#4


     1


 ……あ。どーも、隈取っす。

 そう言った途端、電話の向こうの空気が変わったのがわかったっすね。いやマジで。出たのはお義父さんでした。

 娘になんの用だ、っていうから、いや、なんの用も何も、陽子と小宇宙こすもを早くこっちに帰してくださいよ、って答えたんす。そしたらもう、烈火のごとく怒りだして。お前のようなDV男のところに、大事な娘を帰すわけにはいかん、の一点張り。

 一点張りなんすが、でも多少、こっちに対してある種の、みたいなビビりもあるようなんで、まあもうひと押しかな、ってところっすか。はい。いやマジで、陽子がいねーと毎晩のメシとか超メンドくさくて。しょーがねえから秘書の玉木に作らせたり、コンビニになんか買いに行かせたりしてるんすけどね。

 とにかくお義父さん、早く陽子を電話に出してくださいよ。そんで一言謝らせてくれればそれで終わりなんだし、あとはそっちまで自分が車で迎えに行ってもいいんすから。そう言ったら、お前はDV防止法ってのを知ってるか、なんてぬかす。

 その申し立てが受理されれば、接近禁止命令が出て、それを破ればお前は刑務所行きだ、ってところで、俺もカチンときたんす。陽子を殴った証拠なんてどこにあるんだ、やれるもんならやってみろコラ、こっちもいい弁護士知ってっからよ、って怒鳴りつけて黙らせました。

 そこでようやく陽子が出て、超暗い声で、あんまりお父さんをいじめないで、なんて言う。

 小宇宙こすもは元気か、って聞いたら、おばあちゃんのご飯食べて毎日走り回ってるわ、やっぱり東京みたいなゴミゴミしたところより、子育てするには田舎の方がいいのよ、なんてくっだらねえことぬかすから、それでまたムカムカしてきて。

 お前がどんだけ長野のど田舎嫌って東京出てきたか、耳タコになるまで聞かされてきたの忘れるわけねーだろうが。いまもし俺の目の前にいたら、ソッコーで張り倒してるところですよ。

 とにかく俺は早く、連れ去られた小宇宙こすもの顔が見たいだけなんす。でも当然、そのためにビタ一文払う気もない。

 陽子は実家に帰ってすぐ、内容証明郵便で離婚請求してきました。その内容といやあ、小宇宙こすもの親権は陽子、慰謝料は二百万。養育費は月十万、財産分与は総額の二分の一。

 ……ふざけんじゃねえよ、っつー話で。こんな申し入れ飲めるか、っつったら、こんどは家裁に調停の申し立てしてやる、なんてぬかしやがる。

 もしそうなったら、仕事休んで出頭しなきゃなんないんすよ。

 ……いや、こう見えて、俺もけっこう毎日忙しいんすから。そんなヒマなんて、毛ほどもないんす。デリヘルの経営なんすがね。いまのところ、都内で五店舗っす。

 で今度、横浜にも店出そうって考えてて。

 コロナのときは、とにかくまー、ハゲるほどに大変でした。お客さんまったく来なくなっちゃって。うちはデリなんで、箱ヘルほどの打撃はなかったのかもしれませんけど。それでもキツいもんはキツかった。

 店のジャンルとしてはマニアック系でーー主に「地雷系」の女の子ばっかり集めてやってます。

 正直同業者からも「そのコンセプトは思いつかなかった」って、よく褒められるんすよ。まあ、俺自身がそーゆー女が好き、っつーのもありますが。絶対ニーズあるに決まってるやん、ってもー、やる前から確信してましたし。ちなみにサービスする女の子は、みんなどっか包帯巻いてたり、眼帯してたり、って感じなんす。そんでカラコンしてたりヅラ被ってたり、口元に血糊付けてたり?

 それまではわりと、ジミに普通の人妻専門だったり、ぽっちゃり専門だったりしてたんすがね。でもなっかなか業績伸びないんで、思い切ってコンセプト変えしてみたら、二ヶ月後には黒字化したっつー。や、べつにそんな、ドヤってるつもりもないんすけど(笑)。まあでも最近、知り合いのユーチューバーのチャンネル出て喋ってくれって言われたり、雑誌の取材受けたりして、いらい俺を名指しして仕事の面接来てくれる女の子も増えて、まあ願ったりかなったり、ってところなんすが。

 まあ、とにかくそんな感じでーー仕事はおかげさまで、そこそこ順調なんすけどーーそのぶん日頃のも、まーもんのすごいわけで。

 ……ねえ。わかるっしょ? 

