企業案件

 翌日、朝一でユウのスマホが鳴る。


「んああ……協会かなぁ……」


 彼の連絡先には母と協会しか入っていない。母とは数年連絡をとっていないため、必然的に協会だろうと予想した。


「はい、キシドです」


「おはよう。朝からごめんね。今、大丈夫かい?」


「大丈夫ですよ。何かありましたか?」


「朝一でね、昨日キシド君の配信を見たという企業から商品宣伝の依頼があったんだ。もしよければなんだけど、どうだろうか」


 トクン、とユウの胸が疼く。自己承認欲求センサーが反応した。


「その話、詳しく聞かせていただけますか?」


 これは俗に言う『企業案件』であり、今回は新商品の冷凍唐揚げの宣伝だ。

 たまたま企業の広報担当者が昨日の雑談配信を見て昇天しており、玉砕覚悟で依頼をしたようだ。


「それはまたライブ配信で?」


「そうなるね。素直な感想を発信して欲しいと伝えられているよ」


「寧ろ俺でよければいくらでもやりますよ。えーと、協会が仲介をしてくれるんですか?」


「そうか。先方も喜ぶだろう。仲介は私たちに任せてもらって構わない。恐らく明日には商品を届けられるだろうからライブ配信でレビューをしてやってくれ」


「わかりました!」


 その後、同日の夜にはユウのもとへレビュー用の冷凍唐揚げが届けられた。アイナの話していた予定より早くモノが届いたことに彼はちょっぴり驚く。


「届くのめちゃ早いな……さてさて、配信で明日の告知でもしてみようかなぁ」


 ちなみにユウはHなどのSNSに登録していないため配信の事前告知がされることなく、リスナーからすればアンテナをビンビンに張っておかなければならない。

 なお、当の本人はSNSに興味がなく、今は登録をするつもりもない。自己承認欲求を効率よく満たすにSNSは必須と言えるが、事前告知をせずとも多くのリスナーが勝手に集まり、そのライブ配信で彼は十分気持ち良くなれるので現状不要の産物なのだ。



◇◇◇



 【告知だよ!】


 ライブ配信タイトルを設定し、すぐにスフィアを起動する。


――待ってた!

――ユウくん補給にきました♡

――なんの告知?

――全裸待機


「昨日が初配信だったんだけど、いきなり企業案件をいただきました! 明日の夜にその配信をするからみんな見にきてな」


――初日でユウくんの目をつけるとか優秀企業やん

――絶対見るよ♡

――えっちな案件期待


 同時接続16847。

 配信開始間もないのにこの同接数に、ユウは相変わらず気持ち良くなる。しかし、まだまだ彼は上を目指したいと思っている。

 当面の目標は配信開始初動で同接数五万。心の中で明確な目標を決め、モチベを上げていく。

 自己承認欲求との付き合いはまさに終わりのない旅である。


「うーん……えっちな案件ではないかな? 期待にそえなくてごめんよ」


――気にしないで

――何してもえっちだから大丈夫

――ユウくんに切ない顔させるなよ。ご馳走様です

――きゅん♡


「お詫びに5000コメの言うこと聞いちゃおうかなぁ〜」


――!?!?!?


 ロム勢も参加したのか、コメントの勢いが急激に加速する。もちろん、ユウはそれを見てとても気持ち良くなっている。


(5000)――愛してる♡って言って♡


「(うお、ちょっと恥ずかしいかも)」


――やるやん

――脱いだ

――はよ! はよ!

――え? 恥ずかしがってる?

――母性本能が壊れる気がする

――は! やぁ!! くぅぅ!!!


「うぐ……ちょっと恥ずかしい、かも」


 生まれてこの方『愛してる』など言う機会のなかった彼にとっては地味にハードルが高い要求であった。

 しかし、見据えるのはこのハードルを乗り越えた先にある快楽。ユウは心を決めた。


「一回だけだからね! ……みんなのこと、愛してる」


――動悸が……

――はわぁ♡

――ママになりたい♡

――イヤホンで聞いてました。耳が壊れました

――音声素材配布班急げよ

――私も愛してりゅ

――コメントより慰めに夢中勢多いやろ

――速報 あたし、母乳出る

――↑明日病院へどうぞ


 明らかにコメントが激減し、緩やかな流れになっていく。変態淑女たちは『愛してる』の一言で己の欲望を一心不乱に慰めているのだろう。

 この数分後、『愛してる』だけを切り抜いた自家発電用音声素材がアップされたのは言うまでもない。

 変態たちは仕事が早いのだ。


 同時接続34995。


「(短いけど今日はここまでかな。まだちょっと気恥ずかしいし……でもなんだこれ、超気持ち良い……)」


――ユウくん、顔あかくない?

