第36話 誰の歌?

「え~と、ちょっと落ち着かないが、吟行の歌会を始めようか」


 ワンフロアの店の真ん中で、普通に歌会を始める雲助さんを尊敬します。店内に滝と川があるお店は初めてです。

 そらに云えば、前髪をおろした、いつもより若々しい雲助さんに、ちょっとドギマギしているのは内緒です。

 こんなお洒落なお店で、レモンサワーを頼むのは忍びなくて、前回の歌会で覚えたミント・ジュレップを注文してみました。うん、口に合うかも……。

 雲助さんはスコッチウイスキーのロック、スモーキーなやつと言っていましたが、銘柄はよく分かりません。

 北壁さんはラム酒のストレート、チェイサー付き。カリブの海賊ぽくていいだろうと言っていましたが、どちらかといえば、海賊の手下?

 夏芽さんはシンガポール・スリング。夏のカクテルといえば、これと仰っていました。次はこれにしてみよう。

 ゴン太さんはトロピカルティー。運転があるからお酒は飲まないとのこと。旦那さんの鏡です。

 山田くんは私と同じ、ミント・ジュレップ。前回の歌会で機会があったら飲んでみたかったのだと。ふふ、私と同じだ。

 みんなお酒で盛り上がっているところ、雲助さんによる、今回のルールの説明がありました。


「今回は趣向を変えて、誰の歌かは内緒で、全部の歌を出します。歌詠みに参加しない小夜さんにお願いして、みんなの歌を短冊に書いてもらいました。小夜さん、ありがとうございます」


「これくらいはお茶の子さいさいよ」


 小夜さんはゴン太さんの隣で、南国風のトロピカルフレッシュジュースを飲んでいる。帰りの運転だから、お酒を遠慮しているのかと思ったら、体質的に飲めないらしい。


「先ずは好きな様に批評して、最後に一番良かった歌に一票入れて貰う。これには小夜さんにも参加してもらいます。魔法使いの夜、初の吟行の最優秀歌とします」


 高級なガラステーブルに、六枚の短冊が並べられた。



握りしむバットに鈍き音の鳴る

ふわんと球は内野を越えり



歓声と「一塁」の声

飛び込んだベースのジャッジに噴き上ぐ熱



空席の背にアゲハ蝶

ファインプレーの歓声に再び空へ



振り下ろす指から放つ速球は

内角低め斬り裂く飛燕



野球帽を手に汗拭う投手が見上げた夏へ

吐く息ひとつ



試合後の最後の礼を交わし合う

下がったままの選手がひとり



 ひとりを除いて、特徴的な歌は鳴りを潜めています。みんな、見ているポイントが違っていて、面白いです。


「では、始めようか」

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