第30話 いつもと違う終わりかた

夏つばめの切り返しの鋭さの

静物せいぶつだったセリフの返し



「これまた、凄いのが出てきたな。この歌、好きだな……言葉にキレがある」


 雲助さんがにやりと笑う。


「さすがサト先生。すごく良いです」


 山田くんが負けじと褒めてくれる。


「こういうの出されると、僕ももっと真剣に勉強しないと、置いていかれそうだ。

 静物のセリフは変わることのない答えの比喩かな。決まった返しのはずなのに、返しの言葉を燕の切り返しに例えて、鋭く痛い答えだったことを示唆している。この比喩は適切だと思うし、僕には出せなかった言葉だ」


 夏芽さんが髪をかき上げ、キラキラのポージングを決める。いけないわ、鶫、桃色の妄想はお家に帰ってから……。


「むむむ……先輩としての立場が危うい。ハゲ短歌もそろそろ止めようかな」


「ツグミンはすごいね。毎回、想像を上回る秀作を詠んでくる。僕も勉強し直さないとね。次は僕の番だね」



アリンコの列に氷菓の家が建つ

コーンカップの土台を除いて



「ああ、ソフトクリームあるあるですね。言葉の使い方がお洒落ですね。土台のコーンカップを持って唖然としている姿が目に浮かびます」


「細井先輩の歌は豪放だったり、日常のユーモアだったり、バラエティ豊かですね。短歌って、こんなに自由なんだ」


 山田くんが感激している。


「アイスクリームを落とす、ただそれだけの光景のはずなのに、絶望感がすごい。それにユーモアたっぷりで面白いよ。遊び心に溢れている……最後は僕だね」



白南風しらはえの遊ぶ蜻蛉と夏空の暑気に耀かがよ唐黍とうきびのひげ



白南風しらはえは梅雨明けの南風のことですね。夏の蜻蛉はオニヤンマかな。耀かがようは聞き慣れない言葉ですね。ちょっと調べてみたら、きらきら光って揺れるとあります。なるほど、雨上がりの南風に唐黍のひげがきらきら光って揺れている、ぴったりの言葉です」


「この歌会は色物が多いけど、正統派の季節の光景を歌った短歌ですね。蜻蛉と唐黍のひげで夏の生命力が力強く表現されています。僕はとても好きです」


 おっ、山田くんが攻めている。最後の最後で雲助さんに慣れたかな。


「雲助の憎らしい仕掛けが生きているな。視点の動きを、最初に蜻蛉で遊ばせておいて、ピントを絞って、唐黍のひげを見せる。だけど、結句のひげの前に『の』と接続助詞をいれることで、一瞬、唐黍畑全体をイメージさせるようになっている。

 風と植物と昆虫だけで、夏に生きていると感じさせる」


 北壁さんが珍しく褒めている。


「そうだね。雲助らしさが出ているよ。繊細で大胆。とても力強いね」


 ゴン太さんがにこにこしている。


「概ね好評で、締めの歌として面目が立ったよ。僕もまだ模索中だから、古めかしい型、流行りの型にも、どんどん挑戦していくつもりだよ。

 今日はイレギュラー参加だった山田くんと、ツグミンの歌が、特に良かった。山田くんは歌会に初参加と聞いたが、感想はどうだい」


「面白かったです。僕にとって短歌は、精神安定剤のようなもので、いい意味でも悪い意味でも、感情が揺れ動いたときに詠みます。

 ずっと溜めていたけど、サト先生と連絡が取れないまま、発表することがなかったのです。今日は自分が良いと思った歌を、どんな受け取られ方をするかを、確認出来たのが良かった。

 ひと見知りのサト先生が参加していると聞いて、心配で勝負に乗りましたが、全くの杞憂でした。すっかり馴染んでいて、久しぶりのサドサト節を堪能しました」


「ああ確かに、ツグミンは時々辛辣だよね。ナチュラルスマイルで刺すみたいな」


 夏芽さんは妙に納得しているが、私はそんなサイコパスではありませんよ。


「面白いからいいじゃないか。ツグミンの隠れサドッ娘も、個性だよ個性」


 北壁さんはしれっと言い、ゴン太さんは頷いている。


「なんですか、その隠れサドッ娘とは。説明を求めます」


「まあ、ツグミンの隠れサドッ娘問題はさておいて、山田くんが良ければ、来月以降も歌会に参加しないか。君の短歌を、もっと見てみたい」


「そういうことなら喜んで。あと、この歌会には名前はあるのですか。まだ、聞いていないのですけど」


「魔法使いの夜だ」

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