SNS
ユウの筋トレ配信後、協会職員であるアイナは満ち満ちていた。心なしか肌ツヤも良い。下着は洗い立てほかほかのものに履き替えている。
ちなみに協会におけるユウ関係の事務処理は彼女が担当しており、その自制心(?)と仕事に対する熱意、優秀さは協会の折紙付きだ。
業務中に応接室で自身を慰めようが、掲示板にトリップ付きで書き込むほどイキっていようが直接誰かに見られなければ関係ない。
「掲示板とはいえマウントをとりすぎてしまったかな……全く後悔はないがな。しかしSNSか。ユウは全く興味がなさそうなのがネックなんだよなぁ」
実のところ、アイナはユウに一度SNSを勧めたことがある。そのときは下心などなく、純粋にダンジョンアタッカーの広報になると考えていたからだ。
だが、彼は興味のある素振りを見せることなく丁重に断った。というのもユウの中でSNSと自己承認欲求がまだ繋がっていなかったからだ。
目的が『ダンジョンアタッカーの広報』と言われると自己承認欲求が刺激されないのも無理はないかもしれない。
「シンプルにライブ配信の告知やらに使ってみるよう推してみるか」
掲示板で啖呵を切った以上、SNSを始めさせないとボロクソに叩かれることは目に見えている。
すでにボロクソに叩かれていることは気にしてないあたり、メンタルが強いのだろう。
「お、やっとオカズ詰め合わせのダウンロードが終わったか……息遣い音声データはまだ半分……重すぎるんだよなぁ。んま、まずはオカズから楽しませてもらうか♡」
もちろん、ふしだらなデータを保存することは忘れていない。
SNSについては明日にでもユウに連絡することに決め、今は目の前のオカズを堪能することにしたアイナ。
すでに彼女はユウとの通話で耳が破壊され、対面ではえちえちフェロモンに鼻が破壊されている。
実際問題として、リアルユウと接している時間は長い。心身破壊が進んでいないほうがおかしいのだ。
「あ……♡ユウ、ユウ♡お前は私だけのものだぞ♡どこにもいかないでくだしゃぁぁあああいいい♡ん゛……あ゛あ゛ぁ゛……」
表では『キシド君』呼びながら、裏では『ユウ♡』と呼び乱れるアイナの夜はまだまだ続く。
◇◇◇
「おはよう、キシド君。また朝からごめんね」
「いえいえ。どうしました?」
「君のライブ配信の件でね。もしよかったらSNSを始めてみるのはどうかと思ったんだ」
翌日、アイナは愛しの彼と通話をしている。その声質とは裏腹に、耳破壊済みである彼女の心境はえちえちだ。
「なるほどー……でも、うぅん……」
「(悩んでるユウもきゅんきゅんするぞ♡)SNSがあれば配信の集客も増えると思うんだ。それに今のユ……キシド君ならちょっとした投稿でもきっとバズるぞ」
あくまでダンジョン配信もしているため、そこを含めたアドバイスという体でSNSを勧める。
さすがにリスナーの希望として勧めることはしない。体裁を保つことに関してアイナは非常に優秀だ。
「バズる……」
「そう、バズる」
ユウの胸が高鳴る。二十四時間ライブ配信をすることは現実的ではない。
しかしSNSによって配信外の時間もより有効に活用できるのならば。
「アイナさん、俺」
「(名前呼んじゃらめ♡壊れちゃう♡)ん? どうした?」
「試しにやってみようと思います」
「そうかそう! きっとうまくいくよ。私も応援してるからな」
「ありがとうございます!」
アイナはその後約一時間、協会内で行方不明になった。ナニをしていたかは誰も知らない。
そして、一方のユウは早速SNSに登録をする。今回の登録はHのみで、オンスタはなんかキラキラしてるという理由でスルーした。
「たしかに事前に配信の日程をみんなに伝えられるのは良いことだな」
『今日から始めましたー! 配信の日程もここでお知らせするからよろしく!』
「んー……ついでに自撮りでも載せてみるか」
自己承認欲求モンスターはSNSを覚えた。そして基本スキルである自撮り投稿を初投稿にして実行する。
「よし、おっけー。て、いいねとコメントもう付いてるのか……これはこれでアリだな」
いいね! 2483。
――かっこい♡抱いて♡
――え!? アタオカトリップやった?
――たくさんユウくんを見せて♡
――待ってたよ!
