第3話

「言っとくけど、私は遠山くんと一緒に探してるわけじゃないからね」

「またそんな冷たいこと言うー」

「冷たくないよ! 勝負だって言ったよね」

「あぁ、そうだったね」


 またクスクス笑う彼に、なんだか段々腹が立ってきた。

それでも怖いとは思われたくないから、少し優しくしてみる。


「頑張って一緒に探そ」

「あはは。そうだよね、一緒に探そ」


 いわゆるヤンキー座りで、ダラリと両手をぶら下げている。

右手に熊手、左手にミニカーって、どういう状況だ。

だけど一緒に探してくれるなら、ありがたいのかもしれない。

もし自転車の鍵を見つけたら、彼にだったら館山さんを譲ってもいいかも。

そんなことをぼんやり考えていたら、ザクリと音がして、また誰かがこっちにやって来た。

坂下くんだ!


「こんなところで、何やってんの」


 急に目の前にしゃがみ込むもんだから、私はもう驚きすぎて声が出せない。

明らかに挙動がおかしくなった私と坂下くんの間に、遠山くんが割って入る。


「お前が来たら、持田さん怖がるだろ」

「それはないよなぁ」

「え?」


 同意を求められ、ぐっとのぞき込まれても、返事に困る。

なんで自分がこんなことになってるのかが分からない。

これはどういう状況だったっけ? 


「ほら固まった! 坂下が苦手なんだって、持田さんは!」

「絶対それはない。そんなものはないから」


 彼に力強くそんなことを言われ、また返事に困る。

いつもの自分なら、さっさと首を横に振って否定していただろうけど、今の私にはどうしてもそれが出来ない。


「えーっと……。坂下くんは、き、嫌いじゃない……よ?」


 そう言った私の言葉に、遠山くんが一番びっくりしている。


「なにそのカワイイ反応!」

「いや! ほら! 遠山くんのことだって、嫌いじゃないから!」


 焦って何とか誤魔化そうとする私に、遠山くんはそう言わせたとばかりに、坂下くんをにらみつける。


「お前、持田さんに好かれてるって、そんな自信どっから湧いてくんだよ」

「は? んなの説明とかいるか?」


 ちょっと待って。

なにコレ。

遠山くんと二人なら平気でいられるけど、そこに坂下くんが加わったとなると、普通にいられない。

遠山くんのいらない質問に、照れてる自分が恥ずかしい。

熊手を持ったまま、パッと立ち上がった。


「私、ちょっとあっち見てくるね」


 苦し紛れに、土手上の遊歩道を見上げる。

逃げ出すようにそこへ駆け上がった。

館山さんが鍵を落としたという辺りから、もう一度河川敷を見下ろす。

坂下くんと遠山くんは、スコップと熊手で地面を引っ掻きながら、まだ何かを話続けていた。


 火照った頬を、まだ少し冷たい春風が冷ましてくれる。

なんだコレ。

どういうこと? 

脳内の情報処理が追いついてない。

ぐるぐるぐるぐる。

自分なりに考えてみる。

あぁそうか、分かった。

坂下くんも自転車の鍵を探しに来たんだ。

それで、遠山くんより先に見つけたかったから、だからこっちに来たんだ。

それで、探そうとしたら私もいて、って……。


 ん? ちょっと待って。

入院したお婆ちゃんのお見舞いのために、放課後学校を出たら直接病院へ行くからと、一昨日歩きで登校した彼女が遊歩道から鍵を落としたとしたら、そんなに遠くまで転がってなくない? 

今でこそ草刈りが進んで、枯れ草がほとんど除去されてるけど、その時はまだ草がぼーぼーだったはずだ。

だとしたら、私たちが思うよりずっと、遊歩道付近に転がってない? 

落とした時に近場は探したって言っていたけど、もう一度確認する価値はある!


 アスファルトで固められた遊歩道は、縁も整えられないでガタガタのまま土の上に乗せられているような感じだった。

この近辺をぼこぼこのアスファルト沿いに探せば……。


「なぁ、なんで逃げたんだよ」


 今度こそ真剣に探し始めた私を、遠山くんが邪魔してくる。


「鍵探してるだけだから。ここは私が見るから、遠山くんはあっちお願いしていい?」


 私は下を向いたまま、そう言って少し川上の遊歩道の縁を指す。


「あ? まぁ持田さんがそう言うならいいけど。これはここに置いてっていい? ここで見つけたし」


 彼はずっと握っていた小さな赤い消防車を、アスファルトの上に置いた。


「俺も小さい頃好きだったんだよね。こういうの。落とした子に見つけて欲しいから。絶対この場所から動かすなよ」


 奔放過ぎる長く伸びた真っ直ぐな黒髪が、ふわりと風になびいた。


「分かった。ミニカーには触らない」

「ん」


 背を向けた彼に、私は思いっきり声をかける。


「自転車の鍵、先に見つけたら教えるね!」

「は? 競争してんじゃなかったのかよ」


 濃厚のジャージ姿が、肩越しに振り返りニッと笑った。

彼は熊手を持った手をヒラヒラと振ると、ふらふらと歩きだす。

私には全く乗り気してないように見えるけど、それでも彼は私の指した辺りの場所で、だらりとしゃがみ込んだ。

よそ見しながらでも、ザクザクと地面を引っ掻き始める。

清掃活動の時間も終わりを迎えていた。

担任の先生は一部の生徒たちと氷鬼を始めているし、絢奈たち男女5人は土手に干されたマグロのように完全に終わっている。

急がないと、時間がない。

再びキーホルダーを探し始めた私の横に、坂下くんが並んだ。


「ねぇ。持田さんは本当に、今も俺のこと怖いと思ってんの?」


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