協会、そして自宅配信
初ライブ配信を無事に終えたユウはルンルン気分でダンジョンをあとにする。
ちなみにダンジョン出入口に出待ち勢はおらず、少しだけ悲しい気持ちになったのは言うまでもない。
女性たちは目の前のオカズを必死に貪っている頃合いだろう。
彼は知る由もないが、協会所属の女性ダンジョンアタッカーには接近禁止令が出されていたりもする。
「ああ、気持ち良かった……とりあえず協会に行きますかっと」
外はすでに肌寒くなっていたため、パーカーを着て協会へと向かう。フードを少し深めに被っているのは、男性保護法による『外ではなるべく目立たない努力をすること』という努力規定を律儀に守っているからだ。
ライブ配信のとき、そのことを微塵も考えていないのはご愛嬌。寧ろ上半身裸で配信するという法律と真逆にぶち抜けたが、本人はもちろん後悔などしていない。
では、ライブ配信なら好き勝手していいのか、という話であるが、これはケースバイケースだろう。
今回のような超不人気ダンジョンであれば問題視されにくいが、同じことを街中でやれば警察沙汰の大問題となることは想像に難くない。実にグレーな部分なのだ。
◇◇◇
「どうも。キシドです。アイナさんに繋いでください」
「お疲れ様でしゅ、す。只今連絡しますので少々お待ちください……(キシドしゃま♡なんだか……えっちな匂いがしましゅ♡)」
協会の受付嬢の股はそれはもう大変なことになっている。ユウはダンジョンから直接協会へ来たためシャワーは浴びていない。
そして……先ほどまで汗だくだった。女性にとっては激ヤバフェロモンを醸し出しているわけだ。
「応接室Bへ来るように、とのことです(あっ……♡イきそ♡んんっ♡)」
「わかりました。ありがとうございます」
この受付嬢、ユウを目の前にこっそり致していたのだ。指定場所へ向かう彼の背を切ない目で眺め続け、数分と経たないうちに絶頂していたことは彼女だけの秘密である。
「アイナさん、どうもです」
応接室Bではすでにアイナが待っていた。黒髪ショートカット、整った顔つきは女性からの人気も高いようだ。
「おう。お疲れ様。そこにかけてくれ」
「はーい」
ユウが応接室Bへ到着するまでに数名の職員とすれ違ったが、彼女たちは頬を真っ赤に染めながらも理性をなんとか保たせていた。
汗というフェロモンの破壊力は協会のエリート軍団をも蹂躙してしまうのか。
しかし、彼の目の前にいるエリート軍団の中でもトップクラスのアイナは表情を変えることなく彼と普通に接している。
「ライブ配信の件は驚いたが……これからも続けるつもりなのか?」
「そうですね。久々にハマりそうなことを見つけたって感じでして。できるだけ続けたいと思ってます」
「……そうか。それは自由だが、問題だけは起こさないようによろしく頼む」
「わかりました。善処します」
自己承認欲求モンスターの『善処する』は言うまでもなく信用できない。
ただアイナはそれを受けて安心したように息を吐く。つまるところ、ユウは協会からとても信頼されているのだ。
事実、ダンジョンから協会に来るまで問題だって起こしてないし、ライブ配信では明らかに暴走していたが、TPOを弁えた上での行動だと勝手に思われている。
何より、現に未探索領域の縮小という成果を上げているわけで、信頼するなというほうが難しい。
「――ということで、今日進んだの未探索領域分の情報は以上です」
「ありがとう。助かったよ。ただ、今後危険なゲートは無理せずに引き返してくれよ。こちらも気が気でなかったんだから」
「すみませんでした。ちょっとだけ調子に乗っていたかもしれません……今後は気をつけます」
「それを聞いて安心したよ。あまり遅くなると危ないから今日はもう治療室に寄ってから帰宅するといい。本当にお疲れ様」
「はい、では失礼します」
ユウも少し調子に乗っていた自覚はあるようだが、再び同じシチュエーションに遭遇したとき、引き返すことはないだろう。
自己承認欲求モンスターは機会をみすみす逃すようなヘマはしない。
「んー! 疲れたっ。次は治療室か」
こうして協会への報告も滞りなく済ませたユウは治療室へ向かう。応接室Bにはまだアイナが一人残っていた。
「今日は一段とやばかったな……んん♡」
先程までのアイナは死ぬ気で我慢していた。綻びそうな表情を、そしていつも以上のムラムラを。
ユウが退室してすぐにアイナは自分の秘部に指を這わせる。ビクッと震え上がる体は簡単に昇天する。もはや誰かがやって来るというリスクなど二の次だった。
エリート中のエリートは職務中にトイレではなくあろうことか応接室で自分を必死に慰めているのだ。
「ユウ……♡やばフェロモン♡だいちゅきだぞ……♡んんんんっあっあぁ♡」
そんな事情など露も知らずにユウは治療室へと向かう。
ちなみに協会の治療師は激レアな男性であり、彼の腕の傷は問題なく治った。これ以上は用事もないためそそくさと協会をあとにする。
貴重な男性同士が出会えば必ず仲良くなる、というようなことはなく、ユウの頭には次の配信のことしかなかった。
◇◇◇
「さすがに疲れたなぁ……まずはシャワーシャワー」
一日の疲れを癒やし、ユウは悩んでいた。このままライブ配信がしたい、と。ご飯を食べながらの雑談配信なんてどうだろうか、と。
「んや、思ったらやる。それだけだ」
そしてすぐに配信準備を終え、食事も準備してから配信を開始する。
【食事でもしながら雑談しようよ】
同時接続10728。
配信開始数十秒でこれである。彼の脳からはドバドバと快楽物質が溢れ出ており、自己承認欲求モンスターの経験値となった。
「こんばんはー。無事帰ってきたから配信しちゃうよー」
――おつかれさま!
