳しそうであれば少し休んでから出発したいと思うんですけど」


「お言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか? 少しだけ休憩を……」


――明らかに疲れの原因がナニってのがなぁ

――ユウくんの予定を破壊した罪は重い

――これが寝取られってやつ? 逆に濡れてくるんやけど

――ユウくんの善意が……汚される……

――まあ、雰囲気的にリア凸勢ではなさそうなのはよかったけども

――↑シンプルに狂人。しかもここにいるってことはAランクでしょ?

――協会の処断に期待です♡


 ちなみに、ミコは本当にリア凸勢ではない。聖地巡礼のタイミングが奇跡的にユウの配信タイミングと被っただけなのだ。

 さらには性欲に支配された結果、未探索領域で気を失うことでユウに声をかけられるという奇跡まで引き寄せてみせた。


 しかしながらこの状況、ミコは幸せの絶頂にあるが、ユウは予定を完全に狂わされ、リスナーは寝取られ感覚で苦しんでいる。得をしているはミコだけというなかなかに救われない状況である。


「わかりました。落ち着いたら教えてください」


 そして、若干平静を取り戻したユウはやっとコメントに目を向ける。案の定、リスナーたちは憤っている最中だ。


「(おうふ……なんか、すげえみんな怒ってる感じするぅ……)」


――やっとコメ見たかな!?

――シテンとやらは変態だから離れたほうがいいよ!

――ユウくんが食べられないか不安で吐きそうなの……お願いだから逃げて

――ユウ、迅速にその馬鹿タレを協会に引き渡すように。よろしく頼んだ


「とりあえず、今日の調査は中断するよ。シテンさんを一人にしておくのも怖いし……」


 リスナーたちが頭を抱えた瞬間だった。ピュアにミコのことを信じている前提があり、助けになろうという善意に押し負けてしまったのだ。

 様々なコメントを見た上でのユウの決定に対してもはや反論することはない。潔く寝取られ配信(リスナー視点)に甘んじることにした。


――昨日に引き続き寝取られ……不思議と濡れてしまう

――いっそ新しい扉を開くほうが幸せでは?

――ごめんね、ユウくん。見てることしかできなくて……イきそ……

――切り替え早くて草


「あ、あの、ユウくん」


「どうしましたか?」


 リサでさえ名前呼びはしていないのに、ミコは平然とやってのける。


「ちょっとだけ……ふ、腹筋を見せてくれたり、しませんか?」


 一瞬にしてリスナーたちの総意は『こいつ、やったな』で染まりきっただろう。あろうことか生ユウの生腹筋をおねだりしたのだ。

 これには寝取られムーブで興奮している淑女もハッとしたことだろう。

 完全にミコの目は蕩けきっている。そんな中ユウは彼女の評価を更新した。


「(……見せるのはいいけど、何でここで? 休まなくていいのか? この人、本当にヤバい感じなの?)」


「だ、だめでしょうか?」


「別に減るものじゃないし別に大丈夫なんですけど……」


 チラッとコメントを見ると、やはりというか変態淑女たちは荒れていた。寝取られもアリか? なんて言っていたのが嘘のようだ。


――NG

――ダメ

――お願い、これ以上私を壊さないで……

――やめて!

――うんこ! うんこなのぉぉおおお!

――ブリュリュ! ブリュリュ!

――↑スカトロはやめてくださいね


「うーん、シテンさん?」


「はい」


「はい、どうぞ」


 あまり露骨に見せつけるとコメントがまた荒ぶりそうな予感がしたため、チラッとだけ見せてあげることにした。


「はわぁ……美しや……わたくし、はわぁ♡ありがとうですの……リスナーのみなさまにも、見せてあげて欲しいですわ……ふひ♡」


――おい、鼻血出てんぞ

――なんだ、気遣いできるじゃねえかGJ

――ユウくんはよ! はよ!

