浅草B7ダンジョン①

 ユウのダンジョンアタックは基本的に未探索領域の調査が中心である。そのため素材など換金制の高いものには手を出していない。

 というのは男性保護法により生活するにあたって、お金に困るいうことがないからだ。

 余談になるが、未探索領域の調査はアタッカー界隈で3Kと呼ばれている。


 キツすぎる。

 苦しすぎる。

 金にならん。


 なぜ未探索領域の調査という利益にしかならない仕事が低賃金なのか、これは協会七不思議の一つである。


「今日はどこに行くかなあ……」


 そんな3Kに嬉々として飛び込むユウの存在は、協会からアイナの私情を抜きにしても重宝されていたりする。

 さて、彼は本日の配信で調査するダンジョンをどこにするか迷っていた。未探索領域の残っているダンジョンは山のようにあるからだ。言うまでもなく3Kの弊害でもある。


「んんんー……最近浅草に行ってないから浅草にするか。B7あたりなら人も少なかったはず」


 本日の目的地は浅草B7ダンジョンに決まったようだ。ユウの言うとおりこのダンジョンは人気がない。

 浅草B7はBランク以上のアタッカーが入場可能であるにも関わらず、資源の異常なまでの乏しさのせいで人が寄りつかないのだ。


「よし、行くか」


 SNSで浅草に行くことを投稿したくて打ち震えたが、なんとか欲望を飲み込んで出発の準備を進める。

 自己承認欲求に呑まれている彼だが、服装は律儀に目立たないものにした。

 現実としては、街中を歩いていて『男性』と特定されたからといって全てが問題になるわけではない。

 野暮ったい服装でパーカーのフードを深く被れば根暗地味男として認識されるため、そもそもナンパをされることはほぼないからだ。


 だが、『ユウ』だと特定された場合は騒ぎになってしまうことだろう。

 有名人(本人自覚無し)とえちえち(本人ちょっと自覚有り)のコンボは今の世には危険すぎる。

 彼が律儀に野暮ったい服装を選んだのは色々な意味で大正解であった。



◇◇◇



「配信スタート!」


 【ダンジョンで未探索領域へイくよ!】


 早くライブ配信をしたいユウは急ぎでダンジョンへ向かい、到着するや即ライブ配信を開始する。


――ユウくん、きーたよ♡

――ここどこだぁー?

――ダンジョン内だけで場所の特定むずくね

――今日は脱がないのですか?

――↑私はもう脱いでる

――今日はどんなおかずを提供してくれるかわくわくしてる

――パーティの件、ダメだった。強行するならライセンス剥奪とか協会は鬼かよ

――↑そら当たり前よ。ユウくんの独占が許されるとでも?

――ダンジョン気をつけてね!


 同時接続21876。

 平日日中だが、初動は上々。彼もホクホク。


「こんにちはー。今日は浅草に来てるよ。とりあえず未探索領域までは雑談しながら進んで行くね」


――浅草にいます。会いたいよぉおおお

――ふむ……やはり、偶然を装って会いに行くしかないか

――↑お前まじでライセンス飛ぶぞ? アタッカーなら接近禁止令のこと知ってんだろ

――それで、浅草のどこだい?


「浅草のどこかは……ひ・み・つ♡だよー」


――あざときゃわいい♡

――こっそりママだけに教えて?

――特定班頑張ってそうやな


 『浅草B7ダンジョン』と喉元まで出かかったが飲み込むことに成功し、彼は新たにあざと可愛い属性を獲得した。

 昨日のライブ配信時のアドバイスをきちんと実践してみせたわけだ。


 そして、ユウは愛刀を装備し、緊張感なくダンジョンの奥へとキビキビ進んでいく。ダンジョンの危険度はいくつかの要素を組み合わせて決定され、主たる要素は魔物の危険度である。

 AランクとBランクダンジョンの魔物では越えられない壁があるほどの差があるため、現在のユウにとっては緊張する理由がない。


「あ、もしここのダンジョンがどこかわかっても来たらダメだからね。来たらお仕置きしちゃうからー」


――お、お仕置き?

――ナニされちゃうの!?

――はぁん♡叱られたい♡

――えっちなお仕置きして♡

――妄想が捗るなぁ


「あのね、本当にダメだから。やめろよ?」


 あまりに気の抜けたコメントが多いため少し強めに言い直す。ダンジョンから魔物が溢れることは前例が少ないためほぼあり得ないが、それでも確率はゼロではない。

 彼はリスナーたちの暴走というよりは、純粋に彼女たちの身を案じているのだ。

 自己承認欲求モンスターは欲求を満たしてくれる糧を案じるもの。というのは冗談で、この警告はユウの優しさだ。


――わかりました!

