夜の雑談

「はぁぁあ! サッパリした!」


 同接数の記録更新と行方不明者捜索という見せ場を無事に乗り越え、ユウは最高の気分でシャワーを浴びていた。

 彼の自己承認欲求は配信を始めてから一番満たされていると言っても過言ではない。


「よし、少しやってから寝よう」


 息を吐くようにスフィアを起動し、意気揚々とライブ配信を開始する。


 【夜の雑談】


「今日はお疲れ様〜」


 同時接続57269。

 ちょうど夕食時であるが、かなりのリスナーが待機していたようだ。


――夜(意味深)

――本当に大変だったねー。おつかれ!

――無事解決して本当によかった!

――あ、お風呂上がり? えっちだね♡

――ママがきましたよぉ〜♡

――リサです。今日はありがとうございました。本当に本当に感謝してもしきれません。ここでのお礼で不躾ですが……

――↑まじで本人? 生ユウ君の感想はよ


「あぁ、今日の子か。本人なのかな? 気にしなくてもいいよ。マンティコアは明らかなイレギュラーだし、無事だったならそれだけでよかったじゃん」


 ユウにしてみればライブ配信の見せ場になっていたし、その上で彼女は命を拾い、これはもうウィンウィンである。

 もちろん、彼が口にしていることも本音だ。リサが無事であったことに心底安心している。


――それで、生ユウくんどうだったのかな?

――感想聞きたいよなあ

――え? え? それは……

――↑はよ!!!!!


「んん? それは?」


 リサのコメントがリスナーに狙い撃ちされていることに彼も乗っかった。自分と直接会った感想など聞く機会はないからだ。


――えと……配信のときよりもかっこよくて、安心する背中で……想像より良い匂いでした……

――に お い

――くんかくんかしたの? ねえ? したのぉぉおお!?

――たしかに、ユウくんの後ろ歩いてるとき少し距離近かったような。あぁ、こりゃまじでやってんなぁ。裏山死刑だよもう

――絶対くんかくんかして濡れてるよ。断言できるわ


「え? いや、だいぶ動いたあとだし汗臭くなかった? うおお……なんか申し訳なくなってきた」


 ユウはまさかのリサがくんかくんかしていたという告白に面食らってしまう。

 これを例えば風呂上がりとかに言われるのであれば嬉しいが、明らかに汗だくのときの『良い匂い』という表現に少々引っかかってしまっていた。

 彼自身、激ヤバえちえちフェロモンを撒き散らしている自覚など全くない。だからこそ『良い匂い』の本当の意味を理解できずにいるのだ。


――いえ! 本当に好きな匂いでした。ごちそうさまでした

――ごちそうさまは大草原

――私も行方不明になる!!!

――↑協会の迷惑になるからやめとき

――素直でよろしい

――あたしにも嗅がせてほしいなぁ……


「お粗末様でした……? いやいや! これからは制汗剤も装備したほうがいいのか……?」


 マジトーンで少ししゅんとしているユウに変態淑女たちの胸はキュンキュンしてしまう。


――制汗剤なんて臭いからいらないよ!

――そのままのユウくんが一番良い匂い♡みんなそう思ってるよ

――かきかてホカホカの汗舐めたいなぁ

――しゅんしてるのほんと愛しい♡♡♡

――お姉さんと一緒にエッチな運動で汗かこう? 全身くんくんしてあげりゅ♡汗は一滴残らず舐めとるから♡♡

――↑これはキモイ


 今更であるが、ユウは決して変態コメントに対する耐性が強かったりスルースキルを持ち合わせているわけではない。

 色々と未経験故に『具体的な想像』ができないこと、そしてシンプルにコメントの波に飲まれて流れてしまうこと。

 このあたりが理由で触れなかったり、そもそも目に入らないというわけだ。とてもウブな男の子なのです。たぶん。

 時々悪ノリをするのはご愛嬌。


「自分のにおいってわからないからなぁ……協会行ったときとか大丈夫なのだろうか……不安になるわぁぁ〜」


――大丈夫! みんな幸せです♡

――↑これは間違いない

――ユウくんを嗅ぎ回るイベントやろ!

――メス臭ヤバめな芳しいイベントになりそう

――参加者みんながみんな濡れパンツとかエグいて

――ユウくんは良い匂い。それが真理

――↑これよ


 彼の心配は杞憂にすぎない。協会でユウと出会った職員はみんなハッピーである。

 特に、協会内部では受付の希望が非常に多かったりする。ユウは必ず受付でワンクッション置くため、一瞬だろうと確実に会話をすることができるからだ。

 一方、アイナのポジションは彼女自身が非常に優秀(勘違いされた自制心など)であることから不動のものと認識されている。

 諦めずに虎視眈々とアイナポジションを狙っている職員ももちろんいるにはいるが。


「この話題終わり! なんか質問とかないー?」


 彼は恥ずかしさと不安、照れがごちゃごちゃな感情に飲まれそうになったため、話題を急転換させる。


――好きなタイプを教えてください

――ユウのタイプはバリキャリ女子だよ。私のことだけどね

――↑病院いきな?

