まったりダンジョン配信②
ユウが八王子へやってくる少し前のお話。
「ギュフフフフフフ……たまらんですゾ♡んはっ! そいやっ!」
長い黒髪をお団子にして纏め、見た目は可愛い感じのダンジョンアタッカーが、おおよそ淑女のカケラもない声を張り上げながら素材回収に勤しんでいる。
「聖地巡礼とはいえ……せめて少しは推し活のお金が欲しい! ですわ! そいっ! はぁぁあああ!」
聖地(八王子A1ダンジョン)とは一体何事だろうか。巡礼とはこれいかに。推し活のお金というのは、いつかきたるユウへの投げ銭のための貯金だったりする。
このことは、彼女がとある男性――ユウのライブ配信を見てしまったことに端を発する。
「あの、腹筋がァ! ここでぇ! 炸裂ゥ♡していたなんてェ♡たまらないのですわぁぁぁぁ!!! わたくしの、ものが……濡れちゃうのぉぉおおお!!!」
何を隠そう彼女、シテン ミコはオタク気質であり、一つのことに入れ込む性格である。
ユウのライブ配信で見たあの腹筋。鍛え上げられた肉体というものを初めて目にしたミコは、画面越しとはいえユウに一目惚れしてしまった。
つまり、彼女にしてみれば初配信の八王子A1ダンジョンは聖地であり、マストで巡礼しなければならない場所であるわけだ。
「はぁはぁ……我慢ならないゾ……もう……シちゃえ♡」
唐突に持参していたアルコールシートで入念に手を拭く。ナニを始めるかはお察しのとおりで、キョロキョロと周囲を見渡しベストポジションを見繕う。
「……万が一誰かと出会ったら自殺モノですわね。ちょっと奥にいきましょう……ふひひ♡」
淑女のものとは思えないトロンとした表情で、彼女はふらふらと『ユウが処理したゲート』のさらに奥へと進んでいく。
その場所が未探索領域であることなど考えもせず、ただ性欲に身を任せてゲート内から姿を消した。
「ユウくん……♡こんなにもはしたないわたくしを罵ってェ♡その腹筋を舐め舐めさせてェェエエエ♡♡やば、野外おなにぃ気持ち良いのぉぉ♡ユウくんになら見られてもいいのぉおお! そのまま相互オナしちゃうのぉおおおお!!!」
さて、ここにも一人の新たな狂人が誕生してしまったわけだが……本当にユウのことが心配になってくる。
「あ゛ぁん! イ゛ック゛ゥゥゥウウ♡♡」
ミコのTPOを弁えないお手本のような自慰行為は、どんどん激しくなっていく。どうしてディルドが彼女の手に握られているのだろうか。
「ユウくん♡んはっ! ユウくぅん♡わたくしっ、また、イって……ごめんなさいいいいいい!!! まだ、まだ、ですわぁあああ!!!」
狂人の宴はまだ始まったばかりのようだ。
◆◆◆
未探索領域の調査を開始してから数十分が経過した。今のところ魔物の気配はなく、ユウはひたすらマッピングに努めている。
「(やっぱりこれだと地味な配信になっちゃうな……ぐぬぬぅ)」
内心ではマッピングが配信映えしないことにモヤモヤしているが、顔に出さないよう我慢して淡々とやることをやる。
――真剣な顔っていいね♡
――その顔で『俺のモノになれ』って言ってくれないかな……
――↑切り抜きが捗りそうですねぇ……
――魔物が出てないみたいで安心したぁ
――でもいつ白い虎みたいなの出てくるかわからんのでしょ? ユウくんの緊張感は半端ないと思う
彼は緊張しているというより、配信映えのことを悩んでいるなんてリスナーが知る由もない。
ただ、そんな彼も自分の想像とは異なり、普通にコメントは盛り上がっていることを知らない。
「んー、迷路みたいだなぁ……今日中に次のゲートまで行けるのかね……」
次のゲートを目指しているものの、道中の地形がこれまで以上に複雑になっており、それが目標への道筋をを阻む。
魔物が出る気配がないため、マッピングに集中できることがせめてもの救いだ。しかし、そのマッピングも地形のせいで本日中に区切り良いところまでいけるのか、この点の不安はどうしても払拭できない。
――これもうどこ歩いてるのかわからないな
――未探索領域の調査が避けられる理由がよくわかる
――↑普通ならこれに魔物付きだからね。やってられなくもなるよ
――普段のえっちなユウくんとのギャップたまらん♡
――今もえちえちやろ……わからんか?