 だからとにかく、疲れて家帰ったら、まずは陽子の顔見た瞬間ぶん殴らないと気がすまねーっつー、そんな感じでした。で、そのあとシャブをアブりで一発キメる、っつーのが、いつもの流れなんです。

 そんな状態なのにもかかわらずーーあのバカ嫁に突然、子供連れ去られて帰られた以上、そのはけ口がなくなっちまってた。まあそんなわけなんですよ。

 今後離婚調停始まったときのこととかも含めて、いろいろとにかくムシャクシャムシャクシャしつつ、毎日鬱屈として過ごしてる。まさにそんな感じだったんす。



 ……で、ハナシは、こっからなんすよ。ええ。

 フダン俺は、恵比寿の事務所まで車で通勤してるんす。

 でも、その日はたまたまーー横浜から東横線乗ってたんすよね。

 というのも、例の新店舗の物件探しで。

 前日にシティホテル泊まって、朝早くに向こう出たんす。や、ちょっと渋谷の店舗で問題があってーー午前中までに戻んなきゃいけなくなって。

 ……でまあ、帰りも電車かあ、っつって。

 でも、俺けっこう実は、電車乗るの好きなんす。だからあえて、今回も電車で移動したんです。

 っていうのはーー女の子? その観察っていうか。そういうの込みでね。

 まあ、いわゆる仕事の一環、っていうんですかね。っていうのも、駅とか電車の中って、わりといまの世の中いろいろ如実に現してる、って感じしますから。

 その手の感覚が、めちゃくちゃ大事なんす俺の仕事は。

 でまあーーそんな感じで、つり革握ってその電車に乗ってたんすよね。

 ちょうど、朝の通勤時間帯で。やっぱ混んでそうだな、なんて思いつつ、でもどんくらいなんだろう、って興味もまあ、多少はありました。え、なんかヘンですかね?

 いや、ちょっとした怖いものみたさ、っていうか……なんせフダンは車通勤ですから。

 ……で、電車が武蔵小杉に着いたときなんす。

 ちょうど俺は扉の近くに立ってたんすが、その目の前に、なんか女が乗って来たんすよ。

 や。ただ単に可愛いとかなんとか、そういうことじゃなくて。なんていうんすか、とにかく、ってのは、直感でそう思いました。

 俺一応、仕事柄、これまで会ってきた若い女の子の数は、千人はヨユーで超えてるんです。なのでその、なんつーんすか、見る目、っつーんすか? そういうのは自身あるんす。

 そのおめがねに、そのブレザー着た女子高生は、で叶いました。それぐらい、がっつりオーラ出してるんす。ほんと、紫色のオーラっすね(笑)。や、黄色かもしんない。あ、すんません、なんかテキトーなこと言ってますね。

 でーー俺と向かい合うような形で、しばらくぴったりと、そいつと身を寄せ合ってたんす。

 ……いやいやだって、しょうがないじゃないっすか。電車の中身動きとれないくらいに混んでるんだから。

 

 ……そしたら、なんすよ。


 さっきからずっと言ってますが、わりと業界の中でも、ある種コンセプチュアルなデリの経営者である以上ーーエキセントリックな女に対する、っつーんすか、その免疫は、それなりにできてたつもりではあったんす。

 あったんすが、それでも、ちょっとびっくりしましたよね。

 だってそいつ、ずっと俺の股間を、指で撫ぜてるんすから。

 なんかそれまでのムシャクシャしたような気分が、それ一発で吹っ飛んだような、そんな気がしました。

 とはいえ、一方で俺のマインドは、現役デリヘル経営者の冷徹な目も復活させてるわけです。なんせこっちは、一応男喜ばすなんで。そんな分析目線で、そいつのやってることを観察することもできる。

 できるんすが、でももうそんなの、どうでもよくなっちゃってました。

 とにかく単純に、気分良くなりたい、キモチよくなりたい。シャブキメた時に感じる、冷ややかでクるあの感覚ーーあれをすぐにも感じたい。

 そうムイシキにも思いつつ、俺はいつのまにか、スーツのズボンのチャックおろしてチンポ引きずり出してました。するともう、自分でもびっくりするくらいにビンビンで。向こうも驚いてるのわかりましたが。

 俺、いわゆる巨根なんで、女の子に技術指導するときとかも、みんな同じ顔するんですよ。

 それにしても、決して早漏ってわけでもないのに、そんときはなぜかすぐにイッちゃいました。もう、涙が出るほどキモチよかったっす。

 ずいぶん出したなあ、とは思いつつ、自分のものしまってる時にはもう、さらにもう一段階、な気分になっちゃってました。

 なんせそいつも、可愛い顔赤くしてるんで。

 その電車降りると、そいつは小走りでトイレの方に駆けて行きました。しばらくそこで待ってると出て来たんで、すぐに声かけて、ウリしないか、って誘いました。

 なんせもう、早くやっちまいたくて。それですべてのこのムシャクシャをーーいますぐにでもぶっ飛ばしたい。

 そしたらすぐにオーケー出たのは、まあ予想つきましたよ。っていうのも、なんていうか、そんとき同じ出してるか出してないかなんて、なんとなくわかるじゃないですか、男と女って。