――脳が犯される

――えっちしよ♡お姉さんが優しくしてあげちゃうよ♡

――↑4んでどうぞ

――みんなのユウくんです


「今日はこのあたりで終わりっ! また明日も待っててね」


 配信終了を惜しむ声に後ろ髪を引かれながら、スフィアの接続を切る。

 残ったのは気恥ずかしさとリスナーたちの『愛してる』への反響。満たされる自己承認欲求は次なる快楽を求める。


「……たまんねぇな」


 この日、ユウの『愛してる』というたった数秒の音声の再生回数は百万を超えていたとか。



「ユウ♡私が……君の一番だ♡んぁ……だめ、イッちゃ、う♡私も、愛、してるよぉ♡あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ん゛んんん♡♡」


 当然のことであるが、協会のエリート職員であるアイナも自家発電用音声素材のお世話になっていた。

 翌日、アイナは周囲も心配するほどげっそりしていたとか。



◇◇◇



 【みんな大好き冷凍唐揚げレビュー配信】


「よし、やるぞ」


 初の企業案件である新商品のレビュー配信。食レポの経験など皆無のユウは少し緊張しながらスフィアを起動する。


――唐揚げ!?

――ユウくんの食レポ!

――緊張してるの? かわいい♡

――唐揚げあーんしてあげたい

――昨日は眠れませんでした


 同時接続21433。


「こんばんはー。うん、今日は冷凍唐揚げのレビューをしてくよ。ちょっとチンしてくるー」


――チンチンください

――お姉さんとチンしようや

――食事中の下ネタはやめい!

――ユウくんの生活音で濡れる……

――↑同意

――楽しみすぐる


「ただいま。今日食べるのはこれね! 『ドデカ唐揚げ極限ニンニク』っていうやつ」


 ユウはニンニク強めの味付けがされた唐揚げが特に好きであるため、今回の商品はぶっ刺さっている。


「大きさも一口では食べられないくらい大きくて、たまらんね……早速いただきまーす!」


――肉汁になりたい

――衣のサクサク音えっちすぎん?

――おぱんつ脱ぎました!

――↑だから食事中の下ネタやめい

――音声素材配布班は忙しくなりそうだな


「うんまぁ! ニンニクの加減もめっちゃ好き! 我慢できないからご飯もってくるわ!」


 屈託のない笑顔は変態淑女たちの心を見事に射抜いた。ユウも緊張など忘れており、普通に食事を始める。


――『我慢できない』『愛してる』これの合成、音声素材配布班頼む。急ぎでな

――御意

――笑顔が眩しい

――唐揚げになりたい

――この冷凍唐揚げ買うわ。いいもの見せてくれてありがとう

――緊張も解けたみたいで安心した

――最高のレビュー配信やろこれ

――この調子なら企業案件増えそうやな


「やっぱり唐揚げにはご飯だよねー! 今まで食べた唐揚げで一番好きな味かも。みんなにも分けてあげたいなぁ」


――もぐもぐユウくん助かる

――かわいい……

――ダンジョンのときとのギャップすごいね

――抱きたいけど抱かれたい……性癖破壊ありがとうございます


 心から美味しいと伝わるライブ配信だったと依頼主の企業から後日多大な感謝をされることとなる。

 そして、『ドデカ唐揚げ極限ニンニク』はこの企業の商品の中でも初動売上歴代一位となり、みんなハッピーな結果を叩き出した。


「ご馳走様でした。本当に美味しかったぁ。またすぐに食べたくなる気がする……」


 この一言により、ユウへ企業から無料で唐揚げの定期配送がされるようになるのは別の話。


「よーし、今日はここまで! みんなありがとう! 唐揚げ美味しかったからぜひ食べてみてね!」


――必ず食べます!

――買わない人はここにはいませんよ

――企業も本当いいところに目をつけたな

――配信おつかれさまー

――おつおつー

――次の配信はいつー?


「あ、次の配信も近いうちにやるよ。絶対見に来てね」


――わかりましたぁ!!!

――もちのろんです


「それじゃ、またね〜」


 無事に企業案件のライブ配信を終え、一息つく。結局普通の食事だったよな、と少し反省しつつも反応は悪くなかったのでヨシとする。

 そうして、ユウは次の配信のネタを考え始めた。ダンジョンアタックかまったり雑談か。それともまた別の何かか。


「悩ましいなあ〜……ん? そうか。そうだな、決めた」


 自己承認欲求に従い、次のライブ配信の内容を決める。






「筋トレだ!」


 のちに変態淑女により『オカズ配信』と呼ばれることになるなんて彼が知る由などない。

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