魔法使いの夜〜歌会は思っていたのと違う〜
大和田よつあし
二〇二四年四月の会 はじまりの魔法使い見習い
第1話 鶇が思っていたのと違う
四月は始まりの月である。
大手の就職に失敗し、派遣会社に入社して一年。いくつかの短期の仕事を熟しこなした後に、今年から今の会社に派遣された。
学生時代から流されっぱなしの人生です。
唯一の趣味は高校生から始めた短歌だけ。嵌りに嵌って、投稿サイトで時々いいねを貰えるだけでは満足できなくなっていた私は、今年の目標に歌会に参加すると決めていた。
とはいえ、結社の歌会に参加する勇気がない。どうしようか悩んでいた時、私を指導する推定四十歳の主任が短歌を趣味にしているという噂を聞き及んだ。
会社の花見の席でそれとなく聞いてみると、毎月小さな歌会を開いているとのこと。
是非とも参加したいとぐいぐい押すと、少し引き気味に了承を得たのであった。
「それではノー残業デーの春の歌会を始めます」
パチパチと手を叩くのは、派遣の期待の星、と自負している私こと、
丸眼鏡のモブ顔がチャームポイント。性別は腐っていても女。「魔法使いの会」と命名された歌会に、今回初めての参加です。
「本日は鶇さんが初参加なので、絶対に出席するように通達をしていたにも係わらず、不参加が二名、遅刻が一名と完全にお仕置き案件です。さて、どうしてくれよう……ふふふ」
いつもクールな雲井主任が暗黒サイドに堕ちそうになっています。
うつむき加減の眼鏡が光に反射して、表情が見えませんが、絶対悪い顔をしています。
「遅れている奴がいるから、簡単に説明をしておこう。メンバーは私を含めて四名、月に一、二回集まって歌を披露する。参加するなら最低一首は作歌すること」
「鶇くんは今回初参加だから自由に創ってもらったが、お題はその月に関するもの。例えば今月は四月だから、大きく春を歌っても良いし、エイプリルフール等の限定的な題材にしても良い。季語等の縛りもないから、その辺は大雑把で構わない」
「そして、その歌に対して、酒を飲みながら好き勝手に批評する。それが我らが歌会、魔法使いの会である。丁度注文したお酒が来たね。我々だけで乾杯しようか」
私の前にはレモンサワー、雲井主任の前にはビールの中ジョッキ、テーブルの前には大盛りの鳥の唐揚げといくつかのつまみが置かれた。
「この居酒屋は少人数の個室制だから、大騒ぎをしなければ問題ない。それに鶏唐は絶品だぞ。遠慮しないで食べてくれ」
そういって乾杯した後、こきゅこきゅと飲み始める雲井主任。ペースが早くないですか?
「すまない、待たせたね。君が僕らのサバトに参加したいという子猫ちゃんかい」
ハイトーンな美声に振り向くと、そこにはTシャツの上に薄手の黒革のジャンパー、そして黒革のパンツを身に纏った超絶美形の長髪のお兄さんがいました。
あっ、目元に軽くアイラインを入れている。
「今日はよろしくね。店員さん。僕にも中ジョッキひとつお願いね」
み、耳元に息をかけないで下さい。きゅー。
あっ雲井主任が追加の生ビールを頼んでいる。もう飲んでしまったのだろうか、早い。
「おい、遅いぞ。全く……」
渋いオジサマの雲井主任と美青年の逢瀬……いけないわ、鶇。桃色の妄想はお家に帰ってから……。
「
えっ、と反射的に平たい一点を見てしまった。