 これから学校なんてもう行かなくていいし、とにかくラブホに拉致らちっちまおう、って思ってました。そしたらそいつーーふいに俺に向かって、こんなこと言ったんす。

「……自分は、何も感じないけどいいですか」

 って。

 まあ、そん時一瞬、思考停まったのは、確かにそうなんす。

 なんすが、ある種のある女って、そういう意味不明なこと口走るもんなんすよ。

 なんせフダンから、そんな女にばっか取り囲まれて生きてますからね。その程度のは、俺は慣れてるんす。

 なんでテキトーにそれかわしつつ、手取って行こうとしたとき、向こうから同じ制服着た、妙に胸のデカい女が、一直線にこっち向かって走って来ました。

 どうやらそいつは友達らしく、いまから警察呼ぶとかなんとか、ごちゃごちゃぬかしやがる。

 で結局ーーその場はそこで、退散せざるを得なくなったんです。

 いやほんとに、後ろ髪引かれる思い、って、こういうことを言うんすね。

 俺は振り返って、二人が歩いてくの眺めてましたが、あいつもこっちをじっと見つめてくるのに目ぇ合わせながらーーもうワンチャン、あるのかないのかなんて、そんなことばっかずっと考えてました。



 それからはまた、これまで通りの、ムカつくような日々です。

 相変わらず陽子はなんとか協議離婚で済ませたいとか、そんな話ばっかりネチネチネチネチラインでしてきやがるし。

 横浜に出店する「メンヘラ学園」の物件も、なかなか見つかんないし。

 なんせデリヘルやるんです、って言うと、一言め二言めには反社が背後にいるんだろうとか、あれこれ不動産屋から難癖つけられるんすよ。

 ……そんなわけで、シャブの量もどんどん増えるってもんで。

 だいたいはいつも、ポンギのイラン人の携帯鳴らして、玉木に買いに行かせるんすが、その供給元がまた、響さんとこの常盤会で。

 響さんは、なんせ蛇みたいにシツコイ人で。なんだ隈取、最近ずいぶん羽振りいいみたいじゃねえか、え? なんつって、まあタカってくるっていうと言葉アレすけど、とにかくいまちょっと、モメてる最中なんす。ヤクザ屋さんも、この頃いろいろ大変みたいでね。

 とにかくまあ、そんなもろもろで、俺のストレスはまたもや目盛りMAXでした。なんかハケ口見つけないと、マジでヤバい。

 ……ってなったらフツー、ラーメンか、女じゃないっすか(笑)。あ、すいません。俺ラーメンが唯一の趣味なんで。

 まあラーメンは置いといて、俺はキホン、店の女の子には一切手を出さない主義で、ここまできました。

 や。中にはそういうことする同業者もいっぱいいるんですよ。でもそれやっちゃうと、出勤してる女の子の揉め事の火種になっちゃうんで。渋谷の店任せてる玉木にも、それだけはすんなと固く禁じてます。

 だいたい年収だって一千万超えてんだし、わざわざ店の女に手ぇつけることなんてないんですよ。

 そんでまあ、俺の話なんすが、何人か女はいるんすけど、そいつらにレンラクすんのもなんかカッタるくて。

 で、ふとあることを思いついたんす。

 なんか最近ーー生身の女に飽きてきてましてね。そんでふと、先日知り合いから、がいいらしい、って聞いてたんです。

 それってようは、昔風に言うとダッチワイフっすね。っていっても、かつての南極一号みたいなもんじゃないすよ。最近のはやたらクオリティ高いんす。

 じゃあちょっと、それ一体いっとくか、ってことで、ネット通販で購入しました。二十万でした。

 っていうか、自分で組み立てるのメンドくさいんで、送り先玉木ん家にして、あいつにやらせて車で持って来させたんですけどね。

 XXLサイズのパーカー着せて、あぐらかいたような姿勢のドールをうちに運んでくるんで、どっかの仏像泥棒にしか見えなかったっすよ(笑)。

 で、まあーー例によって、そいつを殴る蹴るです。

 ていうか星矢さん、こんなのソッコーですぐ壊しちゃうんじゃないですか? とかって玉木に言われましたが、子供かっさらってクソ田舎から慰謝料請求するようなバカ嫁に比べりゃ全然マシです。

 そんな感じで、毎晩楽しんでたんすが、ある夜、そのドールの首絞めながらセックスしてて、ふと気づいたことがあったんす。


 ……まず、そのドールは、ブレザーの制服を着てました。

 そんで、つけてるウィッグは、黒髪のおかっぱだったんす。

 

