第13話 アカデミーの交差点
いつもの朝、聖エルドラン・アカデミーのゴシック建築に近づくと、その美しさを認めずにはいられなかった。魔法と関わり始めてから、日常はめまぐるしく変わってきていても、ここは数百年来ずっと変わらずにいる。
校舎に入ると、下駄箱の前にいた浜崎咲希子が、こっちに振り向いた。
素っ気ない態度で、すぐ下駄箱に向きなおったが、そのまま口を開いて、
「大天くん、昨日はマリアンナさんと無事に帰れたの?」
横顔を見せたまま言った。その赤いメガネが似合う涼しげな瞳は、いつもは思慕の対象だったが、秘めた思いを公表された今では嫌味のようにさえ感じられた。
とっさに正人は頷いて、
「ああ、うん。大丈夫だったよ。……あれ?」
そこで、変なことに気がついた。昨日は――タイムループで戻ってから、ということになるが――この浜崎咲希子に放課後、マリアンナと話しているところを見られていた。だから一緒に下校したのを知っていても不思議はない。
しかし「無事に」とはどういうことか? まさか、正人がマリアンナを守るため帰宅ルートを選んで帰ったことを、彼女が知っているはずがない。咲希子の態度は素っ気ないものだったが、その目には何か言い知れぬ厳粛さがあった。
『ただの皮肉かな……。まぁ、決まり文句だし』
もっと突っこんで聞いてみようかとも思ったが、その時マリアンナがやって来た。正人たちが一緒にいるのを見つけると、ちょっぴり不満げに、
「正人、咲希子と何を話してるの?」
マリアンナは少し嫉妬したような様子を見せながら、近寄ってきた。
「ああ、学校のことだよ。―――っていうか、」
そこで、彼女たちが互いに顔見知りらしいことに気づいた。咲希子の方も、この学院の華であるマリアンナを前に臆した様子はない。
「2人とも、知り合いだったの?」
交互に見やって、目をパチパチさせる。
「ええ。咲希子とは以前、文芸部に見学に行った時に知り合ったの。文集にも、一緒に寄稿したことがあるわ。ね?」
その頃のことを思い出したらしい。マリアンナに柔和な笑みが浮かび、咲希子もわずかに相好を崩した。
けど咲希子は、あたかも喜びを禁じられた修行僧のごとく目を伏せると、話には参加せずに歩きだした。
そして何を思ったか、冷ややかな声で、
「正人くんは、私よりも佐藤さんと仲がいいわ。本当に正人くんのことが好きなら、そっちのほうを心配したほうがいいかもね」
捨て台詞を残して、マリアンナの横を通りすぎていく。
途端にマリアンナの目が不安に広がり、愛しい人に確認を求めるように見つめた。
「……佐藤さん? 佐藤さんって、誰? このクラスの人?」
何を言ってるんだ、浜崎咲希子は。冷やかしだとしても、少々度が過ぎる。正人はその態度に困惑しつつ、
「それはどういう意味だよ、咲希子? 麗奈とはただ、えっと……超常現象研究会のことだよ」
まさかここ最近に起こった出来事を、彼女に話す訳にはいかない。
ところが。正人の発言を耳にして、マリアンナの瞳が興味津々といったように輝いた。
「超常現象研究会? それってすごく面白そう!私も参加したい!」
予想外の展開だった。
あそこが会員を募集している話は聞いたことがないが、さりとて無碍に断る理由もなさそうだ。研究会がとっている方針について、一度くらい佐藤麗奈に聞いておくべきだったかもしれない。とりあえず、
「見学くらいなら、できるかも。でも学校の端っこにあって人は少ないし、けっこうゴミゴミしたところだから、君みたいなお嬢様に合うかどうか」
「散らかってるってこと? そんなの平気よ。それにあんまり目立たない方が、それらしくっていいじゃない?」
マリアンナの意外な熱意に驚いたが、ともあれ、麗奈のことについて詮索されずに済むのは助かった。魔法のことは、なるべく彼女には知られずに済ませたい。
一方、すでに浜崎咲希子の姿は見えず、教室へ上がったようだ。さっきの意味深なコメントは心にわだかまり、その動機や裏にある真意について考えさせられた。
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