――調子に乗ってごめん。絶対行かないよ

――ギャップやば……

――空気読まないで濡れちゃった

――行かないって約束する


「ん、ありがと。みんなのことが心配だからさ。よろしくね」


 同時接続37522。


「(うんうん。いい感じで同接も増えてるな。ああ、見せ場こないかなぁ〜)」


 自己承認欲求モンスターの渇望するもの、それは『見せ場』だ。例に漏れずユウも見せ場を欲している。

 ただ、今回の調査は彼の実力と比して格下ダンジョンで行っているため、基本的に見せ場はないと言ってよいだろう。

 実際、すでに何度か魔物と遭遇しているが、愛刀一振りで瞬殺していて、感心のコメントこそ多いが、彼の求める『見せ場』としては爆発力に欠けていた。


「えと、そろそろ未探索領域だから少し集中するよ」


 見せ場のことばかりを考えて進んでいたらいつの間にか未探索領域まで到達してしまった。

 露骨に気持ちが凹むものの、ここからはマッピングや素材情報をまとめながら進む必要があるため気持ちを切り替える。

 スフィアを背後へ移動させ、お仕事集中モードに突入した。


――あぁ、安心する背中だ

――今日はえちえち少なめやね

――↑ユウくんを見れることにまず感謝しろ

――ほんとそれ

――アタッカー視点でみると身のこなしが勉強になるんだよな。ほぼ瞬殺だけど


「このダンジョン、まじで素材欠乏してるなあ……魔物も少なめで……一体何があるんだろうな、ここ」


 ぼそぼそ独り言を呟きつつマッピングなどを進んでいく。未探索領域を調査しながら彼は改めて浅草B7ダンジョンが不人気である理由を痛感していた。


――【協会公式】コメント見てください。急ぎの用件あります

――協会やんけ

――ユウくん! コメントコメント!

――さすがに協会が焦るほど危険な状況ではない気がするんだけど

――集中してるしコメントは見てないよな

――協会さんはできるなら直接連絡したほうがええな。切羽詰まってないし電話くらい大丈夫やろ


♪〜♪〜


「ん? 協会から? ……はい、キシドです」


――速報 苗字 キシド

――早速改名してくるわ

――↑苗字変更のやむを得ない理由:ユウくんを愛しているから

――草

――裁判所通るわけないやろそんなん

――全国のキシドさん、おめでとう

――キシドさん、養女にしてくれ。金はいくらでも出すからァァアア!


「配信中にごめんね。急ぎ確認したいことがあって」


「どうしました?」


「そこはB7だと思うんだけど、途中で女性アタッカーを見かけたりはしなかった?」


「いいえ、ここまでの道中では誰も見かけていませんけど……」


 アイナの様子に余裕が感じられず、ユウはどうにも嫌な予感がしてくる。

 同時にすでに浅草B7ダンジョンであることを特定している協会に内心驚いていた。


――何の話だろうな

――誰も見かけてないとか言ってる……行方不明とか?

――それ茶化せないやつやーん


「今朝からそのダンジョンに潜っているアタッカーが音信不通になってしまってな……調査班は派遣済みだけど、キシド君も進むとき注視してくれないか? 未探索領域で何かに巻き込まれた可能性もあるから」


「そういうことですか。俺も捜索手伝いますよ。別にマッピングなんていつでもできますし」


「……助かる。そのなんだ、配信は続けてくれて構わないから、よろしく頼むよ」


「承知しました。それじゃ失礼します(見せ場だぞこれ。必ず見つけ出したい。そしてバズりたい!)」


 本気の心配と本気の欲求がぶつかり合う。


「ああ、続報があればまたこちらからも連絡するよ」


――あ、電話終わったか

――何があったんだろ

――あれ? マッピングやめるの?


「えーと、緊急で人探しする! 配信は続けるけど、とにかく動き続けるからコメントは見れなくなる……埋め合わせは必ずするからね」


――人命第一!

――ユウくんの勇姿を目に焼き付ける♡

――気をつけて

――ガチ集中モードのユウくん本当かっこいい

――変態淑女がいない……だと?


 同時接続70016。

 ちゃっかり同接数がこれまでの記録を更新した。そんな中、ユウは最高の見せ場を求めて行方不明者捜索へ神経をシフトする。


「(見つからないと意味がない。本気で探すぞ……)」


 予期せぬ見せ場となりそうな人探しが幕を開ける。

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