 バンバンそのドールの顔張りながら、あれ、こいつどっかで見たことあるなあ、って思ってて。

 そんでふいに、あんときのこと思い出したんす。

あの、東横線の痴漢女子高生のことを。

 そういえば、あいつもブレザー着て、黒髪のおかっぱだったなあ、と。

 そのドールの口にたっぷりローション注入して、髪の毛わし摑んでチンポぶち込みながら俺はーーこう考えてました。

 いっちょあいつのこと、探してみるか、って。

 あんまり繰り返し張りすぎて、両方の目玉が白目になっちゃってるそのドールの顔に思いっきり精液ぶっかけたあとで、俺はそう決めたんす。


     2


 前にも言いましたが、フダン俺は、通勤は車なんす。白金のマンションから恵比寿まで。

 出勤はいつも昼の一時とかすから、起きるの辛かったっすがーーまあ頑張ってその日は早起きしました。

 そんで前みたいに、東横線に横浜方面から乗ってみたんです。

 しかしまあ、俺の目指す相手は、女子高生っす。学生ってのはそもそも毎日学校に行くもんだし(俺はほとんど行ってなかったっすが)、毎日行く以上、毎日同じ電車に乗ってるはずで。で、そうそう乗る時間をコロコロ変えるわけでもない。

 そんな風に考えて、一日二日探したら、大して苦労もなく会うことできました。

 俺むかし、カブキでスカウトやってたことありまして。なのでまあ、女の子に声かけるのはお手の物なんす。なんすがーーそいつに関しちゃ、ちょっと細心の注意を払わなきゃなんないな、ってのは思ってました。

 や、これも直感ですけどね。

 で、笑顔でやあ、っつって近づいてったら、向こうも俺のこと覚えてた風で。特にこっちを警戒するでもなく、俺と差し向かうと、

「お久しぶりです」

 って言いました。

 ……や(笑)。

 まあ、確かにそりゃ、「お久しぶり」ではあるんすけどね。

 でもなんかその言い方がーーちょっと面白いというか、少し気になったんすよね。

 まあでも、ガン無視されて現場から逃走されるよか、全然いいじゃないっすか。

 なのでまあ、さっそく今度、軽くお茶でもしないか、っつって誘ってみたんです。

 と、

「学校が終わってからならいいですよ」

 って、ほぼ即答っす。

 ……これまたスンナリOKなことに、気分よくしつつも同時に俺は、また鋭く直感を働かせました。

 ちょっと待てよ、と。

 もしかしたらこいつはーー相手を探してる子なのかもしれない。

 まあでもとにかくまずは、連絡先聞くのが先決っしょ。そう思って、ラインが抵抗あるならインスタとかのアカウントでいいから教えてくんない? って聞いたら、

「私、スマホ持ってないんです」

 って言う。

 ……いや、マジでそんとき、かなり衝撃受けました。

 だっていまどきーースマホ持ってない人間なんて存在します? なんかびっくりしますよね。そんなのだって、靴履かずにハダシで街中歩くようなもんじゃないっすか。江戸時代の人だって草履履いてたのに。

 いや、ほんとマジでビビりました。

 っていうか、これはちょっと、いや、やっぱりかなり、「アレ」な子なような、そんな気もだんだんしてきます。

 とにかくでも、もう少し話してみないとわかんねーし。

 仕方なく俺は、今日学校終わったら、学芸大学駅前に何時、とだけ約束することにしました。

 そのとき、黙ってうなずくそいつがーー妙にちょっと鋭いような目で、こっち見てることに、俺は気づいたんす。



 約束した時間の十分前に学芸大学駅に行くと、もうそいつはいました。 

 や、まだガキのくせに、なかなか感心しちゃいます。

 フダン相手してる女は、そのへんルーズなのばっかですからね。

 でも、そういう女はゼッタイ指名もそんな入んないし、売れっ子にはなれません。

 学大は、実は響さんのシマなんでーー正直あんまうろつきたくないんですが、まあ仕方ない。

 行きつけのカフェに、そいつ連れて行きました。

 んでまあ、向かいあって注文した飲みもん飲みながら、いろいろ話したんす。

 その、印象ですか。

 うーん。なんていうんですかね。なんかやっぱりちょっと、な感覚なんすよね。

 さっきからずっとクドいくらい言ってますが(笑)、これまでに俺の会ってきた若い女の子の数はーーとにかくもうわけっす。

 にもかかわらず、なんかちょっと、コイツ違うな、って思う。

 まあーーなんていうんでしたっけ、同じ穴の? や、なんだっけ、とにかくそんなのあったでしょ。要するに、俺が会ってきた女は単に別カテゴリー属性だから、ちょっと違うって思うんだ、ってことも、まあ言えるのかもしれません。