――ユウくん好みになりたいから聞きたいなぁ♡


「好きなタイプ……」


 恋愛未経験、童貞という称号を持っているユウにとってはなかなか苦しい質問だ。

 まともに接している女性は母、アイナくらいのものである。

 その母でさえも数年音信不通なのだが。


「うーん……」


――わくわく

――どきどき

――はよはよ

――ドキドキ


 どうしてもアイナの顔が思い浮かぶが、これを思考停止で口にするのは憚られる。彼の直感が口にするなと信号を発しているのだ。

 それに彼女はタイプというより、協会絡みで会う機会が一番多い女性であるというだけ。


「外見はあまり気にしないかな」


 そして脳内会議の結果、ふわっとした回答で逃げるきることが決定された。


「髪型とか服装とか、そういうのは似合ってれば何でもいいと思うんだ」


――それでそれで?

――性格とかは?

――ばあちゃん系? ママ系? 姉系? 妹系? 幼馴染系?

――↑そんな焦るなよ


「性格は表裏のない穏やかな人がいいかな。長く付き合うなら……」


 当たり障りのない回答であるが、『表裏のない』というワードに変態淑女たちは撃沈した。

 彼女たちは表の顔こそしっかりしているが、裏ではユウをオカズに自分をひたすら慰めるど変態たちだ。

 いまだに筋トレ配信の切り抜きが中心のオカズ詰め合わせが大好評である時点でお察しだろう。


――全リスナー、撃沈

――草

――露骨にコメント減ってんぞ

――失恋オナニー捗るからな……

――↑こういうところ

――脳破壊されたやつ乙

――↑すでに良い意味で破壊されてるのでノーダメですが?


「とは言うけど、恥ずかしながら恋愛経験とかないから……よくわからなかったりする」


 目に見えてコメントが減ったため、羞恥を覚悟で余計なことを口走る。

 童貞はすでにバレていたが、恋愛未経験というのは新情報であった。


――恋愛未経験!!!!!ンンッ!!

――私たち大勝利♡

――はじめてになりたいお……

――ユウは私が好きじゃ、なかった、のか?

――↑妄想と現実を区別しろ

――チャンスありますかね

――むしろチャンスしかない。あとは出会うだけや!


「(あ、コメント復活した。よかったぁ)」


 変態淑女の切り替えが早い。一気にコメントの流れが戻る。失恋オナニーなど即中断である。だって、失恋してないんだもの。

 一部はナニかに目覚めて失恋オナニーでぶっ飛んでいたりもするが、それは別の話。


――あ、あの、マンティコア倒したときの居合? について聞きたいです!

――アタッカー同業者としても気になるな

――瞬殺だったもんね♡

――私のナカで居合してよ♡

――↑なんかキチぃ


 自己承認欲求モンスターは自分の話題で、それもきちんと話せる話題を振られると饒舌になりがちだ。


「居合のこと? これはね、子どもの頃に読んだ漫画のキャラクターが使ってた技を真似したんだ。自慢じゃないけどカッコいいと思ってて!」


――目が輝いてる

――男の子って感じ♡オネショタしよ?♡

――漫画の真似はやばい

――たしかにクソカッコよかった。あれ見て子宮疼かないやつおらんよ


「『僕の考えた最強サムライ』って漫画! 知ってる? おすすめだよ〜。友達だったら全巻貸したいくらい」


――あー! 知ってる!

――あの漫画ってたしか海外人気高かったよな

――少年心満載のユウくんちゅき♡

――よくみんな知ってるな……

――おい、漫画のwiki繋がらねえぞ! にわかどもガァ!!

――全巻って108巻まであったよね、たしか


「展開サクサクしてて一気読みできるからみんなにも読んでみて欲しいかな。それで一緒に語り合いたいな、なんてね」


――全巻ポチりました

――↑金持ちかよ……

――早速エメゾンのページ重くなってて草

――ユウくんの子種と私の卵も語り合わせましょ♡遺伝子レベルの孕ませオタトーク♡

――↑何言ってんの


 この翌日、無料漫画アプリのランキング一位に『僕の考えた最強サムライ』が急浮上したとか。


「んで、結局居合は独学で練習したらできるようになったんだー。神経使うから連発できないけどね……」


――独学は草

――協会の教官になれるやろそんなん

――ユウくんが教官ならアタッカーに転職する

――みんな同じこと考えてるよな

――手取り足取り教えて欲しい。できない私にお仕置きもよろしくお願いします


「とまぁ、そんな感じ。合う合わない絶対あるからアタッカーの人は無理に真似しないでね〜」


――真似したくてもできる気がしないよ

――これが才能×努力の賜物

――惚れ直しちゃう♡

――ユウくんのおちんちん居合を私のまんまんに……♡♡

――↑孕ませの一閃ですね


「あ、トイレいってくるー。ごめん、ちょっと待っててー」


――おしっこ飲ませて

――ユウくんってしこってんのかな

――管理局に精子提供するときやってるべ

――抜いてあげたい♡

――↑管理局では禁止されてる行為やで

――ぴゅっぴゅしてる映像キボンヌ

――シコ映像とか一線超えてるぞ

――ああ、便座になりたいなぁ……

――↑飲み食べ放題とか胸熱

――ここはアタオカしかないのですか?

――↑お前の米ログも十分アタオカだ

――せめて……おしっこの音だけでも欲しい……新しいオカズになりそうなのに


 同時接続101477。

 夜の雑談配信はもうちょっと続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る