「なかなか躾の出来ていない子猫ちゃんじゃないか」
額に怒りマークが浮かび上がっている夏芽さんが頭をぐりぐりして来た。痛い痛い。
「鶇くん。初見でこいつを女と見破れた奴はいないから安心したまえ。今時、こんな形して、平たい胸を曝け出しているのが悪いのだ」
「平たくありません〜。それに年齢イコール彼女なしの魔法使い成り立ての雲助に言われたくありません〜」
「なっ、私は恋愛などという非生産的なものに興味が無いのだ。誤解を招く様な言動は慎み給え。それに年齢イコール相手がいなのは、夏芽も一緒だろうが」
「そんなことありません〜。相手ならいつもいます〜」
「相手はいつも女じゃねぇか。しかも、性別がバレると振られているし」
「ぐはぁ。それでも良いといってくれる娘もいるし……」
「お前はレズビアンじゃないだろうが。LGBTの皆さんに謝れ」
「雲井主任は三十歳だったのですね。てっきり、四十歳前の渋いオジサマかと……」
「つ、鶇くん。僕ってそんなに老けて見えるかね」
「子猫ちゃん。ナイスアシスト。この娘、可愛いからお持ち帰りしても良い?」
「良い理由あるか」
「雲井主任はいつも雲助と呼ばれているのですか」
「こいつのフルネームは雲井助左衛門。略して雲助さ」
「ええっ、そうなんですか」
「鶇くん。僕のネームプレートを見ているよね。そこに助左衛門なんて書いてないよね」
「はい、雲井大輔主任ですよね。知っています。話に乗ってみました」
「……」
「雲助、この娘可愛いからお持ち帰りしても良い?」
「止めろ。そろそろ始めるぞ……ああ、ちょっと待て。追加の生中がきた」
雲井主任は注文した生中を受け取ると、そのまま一気に飲み干した。驚く店員さんにすぐ様、もう一杯注文する。
「く、雲井主任。そんなに一気に飲んで大丈夫なのですか?」
「大丈夫、大丈夫。雲助はヘタレだから、先ずは飲まないと短歌を披露出来ないんだよ」
えー、大丈夫なのかな?
「良し!じゃあ、俺から行くぞ」
はじまりの消えた景色の向こう側
春の奏のノイズなる塔
「ふ〜ん。子猫ちゃん、この歌をどう読む?」
「鶇です。『はじまりの消えた景色』は今はもう無くて、記憶の中の風景と読みます。『春の奏』は春の装い、春らしさ、桜の隠喩かな。そうなると『ノイズなる塔』は何だろう」
「昔は無くて、今はある塔……スカイツリーかな。思い出の風景にスカイツリーはノイズと表現するのも、有りか」
「夏芽鋭い。そう、この塔はあの憎きスカイツリーのことだ」
手に持ったジョッキをぷるぷるさせている。
「雲井主任どうしたのですか」
「ああ、雲助は神谷町育ちだから、東京タワーをこよなく愛しているのさ。すっかり影が薄くなったからね」
「そんなことない、東京タワー愛好家はまだたくさん居るぞ。俺はあの鉄骨を組み合わせた赤と白のシンプルさが好きなんだ。それに対して、スカイツリーのあの近未来から来ました的な、スカした造形が大嫌いだ。その上、無駄に高いから、東京のどこにいても、目の端に入ってくる」
「そんなにスカイツリーって、目立ちましたか」
「嫌いなものは目に入りやすいものなんだね」
「出来て十年くらいでしたね。そうですね、子供の頃の思い出なら有りかも」
「鶇くんはそうなんだ……」
えっ、二人共どんよりしている、何故?