 しれませんが、でもなんか違うなあ、って思っちゃうんですよねどうしても。

 で、だいたいこういうときって、このくらいの年頃の子だとどうしても、ジッと黙ってこっちが何かいうのをお地蔵さんみたいに待ってるって、そんなパターンじゃないっすか。

 でもこいつは、妙に俺のことについて、自分から聞いてくるんですよ。

 隈取さんはどんな会社をやってるのか、とか、年はいくつなのか、とか、結婚はしてるのか、とか。

 や、それこそ警察の職質みたいにね。 

 ……なんかそんな奴、ちょっとじゃないっすか。

 で、自分は風俗店経営をやってる、って答えるとーーそいつの目が一瞬、キラリと光ったような、そんな気がしたんす。

 や、マジでそんときーーなんかバビル二世みたいでしたよ(笑)。よくわかんないけど。

 で、あれ、これなんかマズいぞ、って思ったんす。

 ちょっと自分でもよくわからなくなっちゃったんでーーとりあえずいま持ってる自分のプランを、頭んなかでいったん整理することにしました。

 まずは、そうすね。こいつがもし、パパ活相手探してるなら、それに立候補すること。で、成人するのを待ってーー未成年働かせるのは、アウトっすからーーウチの「メンヘラ学園」で働かせること。

 いや、間違いなくこいつは、トップ中のトップになるタマっす。

 こんとき、俺の頭ん中にはーー家の風呂場のカラの浴槽にぶち込まれてるペネロペ・クルスのことが、ずっとありました。や、でもなんで、ペネロペ・クルスなんでしょうね(笑)。よくわかりません。あれ、中出ししたあと掃除すんの、マジメンドくさいんすよ。アソコが着脱式のじゃなくて一体型のやつ買っちゃったから。

 とにかくまあ、それらのプランを着実に実行するには、そんなに焦っちゃマズいわけです。何度かメシ食わせて、ブランド品の一つや二つ、買ってやんねーと。

 そんなことをつらつら思いつつ、ふと窓から外を見ると、いつのまにか空には夕焼けが広がってます。

 学大も、これから人がどんどん増えてくる時間っす。

 最初からあんまダラダラすんのもよくないし、そろそろいったん引き上げるべきでしょう。とはいえ、向こうはスマホ持ってない以上ーーレンラク取れない。

 でもさあ、イマドキの年頃の子がスマホないとか、超不便じゃない? トモダチとどうやってレンラクとってんの、って聞いてみると、レンラクとか、別に取らない、って言う。

 ……ちょっとまた、しばらく頭がフリーズしちゃいます。

 でも、レンラクとか取らなくて寂しくないの? って聞くと、全然、っていう。だって、会って話せばいいから、って。

「でも、会うためにはレンラクが必要じゃん?」

「や。前もって約束するんで。いついつ会って話そうね、って」

「……予定がもし狂ったらどうすんの。ちょっと遅れそう、とか」

「それは、しょうがないんじゃないですか」

「……」

 言ってそいつは、自分のレモンティーをストローで啜って、窓の外を見てます。

 夕焼けの光がその横顔に当たって、なんか美術館にかかってる、有名な絵みたいなんすよ。

「……でも、急に誰かに会いたくなるときとかあるじゃん。そういうときはどうすんの」

「我慢、すればいいんじゃないですかね」

「……」

 一時が万事、こんな感じで。

 とはいえ、自宅の電話番号聞くこともできないな、っつって追い詰められてると、突然、

「今度、隈取さんの携帯に、電話してもいいですか?」

 っていうんです。

 渡りに船だ、っつってホッとすると同時に、こないだ渡した名刺をまだ持ってんだな、ってことにも気づいて、俺はこんとき確信しました。

 

 ……こいつは、


 もちろんもちろん、待ってるよ、っつって伝票とったときでした。一瞬、気づいたことがあったんす。

 そいつの右手首の辺にーーなんか妙な、紋様みたいな赤い痕があるのを。

 それが、そんときやけに、俺の頭の中に残りました。


     3


 家に帰ってシャワー浴びようと思って、風呂場に入ると毛が抜けてところどころハゲになったペネロペ・クルスが、後ろ向きになって空の浴槽に入ってます。

 思いっきりその頭蹴っ飛ばしたあとで、パンテーンで頭洗ってトリートメントして、風呂から出ると冷蔵庫からハイネケン一本取り出して飲みました。

 帰る前に、行きつけの恵比寿のバーで飲んできたんすが、それでも妙に酔えないんす。

 ……なんでだろう、ってずっと、考えてました。

 水筒の中とか洗う、取っ手のついたスポンジでアソコをゴシゴシ洗ったあと、タオルで綺麗に拭ってブレザーの制服着せて、ベッドに寝転がしておいたペネロペ・クルスが、斜め45度みたいな方向むいて、さっきから股広げてます。