――腹筋に恋したメスの末路。チラ見せで逝く

――わたしたちにお裾分けとかわかってんじゃーん

――思ってたよりイイ奴だな、シテン


「ああ、みんなにも。はい」


 ミコと同じようにリスナーたちにも腹筋チラ見せサービスをする。

 このとき、背筋をチラ見したミコはさらに鼻血を垂れ流して倒れた。


――後ろでまた倒れてて草

――いいもの見れたから許すわ

――う し ろ

――チラリズムたまらんなぁ♡チラ見せイベントしてよ〜

――あぁん、好き♡


 リスナーたちもまあまあチョロかった。


「えぇ……大丈夫ですか?」


「大丈夫ですわ……本当に大丈夫……少し休めば回復しますので」


「わかりました……」


 ミコの判断は『ここでユウに介抱されたらそれこそマジで死ぬ』である。なんとか自力で鼻血を拭き取り、壁にもたれかかった。

 何かと不安定な感じのミコにユウもたじたじだ。しかし、腹筋にナイス反応を貰えたことに、こんな状況にも関わらず気持ち良くなってしまう。

 それもコメントのみならずリアルな反応を見れたことは大きい。自己承認欲求が一気に満たされていく。

 この瞬間、ミコ、ユウ、リスナー、三者が得をする優しい世界が構築された。


「ユウくん、そろそろ大丈夫そうですの」


「わかりました。では、出発しましょう」


 その後、ミコは粗相をすることなくユウについていった。これは一リスナーとしての自覚を取り戻したことによる。

 あるいは賢者タイムなのかもしれない。


――シテンとやら、急に表情がキリッとしてて草

――まあ、これ以上余計なことをしないならええわ

――↑未探索領域で昇天した狂人ということをお忘れなく

――無駄にユウくんに絡まないあたりやっと弁えたか


「あ、魔物出ても俺がやるのでそのまま後ろにいてくださいね」


「わかりましたわ。よろしくお願いしますの(これが護られるってコト? むずむずしてきちゃう♡帰ったらまたシないとなりませんわね……はふぅぅ♡)」


 狂人ミコは単に情欲を抑えつけているだけであった。

 ユウはユウでコメントを見ることなく淡々とダンジョンを脱出するために進む。魔物への警戒もしているため仕方ない。

 そんな中、リスナーはまったり雑談モードへ移行していた。


――そういやユウくんママ(リアル)ってどんな人なんだろうな

――正直、かなり綺麗な人だと思うよ

――わたしもユウくん産みたいなぁ……

――今度聞いてみようか。たくさん質問出れば拾ってくれそうだし

――んだな

――もはやリアルママに嫉妬しちゃう

――↑わかる。でも、一緒には住んでない感じだったよな〜


 そんなこんなで無言のユウを眺め続けるライブ配信は終わりを迎える。


「無事出れましたね。お疲れ様でした」


「はい! 本当にありがとうございます……わたくしは協会に寄ってから帰りますので……ここでお別れということで。失礼しますわ」


「そうですか。わかりました、気を付けてくださいね」


――速報 シテン、協会へ

――絞られるだろうな

――自業自得。腹筋チラ見せに貢献したのはありがてえけど擁護はしない

――ゆーて貴重なAランクだしきつめに注意されるくらいで済むべさ

――↑思ったより協会は容赦ないよ。一度目だからそれで済むかもしれないが


「みんな、あまりコメント見れなくてごめんね。また雑談配信とかするからそのときにたくさん話そう! 今日はちょっと疲れたから休もうと思ってるんで、また明日以降かな?」


――気にしないで♡おちゅかれ♡

――連日大変だったね。お疲れさま

――次も楽しみにしてるよー!

――乙乙

――またねぇ!


 同時接続125444。

 見せ場なしのライブ配信だったが、思った以上の同接数に、彼はとても清々しい気持ちで配信を終えることができた。


「よし、帰るか」


 協会への報告はまた後日、きちんと調査の一区切りがついたらということにする。

 やはり、ユウも連日何かに巻き込まれるのは体力的に厳しいようだ。まったり配信とはどこへいってしまったのだろう。

 夜の雑談配信もせず、この日は泥のように眠りについた。



◇◇◇



「シテンさん、アイナさんがお待ちですので応接室Bへお願いします」


「は、はい。わかりました……」


 一方で、ミコは協会へ立ち寄っていた。さすがに協会からの通知が百件以上もあったのに、それを無視することなどできるわけがない。


「失礼しますわ。シテンですの」


「入ってくれ」


 狂人と狂人が邂逅した。

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