第2話

「館山さん。自転車の鍵無くしたって本当?」


 真面目に掃除を続けている、希少種な彼女に近づく。

まずは情報収集からだ。

一緒にゴミ拾いを続けていた坂下くんも、私を振り返った。


「え? う、うん。だけど、もう諦めてるから……」

「せっかくだし、一緒に探そう」


 彼女から、落とした場所やその状況などの詳細を聞き出す。

と言っても、自転車の鍵だ。

L字型のよくある一般的なシルバーの鍵らしい。


「赤い自転車のキーホルダーを付けてたの。古いものだから、もう色も所々ハゲちゃってて、ボロボロなんだけど……」

「分かった。見つけたら教えるね」

「あ、ありがどう」


 立ち上がり、これから戦う戦場を見渡す。

クラスの男子どもが探している場所からは、きっともう見つからないだろう。

なぜ見つからないかというと、そこにはなかったからだ。

だとすると、彼女が落としたと証言した場所から、改めて落下地点を想定し直した方がいい。


 土手上の遊歩道まで上がると、一昨日彼女が落としたというその位置から河川敷を見下ろす。

清掃活動は、その場所から主に川下で行われていた。

だったら私が探すのは、人気のない橋脚に近い川上側だ。


「おーい、持田ぁ。やる気だすのはいいけど、あんまり遠くへ行くなよ」


 担任からの気まぐれな心配など、完全無欠の余計なお世話だ。

見当違いも甚だしい。

遠くになんて、行くワケがない。

私はここで、絶対に鍵を探し出す。


 おおよその予測を立てると、捜索活動を開始した。

学校で支給された、錆びついたこの小さな熊手だけが、この戦場での私の味方だ。

しばらくの間、一人無心でガシガシと草をかき分けていた私に、誰かがゆっくりと近づいて来た。


「持田さんも、自転車の鍵探してるの?」


 同じクラスの遠山くんだ。

彼は私のすぐ隣に腰を下ろすと、小さな声でぼそりとつぶやいた。


「俺も一緒に探そー」


 なんだ? コイツも館山さん狙いなのか? 

まぁ大体の男は、きっとそういうものなのだろう。

彼は無造作に伸ばしっぱなしにしている長めの前髪をかき分け、さほど広くない額をボリボリ掻いている。


「私はゴミ拾いに情熱を見いだしただけなんだけど。館山さんの探してる鍵なら、こっちにはないと思うよ」

「……。え、持田さんて、そんなにゴミ拾い好きだったんだ」

「唐突にね」


 遠山くんは私と同じレベルのモブ男子だ。

その他大勢組だから、同属として普通にしゃべれる。

彼は私よりちょっぴり背が高くて、動きに若干粗野な部分はあるけど、まぁよくいる男子らしい男子だ。


「じゃ、俺も唐突にゴミ拾いに情熱を燃やそう」

「ウソ。鍵探してる」

「じゃ、俺も鍵探す」


 クッ、なんなのコイツ? 

そう思ったけど、彼はニコニコと上機嫌のまま、私と同じ支給された小さなサビサビの熊手で地面を掘り返している。


「だって、俺もしゃべりたいもん」

「館山さんとでしょ?」

「……。まぁね」


 私には彼に、どこまで本気でやる気があるのか分からない。

なんだかんだそれらしいことを言いながらも、ぼーっと空を見上げて手を止めたかと思うと、急に「この辺でいいの?」なんて、平気な顔して捜索場所を聞いてくる。

これがもし坂下くんだったら、周りからヘンな誤解を招くかもと逃げ出すところだけど、遠山くんならまぁいっか。大

丈夫だろう。

問題なし!


「先に見つけた方が勝ちだからね」

「ふふ。なにそれ」

「自転車の鍵渡すの」

「勝負だったの?」

「え? 違った?」

「あー。俺は負けないよ」

「私も負ける気ない」


 こうなったらもはや、草刈りとかゴミ拾いなんていう、言い訳がましい言い訳など必要ない。

真剣勝負だ。

熊手で刈り残された枯草をかき分け、赤い自転車のキーホルダーを必死に探す。

実物を見たことないから、どんな赤だか分からないけど、赤ならきっと目立つだろう。

すぐに見つかるはずだ。


 そう思っているのに、出てくる赤はどこからやってきたのか分からない、バラバラに壊れたプラスチックの破片だとか、半分土に埋もれた謎の端布ばかりだった。


「持田さんも、自転車通学なんだっけ」

「違うよ。電車」

「あ、そうなんだ。ちなみに俺は自転車」

「へー」


 自転車の鍵に付けるくらいだから、キーホルダーはさほど大きなものではないはずだ。

彼女が落としたという土手を、もう一度見上げる。


「1年の時ってさ、なん組だったっけ」

「2組」

「俺1組だった」


 あそこから落としたのが2日前なら、それほど日は経っていない。

雨も降っていた記憶はないから、錆びついてもいないだろう。


「あ、ここにもなんか赤いのあるよ」

「え! どれ?」


 そう言って彼が見せてくれたのは、まだ新しい赤い消防車のミニカーだった。


「小さい子が落としたのかな」

「探してるかもね」


 そう言った私を、遠山くんはニッと笑ってのぞき込んだ。


「持田さんって、案外優しいよね。怖そうに見えるけど」

「え? 怖い? どこが?」


 急にそんなことを言われると、いくら私だって周りからの評価が気になる。


「なんか、話しかけんなオーラが出てる」

「そうかな」


 だって今だって、別に普通に話してない?


「私って、そんな風に見られてたんだ」

「余計な話されるの、嫌いでしょ」

「……。今まさにその余計な話してない?」

「あはは。だからさ、そういうとこなんだよねー」

「いやいやそうじゃなくて、今は普通に話してるってこと!」

「あはは。確かにそれもそうだよな」


 彼も笑ったら、案外かわいいな。

遠山くんは私と同じ、ごく一般的な普通の平民男子だけど、細い目が黒くしなやかに曲がると、野生児のような印象がふわりと柔らかくなる。


「ね、本気で真面目に探す気ある?」

「あるある。ほら、一緒に探そ」


 彼は見つけた消防車を握りしめたまま、捜索を再開した。

それをどうするつもり? 

まさか持って帰る? 

ま、彼が見つけたものだし、どうでもいいけど。


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