 瞬間興奮した俺は、ベッドの上に飛び乗って、ペネロペ・クルスに覆いかぶさると、右手で首絞めてグイッと顎を上げました。

「……」


 ……マジで、どっからどう見てもーー今日のあいつにしか、見えないんす。


 クスリの力借りないでも、もう俺のは異常なくらいギンギンになってました。枕元に置いてあるローションをアソコに突っ込んでブチュッと入れると、四つん這いにしてぶち込みました。

 前もってウォーマーでアソコ温めてなかったんで、その点はアレですが、繰り返し腰打ちつけてるうちに、すぐにイッちゃいました。

 ベッドの上から、ペネロペ・クルスをメッシになったつもりで思いっきり蹴落とすと、その勢いで壁にぶち当たって、そこにヘンな姿勢でうずくまってます。

 俺は大の字になってベッドに寝転ぶとーーとにかくずっと、あいつのことを考えてました。

 そのうちに、いつのまにか俺は寝ちまってたんです。



 その夜、俺はある、な夢を見ました。

 何がかって言うとーーまず、そのいっちゃん最初の感覚はーーほら、夢っていやに現実的なところ、あるじゃないですか。

 で、何か俺はさっきから、、って感じがしてるんです。

 ……これはいったい、なんなんだろう。

 とにかくずっとそんな感じだから、利き腕が疲れてしょうがないんですよ。

 で、そのうち、疲れてるのは利き腕だけじゃないぞ、ってことにも気づくんす。なんか体全身が、妙にダルくて。

 これはなんだろう、ってずっと思ってるうち、自分の周囲が暗いぞ、ってことにも気づきました。で、必死に持ってーーカビ臭いような場所を、ずんずんずんずん歩いて行くんす。

 やがてそのから外に出るとーーそこには真っ青な青空が広がってました。

 そんとき俺は、ようやく気づいたんす。

 俺は右手に、やたらとデカいスウォードを持ってる、ってことに。

 さらに、全身にはさっき武器屋でゴールド出して買った鎧を着てるんで、その重さで全身にダルさを感じてたんだ、ってことも、わかりました。

 左手には、盾を持ってます。その表面をひっくり返してみるとーーその中央のところに、何かのが描いてある。

 ……その紋様にーー俺はどっかで見覚えがあるぞ、って、思いました。

 そんとき、場面が急展開して、警告するような、超懐かしい音楽が聞こえてくるとーー目の前の草むらにポツン、と、一匹のヘンなイキモノが潜んで、こっち向いて目を点にして笑ってるんです。


 ……スライムっす。


 あわててステータスを確かめてみると、まだLV1、なんす。なのでこれからーーこいつらうんざりするほど殺して、シコシコレベル上げなきゃなんない。

 そんとき、同時に俺は、この旅の始まりのとき、王様の近くにいた大臣みたいなやつに話しかけて聞いた、あることも思い出してました。

 

 ラダトームの王様の、大切な一人娘のがーー魔物にさらわれた、って。

 


 ……ハッとして目を覚ますと、部屋ん中は真っ暗でした。

 引いた窓際のカーテンの下からは、朝の明るい光が漏れてます。

 頭を上げて左っかわを見ると、ペネロペ・クルスが、スカートのまくれたデカい尻をこっちに向けて、ヘンな姿勢でうつ伏せてます。

 俺は寝起きの頭で、いま見たばっかの妙な夢のことを思い返してました。

 で、ふと思ったんです。

 

 ……あれ。そういえばーーこのゲームのはーーなんだったっけな、って。


     4


 横浜の「メンヘラ学園」六号店は、なんとか無事開店にこぎつけました。

 伊勢佐木町のホテル街の近くにようやくいい物件見つけたんでソッコーでそこ確保して、店長は知り合いの紹介で、元公務員の奴をリクルートしてやらせてます。

 初月は女の子の集まりが悪くて売り上げイマイチだったんで、翌月が勝負なんす。

 タオルやローションなんかの備品は、また例によって常盤会の息のかかった業者にさせられました。新宿一号店の時からケツ持ち頼んだのは一度や二度じゃないんで、どうしても断れないんす。いま、暴対法や暴排条例でもなかなか大っぴらに取りづらいんすね。

 それにしても最近、響さんが妙にシツコイ。よっぽど俺が稼いでるとでも思い込んでるんだろうけどーーそんなことないんす。そもそも風俗業界も、年々下火になる一方っすから。

