第2話
「無理無理、絶対無理」
どう考えたって、自分の居場所はあそこにない。
どうやったら彼の横に入り込める?
話しかけられる?
「古文の宿題って、何ページだったっけ」とか言って、白々しいセリフで「なんだコイツ」って目で見られながら、それでも話しかけに行く勇気と努力と苦労と疲労感と恥さらしを引き換えにしても、報われる保証がないのなら……。
館山さんのつやつやした黒髪が、細い肩の上をサラリと流れた。
あぁ。やっぱり無理。
どう考えたって無理。
あんな美人でかわいい子といつも一緒にいる人の隣なんて、絶対無理。
勝ち目皆無。
私が混ざりに行ったって、完璧な引き立て役にしかならない。
それ以上の存在になれないと最初から分かっていて、あえてそんなとこに自分から飛び込む必要なくない?
坂下くんだって、人生で二度とありえないような事件を一緒に経験したからこそ、きっと私に話しかけてきたんであって、そうじゃなかったら一生関わることもなかっただろう。
「よし。決めた」
そうだ。
うじうじ悩むなんて、私らしくなかった。
もう答えはとっくにあったのに、それに気づかなかっただけ。
両方、諦める。
全部、やめる。
坂下くんへの思いは、自分の中で消化して、消し去ればいいんだ。
そのために好きでもない他の人で埋め合わせしようとか忘れようってのも、間違ってる気がする。
自分の本当の気持ちに正直になるなら、坂下くんは諦める。
最初からなかった。
快斗のことはまだ始まってもないし、好きかと聞かれたら正直「好き」ではないから、もし告ってきたらお断りする。
てか、せっかく出来た友達との友好関係を壊したくないから、告られない程度の距離を確実に保って「友達」を継続する。
コレだ。
完璧。
自分の行動方針が決まったら、スッキリした。
これでもう悩みは解決、問題なし。
久しぶりに晴れやかな気分で、放課後の席を立つ。
帰ろうと思った瞬間、館山さんと目が合った。
「あ、あのね、持田さん。ちょっとお願いがあるんだけど……」
クラスイチの美少女にお願いされて、誰が断れるっていうんだろう。
彼女から声をかけてくるなんて珍しいと思ったけど、私は素直に応えた。
「なに? どうしたの? 館山さんのお願いなら、なんでも聞いちゃう」
「本当? あ、あのね……」
彼女の白い頬が、鮮やかなピンク色に染まる。
黒く潤んだ瞳で見つめられると、私だってメロメロになっちゃうのは、もう仕方ないでしょ。
「い、一緒に、カラオケ行ってくれるかな!」
「カラオケ? 今から二人で?」
「二人が無理なら、坂下くんと三人でなんてどう?」
いや、それはもっと無理ですけど?
「あ、じゃあ私、坂下くん呼んでくるね」
ピュアな笑顔でそう言われて、断る隙もなかった。
いや、何でも聞くって言ったけど、さすがにそれはちょっと無理。
「うわ。館山さん、本当に持田さん誘ったの?」
久しぶりに目があった。
直接声を聞くのも久しぶり。
ほんの数日前によく分からない別れ方をして以来、たまに送られて来ていたメッセージもスタンプだけの挨拶も、一切のやりとりはなくなってしまった。
それなのにこんな形で顔を合わすなんて、なんだか気まずい。
「そりゃ、俺と館山さんの二人よりかはマシだけど……」
「だから、誰がいいかなって」
「だったら、古山さんか橋本たちでよくない?」
そうだよ。
そのメンバーだったら、いつもの優等生仲良し軍団だし。
私が入る必要ないよね。
「あ。じゃあそっちで行ってもらうってことで。私はまた……」
「ダメ!」
彼女の細い手が、ぎゅっと私の腕にしがみついた。
「持田さんが一緒じゃなきゃ、ダメなの!」
「え? なんで?」
「持田さんお願い!」
「あ……。はい。分かりました」
そんな必死なお願い、断れるワケがない。
坂下くんも困った顔してるけど、これは他でもない館山さんのお願いなんだから、仕方がない。
「あのさ、カラオケはまた今度にしない? 私、いまちょっと喉の調子がおかしくて、風邪気味なんだよね。どっかでお茶くらいなら出来ると思うけど」
ウソだけど。
純粋で疑うことを知らない館山さんは、私の言葉を素直に受けいれて考え始めた。
「じゃあ、ドーナツ屋さんでいい? 私、時々あそこになら行くの。あんまり長居はしないようにするから」
「うん。そっちにしようか」
その方が助かる。
坂下くんをチラリと見上げたら、彼も同意したようにうなずいた。
「ありがとう。カラオケは、また今度にしよう」
「う、うん」
館山さんだけが、すごく残念そうだ。
駅前のそのドーナツ屋さんなら、近くにある駐輪場が空いてることが多いんだって。
一時間100円の、ここら辺じゃ一番安いやつなんだって。
自転車を取ってくるという館山さんを、坂下くんと二人校門の前で待つ。
どうしようとかやだなーとか、帰りたいとか思いつつ、彼の隣に居られることをどこかで喜んでいる自分がいる。
館山さんありがとう。
ズルいよね。
でも彼女のおかげで話せてうれしかったし、またこうして一緒に帰るきっかけが出来て、ちょっぴり感謝してる。
「お待たせ」
自転車を押してきた彼女は、息を切らせながらスッと私の隣に並んだ。
急いで戻って来たのかな。
だけど彼女が並ぶべきなのは、坂下くんの隣じゃない?
チラリと彼の様子が気になってその横顔をうかがってみたけど、全く気にしてないみたい。
二人は歩き出す。
おかげで私は、この二人に挟まれることになってしまった。
なにこの状況。
どうして私が真ん中?
ここは坂下くんの役目でしょ。
両手に花的な?
あ、片方は花でもないってこと?
優等生真面目コンビニ挟まれた私は、歩いて15分足らずの道のりを、二年になって最初の期末試験の話題でやり過ごした。
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