「次は僕が行くよ」
春愁の櫻よ咲ね咲き狂へ
はだかる胸にをとめは焦がれ
「どうしていつも直接的なエロ短歌なんだ。もう少し押さえろよ」
「僕は何時だって、情熱的なエロスに正直なのさ」
夏芽は唐揚げをもりもり食べながら答えた。
「『春愁の桜』『咲き狂へ』『はだかる胸』……えっえっえっ……」
「あわわわわ……」
「ほら、鶇くんがコメントに困っているだろう」
「夏芽さんのあられもない姿で……くっ、鼻血が出そう」
「鶇くん……。次は君の番だが出せそうかな」
「あっ、ちょっと待って下さい」
これは確かに素面では精神的にきついです。
目の前に置いてある、半分残っていたレモンサワーを一気に飲み干した。
店員さん、レモンサワーのおかわりを下さい。
週末に恋をしている君だけの螺旋コースター
さよならメール
「鶇くん……、辛い恋をしたんだね」
「いえいえ、私のことじゃないですよ。妄想です。フィクションです。男の人と付き合ったことなんてありませんから」
「ここにも魔法使い見習いがいた」
「何ですか、その魔法使い見習いって」
「この言葉は市民権を得たと思っていたのだが……」
「そ、そんなんじゃありません」
「ここの歌会は元々、短研OBの会という名前だったのだよ。それを夏芽が勝手に魔法使いの会に改名したのだ。非道いよね」
雲井主任はいつの間にか焼酎ボトルの水割りに変わっています。顔色は変わりませんが、酔っていますよね。
「だって、どいつもこいつも朴念仁ばかりで、目の前にこんな素敵な美女がいるのに、真面目な顔して結婚には興味がないって……酷くない」
こちらはこちらで、ハイボールを飲んでいる。
その色、かなり濃いですよね。大丈夫ですか。
「メンバーは男前を隣に置きたくないから」
「……(怒)」
あっ、一気に飲み干した。
頬がほんのり赤くて、流し目の色気が五割増しになっている。駄目よ、鶇。桃色の妄想はお家に帰ってから……。
「私の歌の方はどうですか」
「弄ばれて何も残らない悲哀さが、よく表現出来ていると思うよ。でも、なんというか、実感が籠もっているんだよな……本当に妄想?」
「こんなモブ顔の私に、ナンパなんてあるわけないです。この丸眼鏡を取ったら美少女なんて設定もないですからね」
取ってみせると、誰も何も言わない。泣くぞ。
「なんというか、こういった男に引っ掛かる女って何を求めているのかな。そもそも期待していないから、軽く付き合ったり別れたりするのか……不毛だ。やっぱり恋愛などするものじゃない」
「もういいです。次は雲井主任です」
思春期のショーウィンドウに飾られて
青いスカートの姫のぶらんこ
「ピピー、通報案件です。ここにロリコンがいます」
「なんでだよ。青春時代の美しい思い出だろう。何が駄目なのさ」
「雲井主任……『青いスカートの姫のぶらんこ』はないです。気持ち悪さしか感じません」
「……」
「ロリコンは置いといて、僕はパス。今回は一首しか出来なかった、ごめんね」
「それでは私が次に行きます。え〜と、これだったかな。まあ、いいか」
お酒がないな。主任のボトルの焼酎を貰っちゃえ。
教会にあこがれる音
意味のない午後のあいだに揺れるスカート
「なんというか、『意味のない午後』か……そこはかとない哀愁が」
「僕には結婚願望はないから、よく分からないけど、そんな感じなのかな」
「いいじゃないですか、憧れたって。その辺のモブ娘は結婚に辿り着くこどしゅら、難易度が高いのでしゅ」
「そうか、端から諦めているから、この言葉選びか……鶇くん、応援するよ」
「同情するならいい男を紹介してくらはい」
「大分酔っていないか、鶇くん。俺もこれで最後だ」
取り消したメールは想いになる前の
飛ばされた傘 桜坂にて
「ふはぁ、素敵でしゅ。ロマンチックでしゅ。私、好きでしゅ。ニャハハハ……」
「大丈夫か、鶇くん。やっぱり飲み過ぎじゃないか」
「この娘、さっき雲助の焼酎ボトルから、直接ジョッキに入れて飲んでいたぞ。これは駄目なんじゃないか」
「そうだな、今日はお開きにするか。その前に水を飲むか、鶇くん?」
「く〜」
「暫く寝かせておこう、いつもながら締まらないねぇ」
「そうだね。でもまあ……」
「「新しい魔法使いに乾杯!」」
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