第4話 家族

それから僕は毎日違う教科の勉強課題を持って行って

君に教えていた。

最初は君も見る程度だったが

教えていく度に質問をしてくるようになった。

良かった、君が勉強っていうものに興味を持ってくれて


でも僕はまだ君に大学受験のことを改めては言えなかった。

せっかくこうやって勉強に興味を持ってくれたのに

大学受験というものを口にしてしまえば終わってしまいそうな感じが

僕には少しばかり怖かった。


____ょう__?



____しょ__?


「翔くんー?」

「え?あ、な、何?」

「全然呼んでも反応しないから、どうしちゃったのかと笑」

「ごめん笑少し考え事」


夢中になりすぎた。

こうやって君と勉強をするだけじゃ僕には不満足。

でも君は満足そう、

言おうか言わないか、僕は凄く迷って

結局言わないでいた。


「ねぇ、私、翔くんに言いたいことある。」

「なに?」


余命が短くなったのだろうか。

それとももう病院には来ないでって言うのだろうか。

やっぱり余計なお世話だったのかな

不安な気持ちで

君の口が開くまで待つ。

その時間が、君にはほんの数秒でも

僕には何十分かのように長かった。


「私、大学受験しようと思うんだ。」


その一言

僕は少し驚いた。

あんなに否定していた大学受験を

君がしたいって言うなんて。


「本当に..?」

「うん、本当。」

「私ね、翔くんが毎日勉強を教えてくれるのに感動しちゃって。私のために必死になってくれて、否定してたのがバカに思えてさ。」

「だから私、翔くんの行く大学と同じ所にいきたい。」

「もちろんだよ..」


僕は少し涙をこぼした。

僕と同じ大学に行きたいって言われるなんて

思いもしなかった。

僕が涙を拭っていると

君は微笑んで話した。


「ありがとう、私、もう少し頑張ってみるね。絶対受かって、翔くんと同じ大学で卒業する。」

「うん、頑張ろう..僕も恵奈の為に頑張るよ」

「まずは自分の事からね?笑」

「分かってるよ。ありがとう。」


僕の心の中から

居座り続けていた汚れが

一気に流れ出したみたいで

安心したし

スッキリした。

君のためにも、一緒の大学に行けるように頑張ろう。

そう思えた。


「じゃあ、また明日も、その次の日も毎日来るよ」

「そして毎日勉強教えるよ。待ってて、絶対」

「うん、待ってる。ありがとう」


笑顔で返事する君に手を振り

僕は病室を出て、病院を去った。



次の日になり、

重い足取りが嘘のように軽くなった

その様子で学校に行くと

友達には何か変わった?とか

いい事あった?とか聞かれて

自分でも驚いた。

僕の中での君っていう存在はそれほど大きかったんだな

そう思った。


そして今日も僕は君の病院に行く。

今日はどの教科にしようか、迷っていると先生が話しかけてきた。


「鈴野くん、いつも城崎さんのところ行ってるみたいだね。お友達から聞いたわ。」

「あ、そうなんですね..」

「勉強教えてるとかどうとか..」

「そうですね、教えてます」

「良かった、城崎さん、私が勉強頑張ってみようって言っても首振り続けてたから」

「そうなんですね..僕も苦戦はしましたよ..笑」

「そこで..これ、進路希望の紙、城崎さんに渡してくれる?」

「もし無理ならまた私に持ってきて、」

「はい、分かりました。」


先生から紙を受け取り僕はいつもの病院に向かった。




君の病室まで歩き、いつものように声をかける。


「学校お疲れ様!おかえり」

「うん、ただいま」

「あのさ、これ先生から受けとった、進路希望の紙」

「ありがとうっ」


そう言って受け取り、スラスラとペンを動かす。

この前までの君ならこの紙をどうしていただろうか。

でも今の君はこの前までの君とは違う。


「ねぇ、今日はどんな勉強するの?」

「今日は数学、恵奈苦手でしょ?」

「苦手だよ〜..」

「頑張るって決めたんだから、頑張ろう?笑」


そして今日も君に僕ができるだけのことを教える。


でも今日の僕はどこか引っかかっていた。


そう、それは君の家族のこと。

僕は毎日病院に来ている

そういった中で家族と鉢合わせたことはあっただろうか。

もちろん、残り先が少ないなら、1秒でも一緒にいたいはずなのに

一回も会ったことがない。

僕がいるから会いに来れない、そうだったら申し訳ないと思い

君に少し聞いてみようと思った。


「恵奈に聞きたいことがあるんだけど」

「ん?なに?」

「恵奈の、家族のことなんだけどさ」

「僕が毎日来てるから、来れないとかない..?」


そう言うと

君は気まずそうに笑った。


「あー、家族の事ね..笑」

「あ、言いにくいならいいんだ..大丈夫、ごめん...」

「私の家族はねー..」


君は平気な顔をして話す。

作った笑顔で、仮面を被ったみたいに


「私のお母さんは、私が小さい頃にどこか行っちゃったの。」

「家に帰った時はもういなかった、」

「お父さんは、お母さんが居なくなってから変わっちゃって、私が耐えられなくなって家出しちゃってから..それっきり笑」

「だから私、お母さんは覚えてないし、お父さんは覚えてるけど..今どこで何してるのかはさっぱり、笑」


「そうなんだ..」


僕はこの言葉しか出てこず、謝りたかったけど

謝りも出来なかった。


「でも全然気にしてない!私はこうやって今楽しく暮らせてるし、翔くんだっているでしょ?平気!」


平気なのかな

君はいつも無理をするから

少し心配だったけど


「良かった、僕も楽しいよ」


そう一言返した。


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喜べない春になりました。 CHIKUWA @tyomerinn

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