第28話 メインイベント②

ふわふわの恐怖が掬うほんとうの恐怖を直視するバスルーム



「……なんというか、やっぱりというか」


「こ、これはもしかして、都市伝説のひとりかくれんぼのことですか。ぬいぐるみ目線でいえば、塩水につけられた後、見つけたといって、刃物を持った人がバスルームに入ってくるから、それは怖いです」


 えっ、そっち。……そういう見方もできるのか。

 でも、山田くん、北壁さんは絶対にそんなこと考えていないよ。


「中々、読み取る力があるようだな。ひとりかくれんぼ……確かにそうも読めるが、それを示唆する言葉が足りないな。

 映画サイコの有名シーンが明示する様に、本来、バスルームとは身ひとつの無防備な状態だ。髪を洗っている時に、なにかの気配を感じたりしたことないか。

 そんなことはないと否定しても、実際に直視してしまった時の恐怖を、言葉を重ねることで表現してみた」


 おお、初めての真面目な北壁さんの歌だ。

 ゴン太さんが涙目になっている


「私はてっきり湯船に浮かぶ髪の毛を見て、掬ってみたら、思っていた以上の量に恐怖した歌かと思いましたよ」


 あれ、山田くんが冷たい目で見ている。


「サト先生。いくらなんでも、それは萩田課長補佐に失礼だよ。そんなふざけた解釈は聞きたくなかったな」


 がーん、私が悪いの?


「いや、僕もそう思った」雲助さん。


「僕もそう思った」夏芽さん。


「そう解釈すれば怖くないな」ゴン太さん


「なるほど、そういう解釈もあるのか……こわっ、怖すぎる。なにこの歌、怖すぎる」


 北壁さん……。


「…………」


「もう放っといて、山田くんの歌を出して」



グランドの鋭いノックに飛びつけば

灼かれた汗と乾いた匂い



「すごい。山田くん……腕を上げたね。夏の練習風景が手に取れるようだね」


「うん、特に下句の『灼かれた汗と乾いた匂い』が良いね。臨場感に溢れている。ずっと野球をしてきたのかな」


「はい。高校、大学はずっと野球部でした。今も高校の後輩たちの臨時コーチをしています」


 へぇー、山田くん、そんなことしていたんだ。

 見直したぞ。得点アップだ。


「良いね。僕も好きだな。まだ、一首しか読んでないけど、ツグミンと同じくらいのレベルかな」


 なんだと。だが、ここでは私が先輩。次の歌で格の違いを見せつけてやる。


「それでは採決するよ。誰が一番良かったか、同事に名前を呼ぼうか」


「「「山田くん」」」


 全員一致でした。


「ぐぬぬ……だが、負けは負けだ。ツグミンの初デートの権利は山田くんに譲ろう」


 そうだった。えっ、本当に山田くんとデートするの?


「サト先生。明日は一緒に後輩たちの応援に行きましょう」


 私の立ち位置って……。


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