――あれ、お風呂上がり?
――もう、またパンツだめになるやつー
――えっちすぎて無理ィイイ
――怪我の調子は?
「あぁ、腕の怪我は問題ないよ。ほら」
ユウはTシャツの袖を捲り、治療済みの腕を見せる。綺麗に筋肉のついたバランスの良い腕である。
――おふ、あかん
――よかった! 安心したぁ
――抱かれたい……
――早速オカズ助かる
――ユウくんは私の食事だった?
腕の怪我を心配するコメントが多かったが、彼が腕を見せた途端、大半のコメントが下品なものへと変貌していた。
「そんなことよりお腹空いてるんだ。配信タイトルにもあるけどこのまま食事にしちゃうね」
夕食は冷凍弁当で、チンするだけですぐに食べられる優秀なものだ。部屋にいることが多いためかなりの量をストックしている。
栄養バランスも考えられていてユウの主食となっている。というより世の中の男性の主食である。
――冷凍弁当なんだね
――毎日ご飯作らせてほしいのだが
――デザートに私はどうですか?
――男の子の食事風景とか初見すわ
――もぐもぐしてるのかぁいいね♡
同時接続24834。
「(飯食ってるだけでこんなに見られるのか……たまんねぇ)」
「俺、この唐揚げ好きなんだよねー。いくらでも食べれちゃう」
――得意料理は唐揚げです!!!!!
――出来立てをあーんさせて♡
――咀嚼音捗ります
――可愛すぎてお姉さん死んじゃう
「仕方ないなあ。ほら、あーん」
ユウはカメラに向かって一口食べた唐揚げを近づける。あーんコメントが目に入って、この際逆にしてやろうという魂胆だ。
――あーん♡
――あーん♡
――あれ? お口になにも入ってない
――あーんいただきました♡
――何かに目覚めそう……
――切り抜き班頼むぞー
――うにゅぅ……ユウくんにあーんされてりゅ♡
――やば、めっちゃ濡れた
反応は上々で、内心ガッツポーズをするユウである。変態淑女のコメントももちろん彼の快楽の糧になっている。
――そういえば、なんでダンジョンアタッカーになったんですか?
――↑気になってた
「アタッカー? あー、なんだか毎日が物足りなくてさ、何か胸が躍るようなことできなかなって思ってね。でも今はもうライブ配信がすげー楽しいと思ってるよ! みんなのおかげかな。ありがとう」
――お礼ご馳走様です
――男の子からの感謝とか初体験
――笑顔で疼く、私の子宮、孕みます
――ねね、もう一回腹筋みたい!
――その笑顔に噴きかけたいお……
実のところ、ユウの配信は目で終える程度のコメントの流れになっている。多くの淑女たちは己を慰めることに必死だからだろう。
切り抜き動画やHでの投稿画像がアクセス困難になってることからも簡単に想像できる。ただ、ユウはまだこのバズりを知らない。
自己承認欲求モンスターの基本スキルであるエゴサをまだ身につけていないからだ。
「風呂上がりで暑いし、そうだね。脱いじゃうかなー」
――ぬほ♡
――ふつくしい……
――ああんんんんんーーーたまらんんん
――抱きしめてえええええ
――ぺろぺろしたすぎゆ
ユウですら『およ?』と思うほど露骨にコメントが減った瞬間である。
同時接続30477。
しかし、同接数が先ほどのダンジョン配信より増えていることに気付き、ホクホクだ。
「(記録更新だ。ありがてぇ……)」
その後、Tシャツを再び着ることはなく、上半身裸のまま配信を続けたところ、同接に見合わないまったりコメントなのんびり配信となった。
「ふぁぁ……そろそろ寝ようかなあ」
――就寝配信お願いします♡
――寝顔とか色々破壊されちゃうやろ
――一緒に寝たい……でも絶対我慢できない……
――あくびきゃわたん♡
――画面越しにえっちな匂いしてくるもん♡♡
――↑わかる
「(今日はこんなところでいいかな。なんか満たされるわ……明日は何の配信をしようかなあ)」
「寝てるときの配信はさすがに恥ずかしいから……でも考えておくね。今日はありがと! おやすみー」
彼はまんざらでもない。求められている以上どこかで就寝配信もしようと心に決めた。
急にコメントが激増し、そのほとんどが配信延長を求めるものだったのは彼の心を存分に満たす。
「また明日♡」
――射抜かれた
――甘え声助かる
――また明日ね! 絶対だよ!!!
――ユウくんおやすみー
――私たちの夜は長くなりそうだな
――↑明日休みの私はオール確定
――またねー♡
ユウもリスナーも損をしない優しい時間が終わる。
翌日、エリート軍団である協会職員ですら複数人の遅刻をかました理由は言うまでもない。
初のダンジョン配信と自宅配信を気持ちよく終えたユウはこれまでにないほど快眠できたそうな。
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