浅草B7ダンジョン②
行方不明者捜索が始まって三十分ほど経ったとき、事態が動きだす。
「あれ、何か落ちてる」
ここは未探索領域であり、通常何かが落ちてるということはない。
「……ガントレット。装備品かな」
当たり前だが、人工物が落ちているなどもってのほかだ。
――武器の落とし物……
――ヒェッ……
――何これヤバない?
――魔物に襲われたとか
「血痕なし、傷も少ない。何で片手分だけなんだろうな……ただこの先が怪しいってことか。とりあえず進もう」
――躊躇なく進むユウくんすごい
――理想の男性すぎるんだよな
――こんなん女でも進むの躊躇するよね……
――ほんとキュンキュンさせてくる
コメントはビビり四割、ユウくん六割といった雰囲気になっているが、今はそれを見ている余裕などない。
無言で愛刀を鞘から抜き、最悪の状況も想定して急ぎ進む。不幸中の幸いか、ガントレットが落ちていた場所付近からは一本道になっていた。
「(頼むから死んでるとかやめてくれよ。見せ場どころの話じゃなくなる)」
一本道に血痕は見当たらず、魔物も現れないためとてもスムーズに進むことができている。
「GYAAAAAA!」
「おわ!?」
スムーズと思っていた矢先、突然天井から魔物が降ってきた。ユウの直感でBランクではないと断言できる魔物が。
まるで美味しい餌を見つけたかのような視線を彼にぶつけている。
――なにあれ
――マンティコア……?
――【協会公式】イレギュラーかもしれません。危険ですので引いてください!
――↑今はユウくんコメント見てないよ
――もう完全にユウくんロックオンされてませんか
――え、ガントレットの持ち主、喰われた?
――↑やめてくれ
「俺は餌じゃないからな。首、もらうぞ」
愛刀を構え、逃げ腰になることなくマンティコアへ仕掛ける。しかしマンティコアはその図体のわりに機敏に動き、ユウの一閃を躱した。
「思ったより器用に動くなぁ……」
ただ躱すだけでなく、すかさず爪撃を繰り出してくる。マンティコアによる殺意最大の一撃はダンジョンの壁を抉り取った。
――やばいやばいやばい
――白い虎に引き続きやべえの引き寄せるんか?
――ねね、大丈夫だよね?
――↑私のユウだ。当たり前だろう
――お前のものではない定期
――ユウくんを信じよう
「パワー系かよ。無駄に動き早いし……それなら仕方ないか」
ユウは愛刀を鞘に収め静かに構える。腰を深く落とし、挑発するかのようにピタリと動きを止めた。
「GYAAAAAA!!!」
「かかった。居合、クビキリ」
「GYA?」
ここぞとばかりにユウへ直線的な攻撃を仕掛けたマンティコアは、ユウの間合いに入った瞬間に首と胴が離れ絶命する。
最期の瞬間まで己の身に何が起こったかわからないままに。
「ふぅぅ……やっぱり馬鹿な魔物にはこれが一番だな。よし、次行くか」
――え? 何が起きた?
――居合かー。かっこよすぎて震える
――これがAランク……
――余韻に浸ることなく進むのイケメン
――馬鹿な魔物って……言ってみたいわぁ
――↑スライムになら言えるぞ
再び進み始めて数分後、またもや事態が急変する。
「またガントレット落ちてる……ほへ?」
ユウがガントレットを拾おうとしたとき、壁の隙間から突然出てきた手が彼の腕を掴んだ。
あまりのシュールな事態に一瞬思考が停止してしまった。
「た、た、た、た、た、た、助けて、き、気持ち悪い魔物に、追われてるんです」
――キョトンユウくん♡ご馳走様でしゅ♡
――悲報 腕ホールド
――生ユウくんに触れてますね?
