筋トレ配信

 企業案件のライブ配信を無事に終わらせたユウはとても満たされている。そんな彼は今日の筋トレ配信に向けて準備を進めていた。

 思いのほかリスナーに好評である筋肉をよくみせるため、スフィアの位置やトレーニング器具の位置を調整する。自己承認欲求を満たすためには欠かせない努力といえるだろう。


 筋トレというならスポーツジムに行けばいいのでは、と思うかもしれないが基本的にジムは女性専用だ。

 汗フェロモンを撒き散らす男性がジムを利用したらどうなってしまうかなんて簡単に想像できる。それこそ警察沙汰になりかねない。


「うんうん。いい感じかな。ただコメントを追えなくなるのがなぁ」


 同接数だけではなくコメントも彼の糧になっており、それが筋トレに集中することで追えなくなることを危惧していた。


「今日は仕方ないか……ランニング中なら追えるから少し走る時間を多めにして……」


 それでも筋トレはダンジョンアタッカーとして活動するため不可欠であり、さすがにコメント追いは妥協する。

 こうして彼はライブ配信に向けて筋トレメニューを組み立てた。


「これでいこう」



◇◇◇



 【筋トレ配信※コメント返信少なめ】


「タイトルはこれでいいか。よし! 始めるぞ!」


 ちょうど仕事終わりの時間である夕方にライブ配信を開始する。


 同時接続37459。


「(うわ! いきなりこの人数!? ビビるわ)」


 目に見えて増える初動リスナーの数に驚きと胸の高鳴りが止まらない。

 優秀なリスナーが彼の配信開始をHや掲示板で即座に共有していることも初動同接数に貢献していたりする。


「みんなおつかれさまー! 今日は筋トレ配信をやってくよ。あまりコメント追えないけど許してね」


――1日のストレスがなくなる瞬間

――まだ電車なんだけど早速脱いでもいいですか?

――筋トレ……もしや体見れるの?

――はぁい♡ママがきーたよ♡

――ユウくんの筋トレ器具になりたい

――↑汗吸い放題とかヘヴゥゥン……


「基本筋トレ垂れ流し配信になるけど……じゃあ早速始めるわ」


 ユウは真っ先にTシャツを脱ぐ。なぜ筋トレ配信したのか、ということを考えると当然だ。行動原理は自己承認のため。

 となると、好評であることを彼自身が感じている筋肉を晒すのは当たり前の話である。


――♡♡

――まだバスなのに濡れちゃう。どしよ

――えっちすぎます♡

――これを無料で眺めていられるんすか

――私は準備完了です♡


「まずは胸から……」


 すでに配信前にストレッチを終わらせているため、すぐにトレーニングを開始する。まずはチェストプレスからだ。


「はぁぁ……ふぅぅ……」


――胸筋がひくひく♡えろえろ♡

――真剣な顔助かる

――腕もたまらんなぁ

――抱きしめられたい♡

――同接に対してコメントの流れ遅いな……お前らやってんだろ……

――こんなんAVを超えたAVやん


「(むむぅ……反応が気になるけど集中……)」


――ほんま集中してるなあ

――私たちも集中して励めます!

――↑まだ帰宅途中なんだが?

