第4話

 さっきの遠山くんの言葉を気にしているのか、彼らしくない小さな声で、自信なくつぶやく。


「そんなことないよ」


 怖いとは思ってないけど、今でも近寄りがたいとは思ってる。

浮かべた愛想笑いに、彼は凍りついていた表情をわずかに緩めた。


「鍵、俺も一緒に探すね」

「う、うん……」


 その申し出は嬉しいけど、本当は一人で探したかった。

遠山くんなら簡単に追い払えるのに、どうして坂下くんにはそれが出来ないんだろう。

やっぱり心のどこかで「怖い」と思ってるのかな。

断りたいけど断れなくて、逆に遠山くんならよかったのになぁとか思いながらも、彼の動かす手をじっと見ている。

……って、ん?


「ねぇ。持田さんはさ……。クラスの男子で、他にしゃべったりするのって……」

「あった! 自転車の鍵!」


 見つけた! 

坂下くんのすぐ足元に、赤い自転車があった! 

L字型のシルバーの鍵にぶら下げられた、色の剥がれた古いキーホルダー。

コレに間違いない!


「わぁ、本当だ。よかったね。館山さんに届けてくれば」


 嬉しい! やった! 

喜ぶ私に坂下くんはそう言ってくれた。

だけど違う。

そうじゃない。


「これね、遠山くんも探してたの」

「そっか。じゃあ遠山に渡せば?」

「ね。手、出して」


 私と同じサイズなのに、彼には小さすぎるすっかり汚れた軍手の上に、館山さんの探していた赤い自転車の鍵をのせる。


「え。なんで?」

「私は恥ずかしいから、坂下くんから渡してきて」

「恥ずかしいって、意味分かんないんだけど」

「きっと館山さんは、私からもらうより、坂下くんから渡された方が嬉しいと思うから」

「……。は? 何それ」

「だって坂下くんも、その方がいいと思うでしょ」


 私なんかよりずっと可愛くてずっと美人の彼女の方が、この人にはお似合いだと思うから。


「ねぇ、本気でそう思ってんの?」

「え?」


 不意に彼は立ち上がると、遠くでまったりと戯れていた高校生集団に向かって、大声をあげた。


「おーい。館山―!」


 その声に、学年主任と清掃を続ける彼女が、こちらを振り返る。


「自転車の鍵、持田さんが見つけてくれたぞー!」

「え! 本当に?」


 誰もが認める完璧な美少女が、スローモーションのかかったキラキラしたステップで、こちらに近づいてくる。

走る度に揺れる長い黒髪とピュアすぎる瞳は、少女漫画そのまんまだ。

大変。

坂下くんの隣で、彼女と比べられたくない。

引き立て役には慣れてるけど、今はちょっとキツい。


「じゃ、後はお二人でどうぞ」


 逃げようとした私の腕を、彼がガッシリと掴んだ。


「ちょ、なんで……」

「なぁ。俺いまめっちゃ腹立ってるんだけど、それってなんの気遣い?」

「気遣いとかじゃなくて、当然っていうか……」

「それが持田さんからの、俺への好意ってこと?」

「は? なにそれ」

「違うなら、それでいいから」


 「好意」だなんて、そんな風に受け取ってほしかったんじゃない。

私は自分の立ち位置から外れたくない。

ただそれだけ。

艶やかな髪をなびかせ、とってもかわいい館山さんが息を切らせ駆け寄ってくる。


「坂下くん。持田さんが見つけてくれたって、本当?」

「ほら」


 彼の手が掴んだ腕を離してくれない。

私と同じ軍手のはずなのに、私より小さくて華奢で可愛い彼女の手に、赤い自転車が渡る。


「えー! ホントに見つけてくれたんだ。持田さん、ありがとう」


 ねぇ、もう逃げたりしないから。

放してくれてもよくない? 

純粋な好意から向けられたキラキラな笑顔に、私はなぜか居心地悪くて、よく出来た作り笑いを浮かべる。


「いや。館山さんが、困ってたみたいだから」

「うん。嬉しい。ありがとね。これ、すごく大事なものだったの。無くしてショックだったの。見つけてくれて本当にうれしい」


 ようやく坂下くんの手が離れる。

館山さんは大喜びして、その場できゃあきゃあ飛び跳ねながらはしゃいでいる。

そんなに大事だったんだ。

このキーホルダー。

彼女にこんなに喜んでもらえるなら、見つけてよかった。

「集合―!」という先生の掛け声が聞こえた。


「もう行かなきゃ」


 助かった。二人を残し、逃げるように立ち去る。

その瞬間の、坂下くんの整いすぎた表情のない顔が、冷たく見えたのはきっと気のせいだ。

だから見なかったことにしよう。

ずっと昼寝をしていた絢奈は、ようやく起きあがりまだ重い瞼をこすっている。


「あれ。坂下くんとなにかあった? なんかこっちずっと見てるよ」

「何にもないよ。そんなのあるわけないし」

「だったらまぁ……。いいんだけど」


 学校の体育のジャージって、どうしてこんなに風通しがよくて寒いんだろう。

春先は少しでも日が傾くと、すぐに冷たい風に変わる。

逃げてきた私はジャージのファスナーを一番上まで引っ張り上げると、そこに顔を埋めて見られたくない顔を隠した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る