――滴る汗を舐めとりたいね
「あ、行き止まりだ。それならこのルートはオッケーだな……」
未探索領域の調査では一つ一つ丁寧にルートを確認していく。今のような迷路地形だと行き止まりは明確な一区切りなのでラッキーだ。
分岐に分岐を重ねてまた分岐するなんてことも当然あるため、早い段階での行き止まりによってスムーズに次のルート探索へ着手できるのは大きい。
「(……えぇ)」
次のルートへ着手しようとしたとき、明らかに人のものと思われるゴミが目に入った。どうやらティッシュのようであるが。
「(んー、協会からの連絡はないよな。なに、俺以外にもここ調査してる人がいるってこと?)」
もちろん、未探索領域の調査は避けられる傾向にあるが、全てのアタッカーが避けているわけではない。
奇跡の一攫千金を狙って調査をする者だって一定数存在するから。
「結構歩いたから少し休憩するね〜(まあ、それはそれでいいか。それにしても物好きだなぁ)」
――おつかれさま♡
――汗拭いてあげたい……
――やっとこっち向いた♡
――どうすればユウくんのタオルになれますか?
――ちょっとだけ息抜きにちんちんみせて?
――まだまだ終わらないのん?
「正直、今日でゲートまで到達するか不安になってるよ。はぁ、迷路なのはいいけど分岐が多すぎてさー」
ついでに魔物も出ないため、メリハリがなく単調なマッピングとなってしまっている。体力的には大丈夫でも、気持ち的に少しばかりしんどくなっていた。
そんなときのライブ配信はまさに特効薬で、同接数や多くのコメントにより彼の心は潤っていく。
「んし、ちょっとお腹空いたからお菓子食べるね」
――もぐもぐタイム♡
――お菓子になりたい
――何食べるのかなぁ?
ユウがリュックから出したのはポテチである。まさかのダンジョン内でポテチという組み合わせにリスナーはまた盛り上がっていた。
「やっぱり塩分補給はポテチだね。うんまい」
――ポテチは予想外で草
――遠足みたいになってるやん
――ここAランクダンジョンだったよね……?
――↑いちお明言はされてないけど八王子A1ってことで確定かと
――強メンタルすぎぃ
「俺が言うのもアレだけど、ダンジョン内ではあまりポテチ食べるのオススメしないよ。もし魔物出てきたら油ついた手で武器握らないとならないからね〜」
――大丈夫。真似する人はさすがにいないと思うから!
――それでもポテチを頬張り続ける男
――飲み物も炭酸だったら草生える
――ポテチは何味ですか?
「ん? 飲み物はスポーツドリンクだよ。さすがにまあまあ動くから。ポテチはうすしお味! 一番好きなんだぁ」
さすがに炭酸飲料を持ち込むまではしていなかったようだ。
ちなみに、ここでポテチのうすしお味が好きだと言ったことにより、ポテチの生産メーカーが商品紹介の依頼をするか検討をはじめたとか。
「ふぁぁ……なんか魔物も出ないし眠くなってきちゃうわ」
――ふ、ふらぐ?
――ねむねむだね? お姉さんのおっぱい貸してあげるよ♡
――あくびかぁいいね♡
――未探索領域で眠ろうとする胆力
――眠るのは危険すぎ!!!
――寝顔配信再びか!?!?
