番外編 ある彼氏と彼女がほんの少しの勇気で不幸を退けるお話

 ほんの少しだけ勇気を出せば変わることもある。

でも、そのほんの少しがとてつもなく大きく高い壁となって立ちはだかり、本来であれば困難ですらないことでさえ不可能なものと思わせてしまう。


 これはとあるハッピーエンドの物語にとっては蛇足でさえない、しゃしゃり出てきた余計な話。どこかの誰かに似ただけの普通のおはなし。



 僕がイツキと本格的に友達になったのは高校に入学してからだと思う。本格的って言うのもおかしな話だけど。

 友達と言うより同じ中学で同じクラスだったけど、軽口叩く程度の知り合いだったって言うのが正しいかな。

 

 じゃあその本格的に友達になったきっかけはあるの? って言うと、ある。

そのことが無ければ縁も切れて一生会うこともなかったかもしれない。そして僕がリアルでかっこいいと思った同年代の男は? と聞かれたら、間違いなくイツキだよと答えるだろう…。

 

 それは一本の電話から始まった。電話登録はしたけど一度として使うこともかかってくることもなかった番号からだった。


「あれ久しぶり? ってほどでもないか、どうしたのイツキ君? 何か用事?」


「わりぃ今大丈夫か? ちょっと相談事があってな…」


 珍しい…。中学在学時でもイツキ君が誰かに相談とかしてるとこ見たことなかったし、だいたい音蔵さんと一緒で二人で決めてた気がするけど…。


 そう言えば音蔵さんと僕は同じ高校に受かったんだっけ。イツキ君は引っ越すから別の高校に進学するんだったか。卒業式以降会うこともなく何だろうと思ってた。

 

 相談内容は簡潔に言うとこうだった。音蔵さんと同じ高校に行きたい。


 これを聞いただけなら行けばいいじゃんで終わってしまうのだが、それを相談してきたイツキ君の現状だと、さぁ大変という事になる。


 そもそも遠距離恋愛だろうし、大学を一緒のところにすればと言ったけれど、それじゃ駄目なんだと。かなり切羽詰まった様子だった。

 

 そもそも音蔵さんに告白もしてないし恋人同士でもないらしく、そっちが先でしょと思ったが、どうしてもユイのそばにいたいんだと…。


 その熱意に打たれたと言うかなんと言うか、もあったので相談に乗ることにした。


 まずはイツキ君の家族が一人暮らしを許すかどうか? は、なんとかなったらしい。大事な一人息子を残して引っ越しするんだから心配しないほうがおかしい。

 そこを必死になって頼み込んだそうだ。学費は親に頼んだけれど、家賃に生活費などは自分でバイトをして賄うからと頭を下げて押し通したそうだ。


 次にイツキ君が行く高校の辞退は可能であり、こっちの高校への再入学は可能か?が問題だったが、少子化問題も馬鹿に出来なくなった昨今、定員割れで再試験可能期間ギリギリだけどこっちも大丈夫だった。

 

 面接→ペーパー試験合格→最終合格となる。ただし入学時期はズレてしまい一か月遅れの入学となり、夏休みに日数の補填の為の補講とレポート提出が課されることになる。


 

 第一関門は突破できる。問題は第二関門。こっちの一人暮らし用のアパート探しは、近所の商店街にある僕の行きつけの本屋の隣にある地元の佐上不動産に頼んだ。

 

 ボランティアで商店街清掃を毎月おこない(強制的にだけど)はや何年…すっかり顔馴染みからお茶飲んでいきなと誘われるくらいの間柄になった佐上のおじいちゃんに話を通したら、えらくイツキを気にいってくれて割安にしてくれた。


 女に惚れて一人暮らしするなんて今どきの男子にしては漢気があると喜んでた。

 さっそくイツキ君とご家族(イツキ君のお母さん)に引っ越し先から来てもらい、高校とバイト先の中間くらいのところでなんとか目星をつけた。


 ワンルームでロフト付きの約9畳。3点式ユニットバスで家賃3万円(もうちょいまけてくれるらしい)ならなんとかかなぁ。


 そしてうちの高校はバイト可だったのも助かったけど個人的には一番きついと思うバイト先。

 遊行費ではなく生活費となると負担も大きく稼ぐ額も少ないと話にならない。月の内訳も大雑把にだとこんなもんか。


家賃 3万円

食費 2万円

水道光熱費 1万円

通信費 5千円

娯楽交際費 と雑費も出来れば必要最低限

   

 大学進学も考えると諸々のことで自分で蓄えの一つも考えたい。

となると長期で割が良く学校生活と両立できるのだと…親の知り合いで一つ募集してたスーパーのバイト。

 早朝5時から8時までと夕方は時給落ちるが17時から20時、時給1000~1300で週4~5。扶養を外れないように月10万超えない程度稼げれば。


 それをこなした上で一人暮らしの掃除洗濯食事に学校の成績はもちろんのこと、早ければ高校2年時から大学進学の為の勉強となると、少なくとも僕には不可能だと断言できる。

 当然部活も選択肢は限られるし、遊びに行く余裕も少ないと思う。土日も勉強と家事もしくはバイトと昔の苦学生も苦虫潰しそう…。


 散々列挙したけど問題はまだまだ山ほどある。

そもそも普通の高校生がここまでして生活する必要はないし、正直メリットもない。相談に乗った以上、実現可能な範囲で手助けしたけど…諦めてもいいんじゃないかなと。


 計画の全てを実行に移すための期限間近。後はイツキ君に最終確認をするだけとなった。


「書類も揃ったし後は実行するだけなんだけど本当にやるの?今ならまだ止めても問題ないけど。」


「やるさ。男に二言はねぇよ」


軽く息を吐き

「しつこく言ったからちゃんと理解してるんだろうけど、いばらの道だよ?」


「分かってる。出来る出来ないじゃない…やるんだ」


「それは…音蔵さんのため?」


「そうだな…それもあるけど俺自身のためでもあり、俺とユイのふたりのためだ」

 

「告ってないのに?」


「まずは合格しないと話にならないだろ。それ次第ですぐに告白する。ぬか喜びさせるわけにはいかないしな」


「別にうちの高校じゃなくても、通信もあるしそっちの方が楽なんだけどね…それでも?」


「やる。本当なら受験の時に覚悟決めておけばよかったんだけどな…日和ったんだよ」


「そりゃそうでしょ。いまどきこんな苦難な道を歩くってどんな修行僧かなって」


「それが俺自身を罰することにもなると思ってな。未体験だから、ユイが告白を受け入れないかも、迷惑がかかるから、遠距離恋愛で心苦しい思いをさせるから…。

 

 全部ユイに押し付けて、俺は逃げたんだ」


「………」


「だから、やる。必ず」


 そう言って短い沈黙のあとイツキ君は僕にお礼を言って通話をきった。


 ここまで来たら応援するしかない。幸いイツキ君の成績なら試験も面接も十中八九問題ないと思う。

 たぶん音蔵さんとも上手くいくんだろう(あの雰囲気でつき合ってなかったのが驚きだよ)。

 一番懸念してる高校生活も、もう少し余裕が持てる程度にはなると思うし後は運を天に任せるか。



つづく



イツキは最高にカッコいい漢です



お前それは設定的におかしいだろっていうとこがチラホラあると思いますが、目を瞑ってーーーーー!下さいお願いします





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る