 いまどきの年寄りはなんか不気味なくらい性欲強いんすが、若い子たちの利用数が、圧倒的に少ない。俺は正直危機感抱いてます。

 風俗業は世界最古の職業、なんて言いますが、べつに古けりゃいいってもんでもないでしょ。客単価もどんどん落ちてますよ。

 そういや、長野の実家の陽子に対しては、先日弁護士に言われて離婚届の不受理申請の手続きしたばっかりで。そんでカネの要求額も、頑として変えない。もう呆れちゃいます。

 訴訟になんならいつでも受けて立ちますよ。でも弁護士は、きっちりDVの証拠揃えられるとちょっとキビシイかも、なんてぬかす。

 もう、いろいろ死にそうっす。シャブなきゃとっくに潰れてますよ。

 まえに玉木と二人で、横浜出店のお祝いを渋谷でしてたときでした。あいつにこんなこと言われたんです。

「……いよいよこれで、隈取さんの新たなの開始っすね」

 って。

 俺は揚げた鶏皮つまみつつ、ポン酒飲みながら言いました。

「なんで」

「え、なんでってーーこれからさらに店舗数増やしていずれ全国展開、そんでフランチャイズ化、ってのが、俺らの最終目標じゃないっすか。その、とっかかりとしてです」

 、って言われたとき、俺はふいに、あの日みた夢のことを思い出してました。

「なあ。玉木ってさあ、ゲームとかやんの」

 坊主刈りで、関東連合OBで(マジっす)、ザゼンボーイズが大好きで自分でもベース弾くのがシュミの玉木に聞くと、

「ゲームっすか。やりますよ。バイオハザードとか。なるべく血がブシャーッって出るのがいいっすね」

「ヘンタイだもんな」

 じゃあ、お前ドラクエ好き? って聞くと、

「や、自分世代じゃないんで……」

 手ぇ上げて、芋焼酎のロックのおかわり注文してる玉木に、

「じゃあお前、って知らない?」

 って聞くと、なんすかそれ、っすか、なんてぬかす。

「それはHP回復する呪文な。っつーか知ってんじゃん」

「や。でもそれは、マジで知らないっすね」

「昔のゲーム機はさ、古いからセーブのバックアップができないんだよ。だから毎回王様とか神官に話しかけて、なげーを教えてもらうわけ」

「……パスワードみたいなもんなんすか」

「そう」

 それが、どうかしたんすか? なんて明石家さんまみたいに目ぇ細めて聞いてくる玉木に向かって、

「……や、なんでもない」

 って俺は答えました。



 恵比寿のオフィスで、パソコンに向かって経営マニュアルの試作品作ってたときでした。

 そろそろ玉木とメシ行くか、っつって話してると、携帯が鳴るんです。

 見ると、知らない東京03の番号で。

 それで、直感で、ときました。

 っていうか、非通知設定にしねーんだな、なんてちょっと思いつつ、もしもし、って言って出ると、案の定、あの女子高生の声が聞こえてきます。

 久しぶりだね、元気? って聞くと、小さい声ではい、って答える。

 で、

「今度、会えませんか」

 って言ってきました。

 隈さん、誰っすか、女の面接っすか、って聞いてくる玉木を俺は睨みつけました。いままで何度も繰り返し、俺のこと「隈さん」っていうんじゃねえ、森のくまさんみてーだろう、って言ってんのにいうこと聞かない。

「もちろん、じゃあ今度、一緒にランチでもどう?」

 って言って誘うと、電話の向こうのあいつが、軽く頷いたような、そんな気がしました。



 恵比寿ガーデンプレイスの38階にある叙々苑に、次の日曜日、鷺沢かなえを連れてきました。

 あ、そうそう。そいつの名前、鷺沢かなえ、っつーんです。

 周りからはサギ、って呼ばれてるらしいんで、これからはそう呼びますよ。

 まだ高校一年のくせに、サギは妙にオトナっぽくてキマってる、そんなファッションしてました。ダメージドの明るめのデニムにタートルネックのセーター、ネックレス。それにオーバーサイズのチェック柄のコート。