「冗談だよ〜。あんまり休んでたら動けなくなるから調査再開するね」
同時接続100932。
やる気チャージが完了したため、再び迷路のような未探索領域を進む。
「(ちょっと強めの魔物出てこないかな……まじで……)」
強めの魔物どころか魔物自体が出ないという現状に配信映えを意識しての不安が募る。
いっそマンティコアクラスの魔物が出てきてくれれば、なんて本心から願ってしまうくらいには。
その後もひたすらユウの背中を見続ける配信が継続される。リスナーはリスナーで盛り上がっているが、やはり彼の配信映えへの不安は払拭されない。
気付けば分岐路の最後の一本まで調査が進んでしまっていた。もちろん、ゲートまで辿り着くことはなく、こればかりは不運としか言いようがないだろう。
「全部行き止まりとかありかよ……ここで最後。次こそゲートだな」
――放置プレイされてるみたいで濡れるな
――もっと雑に扱って欲しいくらいだけど
――背中見てると思い出しちゃいます……
――↑生ユウくんをくんかくんかしたメスかァ? おおん?
――いい匂いやろなぁ……はぁはぁ
そして、ユウはゲートを目指して最後の分岐路へ突入する。彼は見せ場のため、ゲート処理は絶対にすると心に決めていた。
「……嘘だろ」
だが、簡単にゲートまで到達できないのがダンジョンである。
彼は少し先に見えるモノに思わず声が出てしまった。
――人たおれてる?
――死体だと配信やばくね? BANくらうんじゃ
――ユウくーん! コメントみてぇ
――映像やばいかもだよー
――『嘘だろ』って……まじで死人?
――ひええええええええ
――昨日に引き続き運悪すぎないか……
――同接数が減らないのすげーな
――↑ユウくんリスナーはユウくんを見捨てません
「(いやぁ、これ……まじで、きっついなぁ)」
さすがのユウも先に見えるモノが死人の可能性を強く感じてしまっていた。協会に通報してすぐにでも引き返したいが、それはきちんと対象を確認してからでなければならない。
調査自体は分岐が多いもののスムーズに進んでいたが、ここで大きな足止めをくらってしまう形となった。
彼は急に重くなった足を何とか動かして確認へ向かう。
――ユウくん、足取り重くね
――さすがにあれは死んでるだろうし、仕方ないと思うよ
――まったりした空気が地獄になった瞬間をみた
――見届けましょう……
同接数はなぜか減らないが、コメントは阿鼻叫喚。これには股を濡らしてた変態さんたちも乾ききってしまっただろう。
「(人なら腐敗だけはしていませんように)」
少しずつ、少しずつ近づく。距離的に人が倒れているのは確定した。
念には念を入れ、愛刀を抜刀してから再び進む。これはリスク管理で、万が一擬態する魔物だったときのことを考えてだ。
冷静さは欠かないよう、慎重に倒れている人の元へ辿り着いた。
「(魔物じゃ、なさそうだな。いっそ魔物であってくれたほうが見せ場もつくれて気楽だったのに……)」
目の前に倒れている人はピクリとも動かない。ユウの胃はだいぶキリキリしていた。
「あの、大丈夫ですか? もしもし! 大丈夫ですか!?」
少しだけ強めに肩を叩く。死人だという先入観のせいで、触れることも正直しんどい。
――反応ない?
――腐敗はしてないみたいで……
――ああ、こればかりはなんとも言えんな
――しんどいよぉ
――↑キツイ内容だから無理することはないぞ。まあ、ユウくんを見捨てるなんてことはないと思うけど
――↑優しい風な鬼畜で草
――スフィアがユウくんの背中追ってるのが救い。死体丸見えじゃないから……
「んん……ユウ、くん? です、の?」
「え?」
――は?
――ほえ?
――はぁ?
――草
――は?
――ユウくんのこと呼びやがって
――また生ユウくんと接触かよ
――いっそこのまま4ね
――はいはい、ライセンス剥奪でおk
――協会、対応わかってんだろうな??
――絶許
呆然とするユウ。コメントは阿鼻叫喚からブチギレ祭りへ即転換。
幸か不幸か、本当に倒れていただけのようだ。はてさて……一体ナニがあったのだろうか。
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