第3話
三人それぞれがドーナツ一つと飲み物一杯を頼んで、テーブルにつく。
館山さんと坂下くんを並べてソファー席に座らせ、私は向かいの丸椅子に座った。
隣のテーブルに座る人と肘がぶつかりそうなほど無理矢理座席を詰め込んだ店内からは、カラフルなドーナツの甘い匂いがした。
「私に何か、話したいことがあったんでしょ」
分厚い陶器で出来た大きなマグカップからホットミルクティーを一口飲んだ後で、館山さんに微笑む。
そうじゃなきゃ、こんな特殊な状況はありえない。
「う、うん……。よく分かったね……」
彼女は小さく丸まったまま、隣に座る坂下くんをチラリと見上げた。
彼は狭い座席で大きな体を持て余すように縮こまったまま、彼女に向かって大丈夫だよと、小さく「うん」とうなずいた。
「わ、私ね、カラオケって行ったことないの。だから、行ってみたいなって思って。じゃあ誰を誘おうかなって、なって……」
坂下くんは居心地の悪そうに体をねじると、テーブルの隅っこに片肘を突き顎を乗せた。
「遠山たちがさ、カラオケに行こうって話をしてたんだって。そこに館山さんが偶然居合わせて、自分も行きたいって言ったんだけど、『お前行ったことあんのか、ないなら来んなよ』って言われたらしくってさ。それで誰かと一回行った後だったら、遠山も誘えるかもーって、なったんだって」
「ちょ、坂下くん。しゃべりすぎ!」
彼女がこんなに焦っておどおどする姿なんて、初めて見たかも。
「あんまり色々相談してたこと、持田さんに話さないで。恥ずかしいから」
「別に持田さんなら大丈夫だよ。そんなことペラペラしゃべるような奴じゃないし」
彼のその適当に発言した一言だけで、彼女から全幅の信頼を受ける私も辛いんですけど。
「分かった。今日のことは、他の人には話さない」
「や、約束?」
「うん。絶対。約束」
そっか。
二人で事前に話し合ってたんだ。
私よりたくさん彼と話せるのは、やっぱり私なんかじゃない。
小指を差し出したら、私の半分くらいの太さしかない彼女の小指が絡みついた。
これで成立。
私は今日のことは、誰にも話さない。
彼女はいじらしいほど丁寧に言葉を選びながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あ、あのね……。私、遠山くんから嫌われてて。それで、持田さん最近仲いいから、どうしたらそんなに仲良くなれるのかなって……」
あぁ。彼女は心配してるんだ。
そして疑ってる。
私と快斗の仲を。
館山さんのことはもちろん全然嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど、いま彼女がしようとしている面倒くさいことは、大嫌い。
「私、快斗とは仲のいい友達だと思ってるけど、好きではないし付き合う気もないよ。てか、告白とかもされてないし。もしそんなことされても、付き合うとかはないと思う」
彼と遊ぶのは楽しい。
友達になってから、よくしゃべるようになった。
そういえばカラオケとかゲーセンにも何度か行ったな。
絢奈たちと一緒に何人かで。
そのことを気にしてるんだ。
「ゲ、ゲームセンターとかも、あんまり行ったことなくて。それで、同じぬいぐるみ付けてるのが、いいなって。それ、どこで取ったの?」
「あぁ、コレ?」
みんなで「もふかわ」のキーホルダーをUFOキャッチャーで取って、記念につけたんだっけ。
ゲットしたキャラは人によってそれぞれだったけど。
確かに快斗と私は同じキャラをぶら下げてた。
「館山さん、もふかわのこのキャラ好きだったんだ。欲しいんだったらあげるよ。快斗とお揃いになるし」
私はそこにいくつかぶら下がった、アニメキャラとかお星さまなんかのキーホルダーのうち、まだ真新しい淡い栗色のラッコのキャラを取り外すと、彼女へ向かって放り投げるようにして置いた。
正直、このキャラに未練はない。
そんなことより、この断罪尋問を早く終わらせたい。
くだらない。
彼女から変な誤解を受けていることもそうだけど、坂下くんから勘違いされたままなのも嫌だ。
そして、もう気にしないって決めたのに、彼の反応をもの凄く気にしている自分も嫌い。
「ホントに館山さんにあげちゃっていいの? 遠山かわいそ」
「これは私が自分で取ったやつだから。快斗は関係ないよ」
彼女にだって嫌われたくない。
快斗と館山さんのどっちを取るかって?
そんなの館山さん一択に決まっている。
「本当にくれるの?」
「あげる。私はいらない」
彼女は、ラッコをモチーフとし片手に剣を勇ましく持つ、手の平サイズのぬいぐるみをとても大切そうに握りしめた。
「ありがとう」
それを額に押し当て、ぎゅっと目を閉じる。
「だけどこれをもらっても、私は鞄に付けられないから。そう言ってくれて、凄くうれしいし、本当はめちゃくちゃ欲しいけど。きっとこれは、もらっちゃダメなやつだから、返すね。持田さんが持ってるのが、一番いいと思うし」
彼女自身があえて避けているのか、それとも気づいていないのか、決して言おうとしない正体不明の何かを一瞬口に出そうとしたけど、憶測の域を出ないと気づいてその二文字を飲み込む。
テーブルの上にそっと返された、出戻ってきたラッコ先生のぬいぐるみキーホルダーのチェーンを、自分の指に絡める。
「なんで快斗が館山さんを嫌ってるのか知らないけど、アイツそんなに嫌いじゃないと思うよ。本当は。館山さんのこと」
「それは知ってる」
彼女の黒く澄んだ穏やかな目が、うっすらと微笑んだ。
この子の目に彼は、どんな風に映っているのだろう。
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