――行方不明者かな、こりゃ
――見つけたァァァアアア
――しかしユウくんに触れてる模様
「……君、名前は?」
「あ、は、はい……リサ、です」
「申し訳ないけど腕を離してもらっていいかな? それともう大丈夫だから出ておいで」
「あ、ご、ご、ごめんなさい。わかりました……」
ホラーのように壁の隙間からニュルリと出てくるリサ。
気が動転しているせいか目の焦点は不安定で、体が震えている。
彼女が無事であることを確認して、ユウはすぐに協会へ連絡を入れる。
「あ、お疲れ様です。アイナさん、行方不明者の名前教えてもらえますか?」
「リサだ。トウドウ リサ。今キシド君の目の前にいる子で間違いないよ。申し訳ないが彼女を捜索隊に引き渡してくれないか?」
アイナはばっちりリアタイでライブ配信を見ていた。今回は有事であるため決していかがわしいことではない。
「わかりました。すぐに動きます」
「よろしく頼んだよ」
協会との通話を終えたユウは心ここにあらずなリサをフォローする。
「多分君を追ってた魔物はもう俺が殺したから安心して。これから協会の捜索隊のところまで送るけど、自分で歩けるかい?」
「は、はひ。歩け、ます。大丈夫でしゅ」
リサはユウと接しているという現実よりも、先ほどまでの死の淵にいるような恐怖感に呑まれているのか、冷静な判断ができないようだ。
冷静な判断(リスナー視点)についてはコメントでも指摘されている。
――ユウくんが寝取られた
――↑そんなん脳が破壊される
――んああ、リサちゃんになりたい
――夢にみたお姫様ムーブやん……
――とりあえず無事で何より
――自分で歩けるって言っちゃうのね。一生後悔するぞ
――気が動転しておんぶor抱っこチャンス逃してますよぉ
「わかったよ。それじゃ、一緒に行こうか」
「よ、よ、よろしくお願いします」
それからは二人とも特に会話をすることなく、ユウは未探索領域の境目付近で待機していた捜索隊にリサを引き渡した。
彼女にあまり声をかけなかったのは、このあと確実に協会で色々と聴取されるだろうし、今はなるべくそっとしておこうという彼なりの気遣いである。
「(よしよし。とりあえず一安心か……)」
同時接続100724。
「(!?……うぉぉん、十万!? 気持ち良すぎるぅ)」
リサをリリースしたユウのメンタルはすぐに平常運転へと戻り、まさかの同接数十万突破に心の中は狂喜乱舞である。
「みんなお待たせ。無事解決したよー!」
――おつかれさま♡王子様♡
――寝取られ性癖に目覚めそうです
――お疲れ様! さすがユウくん!
――あれだけのことあって落ち着いてるのすごいなぁ
――おつかれー。見つかってよかった
「少し疲れたから今日はもう帰ることにするね。帰ったらまたちょっと雑談配信やるつもりだから見にきてくれると嬉しい!」
リスナーにライブ配信告知だけ済ませ、すぐにスフィアの接続を切る。
直後、大きなため息をついてその場に座り込んだ。
「やっぱり居合は体にくるなぁ。まだまだ体力不足かぁ……情けない」
マンティコアを一瞬で屠った居合クビキリ。これがまた過剰に神経を酷使した上に成り立つ一撃であるため、心身にかなりの負担がかかるのだ。
さすがに自己承認欲求モンスターも圧倒的な疲れの前には休息という選択を取らざるを得ない。
「少し休んだら帰ろう……」
そうして彼は目を閉じて、束の間の休息モードとなる。魔物と遭遇するリスクはほぼないと判断してのおやすみタイムだ。
――あれ?
――スフィア切れてないね
――寝ちゃった……?
――激レア寝顔いただきました
――ママのおっぱいで包みたくなる♡
――抱きしめたい寝顔
――オカズ提供タイムですか?
