第15話 あなたの誇りになれるように

 優君に会えなくなった私はとても悲しんだけれど、恐いと思っていたものは和らいでいた。恐いのはなくならないけど、から大丈夫だからと言う優君の言葉が私に力を与えてくれた。

 

 心配をかけた両親は、あんなに恐がりだった私が前向きになった事をすごく喜んでくれた。

 優君がどれだけ凄くて優しくてと話すたびに嬉しそうに聞いてくれた。その日も飽きることなく優君が優君がと両親に話していたとき、お父さんとお母さんがこう言ったの。


「本当に優君には感謝してもしきれない。いつか玲に再会させてあげたいな」


「本当にねぇ。玲もまだ自覚がないのかもしれないけど、なのかも」


「はつこい?」


「そうよぉ。玲は優君のことが好き?」 


「すき?よくわかんない」


「じゃあ優君のことを思うと、どんな気持ちになるかな?」


「きもち…ゆうくんはすごくてやさしくて…あったかかった…おふろにはいってるみたいであったかかった…ずっとくっついてたかった」


「それが好きって気持ちかもしれないわね」


「玲にはまだ早くないかなぁ?」 


「あら。女の子の成長はあっと言う間よ。だから玲。優君に再会したとき、胸を張って会えるように自分を磨きなさい。誠実に素直で誰とでも仲良くなれるように。」


「せいじつ?」


「そう。玲が知ってる優君のようになれるように。また会えたとき、今度は玲が優君を守ってあげられるような女の子を目指しなさい」


「そうだね。玲が優君に会いたいと願うなら、神様が叶えてくれるかもしれない。そのときのために」


「ゆうくんみたいに…」


 両親から言われたことは少し難しかったけど、その後の私の運命を決定づけるには十分だった。


 まだ異性に対する好きと言う気持ちを理解してなかったと思う。でも優君にまた会いたい。会って今度はもっといっぱい話したい、遊びたい、一緒にいたい。その気持ちが原動力となった。


 小学生になった私は両親がそばにいなくても一人でも、恐いという気持ちに押しつぶされて泣くことはなくなった。


 恐くないわけじゃない。

  

 初対面だったり知らない場所に行ったら不安になったりもしたけれど、そのたびに優君の言葉が私を守ってくれる、背中を押してくれる魔法の言葉になった。

 

 何かに迷ったとき、優君の言葉が思い出の中の優君が力強く支えてくれた。だから勉強もスポーツもできることはなんでも全力でやった。

 一番困難だった友達を作ることも、優君のように自分から声をかけることができた。

 

 高学年になると、家のお手伝いもできる範囲でするようにした。お母さんからは家事のイロハを、お父さんからは仕事がお休みの日に趣味だという空手を教わった。


 お父さんが教えてくれた空手の神髄は守ること。

 

 以前とは正反対のように明るくなった私を、逆に勝気すぎるきらいがあるとお父さんは言っていた。

 攻撃的ではなくとも心を養わなければ、すぐに暴力に走るかもしれないと。

 

 そうならない為に何でもいい玲が心身ともに成長できるかてとなるものを、と教えてくれた。


 そんな毎日を過ごして穏やかに季節は流れていく。


 自分で言うのもおかしな気がするけれど、中学に進学する頃には健やかに成長できたと思う。

 そんな私にも友達同士で異性の話をしたり男の子から告白されたりすることもあり、私の中に遅めの異性に対する好きと言う気持ちが明確に芽生え始めていった。

 

 そして私の優君への想いが初恋であり、という事に気づくことになった。なってしまった。

 

 嫌なんかじゃない。決して嫌なんかじゃない!


 好き。大好き。彼氏になって欲しいし告白できるなら告白したい。手も繋ぎたいしチューもしたい。その先だって三度目のデートで致しちゃいたいくらい優君が好き。大好き。(この時はイマジナリー優君だったけど)

 好きな人のことで延々と同じことをグルグル考えて抜け出せなくなるのは乙女のたしなみよね(諸説あります)。

 

 でもその幸せな気持ちが私を苦しめることになるなんて…思いもよらなかった。




 いない。優君がいないの。この世界のどこかにいるのは間違いないのに、私は優君を見つけることができない…。

 

 会えなくなったあの日から今まで、両親は一生懸命に探してくれたけど手がかりさえ見つけられないまま。

 私自身も一人で行動できるようになってから、自分なりにがんばったけど消息を掴むことはできなかった。


 優君への想いはきっと叶わない。


 これだけ探して見つからない以上、優君にはもう二度と会えないんだって…幼かったあの時は分からなかったけど。

 

 だからと言って塞ぎ込むようなことはしない。優君の魔法の言葉は、私を無敵にしてくれるから。

 

 それでも少しづつ、臆病で全てを恐がっていた小さな私が顔を覗かせる。


 負けない。負けたりしないもん。がんばるんだから。


 でも…でも…


 …胸が苦しくなるの。ぎゅーーって締めつけられるの。


 夢の中で優君が笑ってくれてるのに…何でこんなに苦しいの?


 

 毎日が楽しいのに。充実してるはずなのに。


 強くなれたのに…優君がいなくても…一人でもちゃんとできるって…。



 泣いてる。小さい自分が蹲って泣いてるの。誰かを呼んで泣き続けてる…。




 あんなにハッキリ覚えていた声も顔も少しづつぼやけて…。


 ……………

 …………

 ……… 

 ……

 …


 ぼんやりと過ぎてゆく日常の中で、歌が聞こえたの…とても綺麗な歌声が。


 学校で誰かがスマフォでながしていた動画だった。歌の心得なんてない。


 技術的な事なんて全く分からない。でも上手い下手とかじゃなくて………想い。

 

 そう、想ってるの。誰かを想っている。それが分かるの。

 

 涙が頬を伝っていく。



 その曲を歌っている人は歌姫と呼ばれ、本来なら見ることは出来ないはずの卒業コンサートの無断動画だった。


 曲の名前はAmazing grace。過去の自身の過ちを悔い改め、許しを与えてくれた神への感謝の祈りをつづるもの。

 

 がいることを知り、想い。

 

 神様なんてわからない。でも優君はいたの。私を見守り助けてくれた。


 恐いものから解放して今の私にしてくれた優君が。


 から大丈夫


 ずっと優君はそばにいてくれた。今の私を形作ってくれた。


 私の盾になってくれた。私の一部になってくれた。


 だから


 臆病で恐がりで、優君、優君と呼び続けて蹲って泣いてる小さな私を、成長した今の私なら守ってあげられる。


 自分の心を自分自身で、与えてくれた勇気と強さを胸に。


 決して揺るがない心の支えがあれば、希望を持って前向きに生きられる。


 一生会えなくても、優君の誇りになれるように。



つづく



心の成長って難しいものですよね




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