――ユウ♡私だけのものになって♡

――ユウくんは一人のものじゃないからな


 同時接続42688。


 ほぼ無言の筋トレ配信にも関わらず同接数は落ちることなく、増加している。すでに自宅にいる女性の多くは筋トレ男子の体をオカズに致しているだろう。


「ふぅぅー。次は背中だよー」


 軽く汗を拭い、ラットプルダウンへ移動する。スフィアに完全に背を向ける形となった。背筋を全面に推し出すための布陣である。


――たくましい♡

――やっばぁ……♡

――娘が涎を垂らしながらみてる。将来が不安やで

――相変わらずしっかりした筋肉だぁ

――私の穴でチントレして欲しい

――↑リスナーの総意

――今日も切り抜き班は忙しくなるな


「(やっぱり反応気になるから腹筋の前にコメント見ておこう)」


 ただ背中を垂れ流すという字面だけでは意味不明な状況も、ユウ&筋肉という要素によってえっちなものとなる。

 そこらのAVを遥かに上回るエロスに変態淑女たちのボルテージは上がり続けている。

 ちなみに世の中のAVはそのほとんどが海外モノで、男優もだらしない体付きのものが大半を占めている。

 それに欲情し、オカズとして行為に励むことができる彼女らにとって、このユウの配信はAVを超越したナニかでしかない。


「背中はこんなもんかな。どれどれー……」


――汗を拭く姿が扇情的♡

――やっとこっち向いてくれた♡

――あたしはタオルになりたい

――最&高

――画面に潮ふいちった♡ユウくんびちょびょ♡

――↑狂ってんな

――早く家に帰りたいよぉぉ

――ユウくんのハグイベはよぉー

――↑暴動になるぞ確実に

――無限イキしちゃう♡止まれない♡


「(変態コメント多いな。でも、それだけ見られてるってことは……うわぁ、気持ち良すぎる)」


「BANされないようにね、んじゃ続きやってくる」


 リスナーの反応に満足して再び筋トレへ戻る。お次はアブドミナルだ。多くのリスナーが期待している腹筋である。

 もちろん、ライブ配信の事前準備で絶妙に腹筋が見えるよう調整済みだ。


――腹筋キタ

――待ってました

――ふつくしい……じゅるり

――うへぇぇ♡

――舐め回してもよろしくて?

――私のユウには手を出すな

――↑だからお前のものじゃないんだよなぁ


「ふぅ……はぁ……」


 コメントの流れが再び落ちる。お察しのとおりリスナーたちはおおよそナニに励んでいることだろう。

 ユウはユウで『見られている』ことに快楽物質がドバドバ放出され、最高の気分でトレーニングに励む。

 普段以上に高負荷のトレーニングであるにも関わらず、伸び伸びと気持ちよく筋トレができていることには彼自身が一番よく気付いていた。


――いつまで見ていたい

――まじで独占したくなる

――↑リスナーの総意です

――またユウくんコレクションが潤うのか……

――どこ切り抜いても最高のオカズ

――わかるわー

――きっとユウくんのナニも逞しいんだろうな

――↑小さくても大きくても捗るンだ


「んし、あとは走っておわりー」


 最後はランニングマシン。やっとコメントを拾うことができる。


 同時接続51462。


「(五万超え! 震えちゃうわ)」


 同接数にホクホクしながら最後のメニューであるランニングを開始する。もちろん、上半身は裸のまま。


「もう落ち着いてコメント見れるから質問とかあればどうぞ」


――私というトレーニング器具でチントレしてくれませんか?♡♡

――↑それはただの欲望。落ち着け

――姉妹はいますか?

――ママは欲しいですか?

――使用済みタオルの販売はいつですか?


 一気にコメントが流れ始め、少々面食らったが、目についたものに返事をしていく。


「家族は母さんだけだよ。うーん、姉妹より兄か弟が欲しかったかも……もう無理だろうけどさ。それと、使用済みタオルはすぐ洗濯するからね!」


――またダンジョン配信する予定はある?

――アタッカーの手解きしてほしいです

――入浴配信はいつですか?

――会いたいよぉ……ハグイベントいつ?

――パーティ組んでもらえないか? 一応私もAランクなんだけど

――↑抜け駆け禁止や


 コメントの勢いは衰えることなく、目で追うのも一苦労なほど。

 どんな内容のコメントであっても彼にとってはすべからく糧となるため、なるべく追うよう心がける。


「入浴配信は恥ずかしいからやらないよ。てか俺がBANされると思うんだけど」


――運営もナニに必死になるだろうからBANされない気がする

――たしかに


「あと……ダンジョン配信はまたやるつもりだよ。一人だと寂しいし、みんなが見てくれてたほうがやる気も出るから」


――ユウくんの寂しさを埋めれるとか何のご褒美です?

――ずっと見てるよ♡

――でも危険なのは心配……

――↑実力はたしかだから信頼しようぜ


「ハグイベントはまだ未定です! んと、ダンジョンアタックは基本ソロかな。協会から色々と釘刺されてるんだ……すまんな」


――未定!? ということは!!!

――↑暴動待ったなし

――え、つまり協会が許可すれば……パーティ組める?

――明日協会にいってきます

――わたしも行こうかな


「あー……協会の人たちは忙しいからあまり迷惑はかけないようにね」


――気遣いもできる聖人

――きゅんとする

――ありがとうございます!

――協会職員は濡れたか?

――↑脳イキしてやがるよきっと


 協会の職員はユウを見たことがある者も多い。面識があるからこそ気遣いの言葉は脳に響き、そして破壊される。

 その後も多くのコメントにホクホクしながら自己承認欲求を満たすことができた。


「よし、今日はそろそろお風呂入りたいから終わるね。おつかれさまー」


――もう終わり!?

――まだみてたいなぁ

――終わりと聞いて娘が泣き出しました

――お疲れ様ぁ

――いやぁぁぁああああ

――あと一回イくまで待ってもらえませんかね……

――おつかれー


 最終同時接続59741。


「(六万まであと一歩だったなぁ)」


 ユウはちょっとだけ切なくなりつつスフィアの接続を切る。この筋トレ配信は切り抜き祭りとなり、『オカズ配信』としてバズることとなる。


「目指せ十万! 明日は何しようかなー」


 自己承認欲求モンスターの躍進は止まらない。

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