――無防備すぎませんかね
十万を超えるリスナーに意図せず寝顔を晒してしまう。
そんなことになっているとは知るはずもなく、ユウは疲れとホクホク気分の中で微睡んでいた。
◆◆◆
時はちょっと遡り、リサがマンティコアに追われる少し前。
彼女は最近CランクからBランクへと昇格し、初のBランクダンジョンで浅草B7を訪れていた。
ここは素材も少ないが魔物も少ないため、少しだけBランクの魔物を相手にして自分の力量を把握するにはおあつらえ向きである。
「ん、一匹ずつならなんとかなりそう……せっかくだしもう少し進んでみよ」
この判断が彼女を地獄に叩き落とすとは想像もせず、着々とダンジョンを進む。
あろうことか、知らぬ間に未探索領域に足を踏み入れるという凡ミスを犯しながら。
そして間もなく、リサはマンティコアとエンカウントし、追われることとなった。
逃げている途中に運良くちょうど隠れられそうな壁の隙間を見つけ、迷うことなくその隙間に体を捩じ込んだわけだ。
「はぁ……はぁ……なに、あれ……助けて……誰か……」
マンティコアから即逃亡するという判断、壁の隙間を見つけた運の良さ、そしてマンティコアはあまり鼻が良くない魔物であることなどなど。
様々な要素が絡み合って奇跡的にリサは九死に一生を得た。とはいえ生きた心地がしないまま彼女はユウが現れるまで恐怖の時間を過ごすことになる。
どれだけ時間が経っただろうか。あまりのプレッシャーに頭がおかしくなりそうになっていたその時、タイミング良くユウが現れた。
最初はユウであるとは知らず、とにかく視界に入った腕を掴む。
「た、た、た、た、た、た、助けて、き、気持ち悪い魔物に、追われてるんです(ふぁ!? え!? え!? ゆ、ゆ、ゆ、ユウくん!?)」
リサはライブ配信でユウを認識していた。何ならオカズ詰め合わせもダウンロードしていて、すぐにお世話になっていた。
だからこそ予期せぬ事態に更に気が動転してしまう。ユウが輝いていて目の焦点が合わない。
「(やばいやばい。腕に触れてしまった。やばいやばいやばい〜♡)」
不可侵の男神に触れてしまったような罪悪感と多幸感。
死の淵にいた恐怖は残っているものの、彼女は必死に冷静な判断をする。
「(ああ、これ以上触れるのはやばい。一リスナーとして……自制しないと……)」
本当は歩くのが辛いけど。足の震えは全く止まっていないけど。
「は、はひ。歩け、ます。大丈夫でしゅ」
リサは自分の足で歩くことを選んだ。歩けないと言えばおぶるなりしてくれたであろうにも関わらず。一リスナーとしての決断だった。
「(ダメダメ、これ以上触れたら脳イキしちゃうから♡んあ、もうお股ぐちょぐちょだもん……はぁぁ……すううううううううう♡んんん♡ユウくんフェロモン激ヤバえっち♡♡♡一生尽くしたい♡脳みそ壊れちゃううううううう♡)」
彼女は己の足で歩く代わりに、ユウの後ろで思う存分えちえちフェロモンを摂取して頭がぶっ飛んでいた。
結論、捜索隊に合流するまでの無言の時間はリサにとって人生最大の至福の時間でありましたとさ。
「(もう生ユウくん知っちゃったら沼どころか日本海溝♡ずっとこの時間が続いて欲しいよぉ……早く帰ってオナりたい……全身がウズウズしちゃうのら♡♡)」
リサはこの日、協会での聴取を終えて帰宅後、朝まで絶頂コースで見事に失神したとかしていないとか。
◆◆◆
「ふぁぁ……思ったより休めたな。あれ、スフィアの充電切れてるじゃん……」
実は、寝顔晒し配信はすぐに強制終了を迎えていた。彼の独り言が答えだ。スフィアの充電切れ。
おかげでスフィアの接続が切れていなかったことも、寝顔を晒したことも何も知る由はない。
同接数十万突破、最高の見せ場……ユウはとてもスッキリした気持ちで浅草B7ダンジョンをあとにした。
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