 俺はブナンに、アルマーニのジャケパンにストール、って感じっす。

 バッチリ窓際の席予約したんで、焼肉食いながら、東京の景色を一望できます。俺のお気に入りの店なんです。

 肉が好き、っていうのは、向こうのオーダーでした。壺ん中に入った特上カルビをハサミで切って焼いてやると、ただ黙々と食べてます。

 でも、だからってこっちがなんかイラっとするような、そんな感じでもなく。むしろどんどん食えよ、って思える。

 ほら、動物にエサやるときって、なんか気分良くなるじゃないですか。あれと一緒っす。

 サギの飲んでるマンゴージュースのグラスの縁に、肉の脂であいつの唇の形がうっすらとついてます。

 俺はそれ眺めながら、さっきから感じてたあるについてーーずっと考えてました。


 ……さっきからーー妙に何か、俺に言いたげなんすよね。


 あいつは席についてからこっち、ずっとセーターの袖を軽くまくってて、その白い手首が丸見えになってるんです。

 で、当然ーーあの赤い紋様みたいな痕が、そこにはある。

 ちょうど、小さめの花ぐらいのサイズっすかね。

 肉持ってくる店員さんも、一瞬ギョッとして目を見張るくらいに、その赤い痕は目立ってるんです。なんせ体の色が白いんでーーよけいにそこに浮き上がってるように見える。

 しかも、肉巻くサンチュを手に取る時とかにーー。そんな感じするんすよ。

俺は我慢できずに、その手首の痕ってどうしたの、って聞いてみました。

 と、

「……よくわからない」

 って答える。

 子供の頃からあるの、ってさらに聞くと、そんなことない、って言う。ついだ、って。

 ……そんで、俺の顔をジッ、っと見てるんす。

 ちょっと一瞬、全身に冷や汗かいたような、そんな気がしました。

「よくはわからないんですけど、隈取さんに何か、関係あるんじゃないか、って、実は思ってるんです」

「……え。俺に?」

 ちょっとトイレ行ってきます、っつって、サギは席を立っていきました。俺はあんぐり口開けたまま、店員さんにトイレの場所聞いて、廊下歩いてくあいつの後ろ姿を、ただ黙って眺めてました。


 ……いやいやいや。

 っつーか、なんなん?

 全然イミわかんねー。


 自分の体に勝手に出来たアザに他人が関係してるなんて、なんでそんなこと言えるんでしょうね。

 それともやっぱりーーあいつはかなりな、メンドーくさいやつなのかもしれない。

 かなりな、メンドーくさい女で商売してるこの俺にとっても、MAXメンドーくさいんすよ。

 それと同時に、俺はもう一つのことを思い出してもいました。

 ……先日みた、あの夢のことっす。

 俺が持ってた、武器屋で買ったあの盾ーー。

 あの盾に刻まれてた、あの紋様ーー。


 ……いやいやいやいやいや(笑)。


 こういうのって、よくわかんないすけど、ってやつでしょ。たまたまあんとき見た、サギの右手にある痕が印象に残ってて、そんでそれが夢に出てきた、ってだけのハナシでしょ。

 ただ、それだけのことじゃないっすか。

 それだけのことに決まってるのに、なんかさっきから、動揺が止まらないんす。

 サギがトイレから帰ってきて、椅子に座りなおしました。そんで紋様のハッキリ見える右手を差し出して、マンゴージュースのグラスを手に取る。


 ……ローラ姫。


「えっ?」

 サギがそう聞き返すんで、や、なんでもない、って答えて、遠く霞んでる東京の景色に目をやりました。そんでもいまや、その景色は、にしか見えない。

 メシ食い終わったあとで、サギは俺に、また連絡してもいいですか、って言いました。正直、もうこれっきりにしたいと思いつつーー俺は、

「ああ」

 って答えざるを得なかったんす。


 

 恵比寿のオフィスで仕事してると、電話が鳴りました。

 スマホ見たとたん、なんかな予感がするんです。

 常盤会の響さんでした。なんとなく、その用件はわかってたんです。

 女回してくれ、っていうんですよ。

 響さんは、極度のロリコンなんです。小学生中学生、よくいって高校生、くらいしかやる気がしない、っていう。

 前にも言いましたが、昔うちの新宿店で働いてた女が盗みやって、向こうのシマの組の人とトラブル起こしてモメちゃったことがありまして。その尻拭いしてもらったことあったんす。

 いらい、俺がちょいちょい女の世話しなきゃなんなくなりました。

 めんどくせーから、ハイジア裏で立ちんぼやってる家出少女紹介しようと思ったら、

「今度はもっと変わってるのがいいんだよ」

 なんていう。

 どんなのすか、って聞くと、

「とびきり美形でかわいいんだけどよ、精神もとびきり病んでるようなのがいいんだよ。お前得意だろそういうの」

 そのときっす。

 俺の頭ん中で、ドラゴンクエストのあのファンファーレが鳴り響いたような、そんな気がしたんす。

 響さんは、処女じゃないと怒るんすよ。自分もポンプでキメつつ、女のアソコに水で薄めたシャブ塗ってやるのが好きなんす。

「……ああ、そうだ。いいのがいますよ」

 俺はそう言いました。

「どんなのだよ」


 ……夢の中から出てきたような、そんな子っすよ。

 あともう少しでーーあのを思い出せそうな、そんな気するんすけどね。


 そう答えると、響さんは電話の向こうでしばらく何も答えずに黙ってました。



 #5に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る