――配信告知わくわく
「あ、せっかくだし協会だけフォローしておこうかな」
リアルタイムで増え続けるいいねとコメントにトクンと胸が高鳴り、この日からライブ配信とSNSという基本スタイルを確立していく。
『今日は19時から少しライブ配信します。見にきてね〜!』
このときのHのトレンドはというと。
1位 ユウくん、H始める
2位 アタオカトリップ
3位 19時だよ!お前ら集合
4位 自撮り
5位 オカズ詰め合わせ
彼のHフォロワーは平日日中にも関わらず数時間で三万を超え、今も着々と伸び続けている。
思った以上の反応にユウはホクホクしながら少し昼寝をすることにした。
「ふぁぁ〜……食事配信でいいかな……ねむねむ」
メンタルポイントの高い自己承認欲求モンスターのスキルであるエゴサーチを覚えるのはまだまだ先の話。
◇◇◇
19時。告知通りユウはライブ配信をスタートする。
「こんばんはー。ちょっと食事配信! 付き合ってねー」
――今日も唐揚げ? ほんと好きだね♡
――唐揚げはムネ派? モモ派?
――Hフォローしますた!
「唐揚げはモモ派かな。前いただいたものがまだまだ余ってるんだあ」
――まさに無料企業宣伝で草
――↑買ってみたけどたしかに美味しかったよ
――↑ユウくんレビュー済みというスパイスで旨み倍増してるからな
気持ち良い流れのコメントをオカズにユウはもぐもぐと食事を進める。
――膨らんでるほっぺかわいーね♡
――小動物みたい♡
――癒されるわー
「なんか、みんなとご飯食べてるみたいで楽しいね。すげー美味しくなる気がする」
これまでのように一人で摂る食事より美味しいと感じているのは嘘ではなく本音。
中学生の年齢から一人暮らしを続け、唯一の家族である母ともほとんど連絡を取ることはなく、無意識に募っていた孤独感はライブ配信によって氷解されていた。
――ふぁ
――ユウくん寂しいの?
――隣でよしよししたい♡
――ママの胸においで♡
――ユウ、お前には私がいるからな
――寂しがり属性の追加は震える
「さ、寂しくないから! 冷めちゃうから早く食べないと……」
――つ、つ、つんでれぇ!?
――いくらでも積むからママにして……
――はあはあはあはあはあ
――娘がユウきゅんのママに立候補して衝撃
――捗りみが深い
この日ユウの属性に寂しがり屋ツンデレが新たに追加された。
もちろん切り抜きも大バズりし、真っ当な性癖だった淑女の多くは歪んだ性癖に目覚めたらしい。
「ふう、ご馳走様でした。ほんとうまいなぁ……満足満足」
お腹も心も満たされているユウの表情はとても爽やかなものだ。寂しがりと言われちょっと恥ずかしい気持ちもあるが、もう顔には出すまいと努力する。
「ねえねえ、次は何の配信みたいとかある?」
――入浴配信♡
――また筋トレ見たいかなー
――歌ってほしい!
――ママに甘える配信希望♡
――↑これいいな
――ダンジョンアタック!
――お料理配信とか……
「ふむふむ……うーー……体動かしたいからダンジョンアタックでもしようかなあ。八王子A1も中途なままだし」
――連れていって♡
――守ってほしいよぉ
ユウはダンジョン関連ではソロで活動している。これは協会の意向であり、女性アタッカーには彼への接近禁止令が出されている。
ただし、本件はアイナに一任されていることである。これが果たして本当に協会の意向であるのか、彼女の個人的な独占欲によるものか、それは闇の中だ。
「俺はソロでも大丈夫だよー。この前協会でも無理するなって注意されちゃったしさ」
――配信でも必死だったもんなー
――やっぱり協会なら生ユウくんに会えるのか……
――事前に行くダンジョンわかるとリア凸出そう
――↑まーじやらかすやつおるやろな
――張り込みはガチガチのマナー違反
――ユウ、ダンジョン配信は事前告知なしでもいいかもね。危険すぎるわ
「な、なるほど?」
――きょとんユウくん捗る
どうにもユウは自分の価値を低めに見積もっている節がある。自己承認欲求に呑まれる者には自己肯定感低めの傾向がみられるし仕方ないことかもしれない。
事実、このまま告知通りのダンジョン配信をした場合、リア凸リスナーが湧き散らかしてしまうことは間違いない。
「そかそか……(俺ってそんなに有名なわけじゃないと思うけど……)」
あなたで構成されたオカズ詰め合わせや音声データが爆発的ヒットしてますよ、と伝えるリスナーはいない。
知られるリスクを皆が恐れ、無駄に統率がとれているわけだ。
「ごめんね。それじゃあダンジョン配信は告知なしでやることにする! 明日も八王子には行かないからね」
――安心した!
――明日も待ってるよー
――今日はもう終わるの?
「シャワーも浴びたいしここまでかなー! また明日!」
こうして今日もまた気持ち良いままに配信を終えることができた。
「あ、そうだ」
『これからシャワー! 配信またみてねー!』
ここぞとばかりにHに投稿し、自撮りの上半身裸画像を添付する。自己承認欲求を満たすための正しい使い方である。
いいね! 17624。
一瞬で爆裂するいいねに満足し、にこにこしながらユウはシャワーへ向かった。
「♪〜♪♪〜〜♪〜」
鼻歌を歌うご機嫌ユウ。明日のライブ配信はどうなるのだろうか。
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