第2話 孤独の慰め

 溜め息を吐きながら、正人は廊下を歩く。あんなことがあった後では、世界はまるで曇った鏡のようだった。しばらくは、そこに何も写りそうにない。


『頭を冷やして、あったことを忘れたい……』

 足は自然と、学院の図書館へと向いた。


 扉を開けると、古い本のかび臭い匂いとページをめくる静かな音が、彼の悩みに休息を与えてくれた。その歴史は中世にまで遡ると言われる知の殿堂:聖エルドラン・アカデミーの蔵書の一部が、この高等部にも残っているのだ。


 それにしても、この建物は、ちょっと特殊な構造をしている。

 広い部屋の周囲を本棚が取り巻き、テーブルや椅子が並ぶ。ここまでは他所の図書室と変わりがない。

 だが部屋の中央が凹んでいて、その下にも蔵書が収められた棚がある。内容もそちらの方がディープで刺激的だと、もっぱらの評判だ。


「……上だと、人が多いな。下に行こう」

落ちこんだ正人の心は、静かな孤独を求めていた。ひとり呟くと、その凹みの底へ、正人は階段を降りていった。


 薄暗い通路を目的もなく歩いていると、ふいに、奇妙な本に目を奪われた。


 人気のない角に、誰も開くことがなさそうな分厚い百科事典が並んでいる。きっと収録しているデータも古びてしまって、もはや顧みられることもない紙の集積。

 その間に、1冊だけ、妙な装丁の本が挟まっていた。

 それは高そうな革で綴じられた本だった。普段だったら手に取るどころか、目にとめることさえなかっただろう。

 見出しには色褪いろあせた金の文字で、


〈トワイライト・マジック ~魔法で願いを叶える方法~〉


 と記してあった。


「トワイライトマジック………魔法?」

 正人は呟いた。


 ゴテゴテした装丁にもかかわらず、意外と軽そうなタイトルだ。これだけなら子供向けの絵本や、ハウツー本やなんかと錯覚してしまっただろう。

 とはいえ。


『どうしてこんなところに魔法の本が? この学校の教えには、そぐわないと思うけど……』


 裏表紙を開けてみた。が、そこに付いているはずの図書カードが見当たらない。

 ペラリと、適当にページをめくってみる。そこには奇妙なシンボルや古代の儀式、暗号のようなテクストが満載だった。どれも正人には馴染みのないものだ。

(どこか、昔やっていたゲームを連想させもした。妖精と一緒に、時を超えて古代ケルト風の世界を冒険する、当時は最新鋭のアクションRPG。)


 部分部分を拾い読みしているだけで、奇妙な興味と不吉な予感が、彼を包んでいった。

「この本、何か不気味だ…。でも、手放せない」

 思わず、独りごちた。この手の本を開いたのも、こんなに夢中になったのも、はじめてのことだ。


 試しに近くにある端末――書籍検索のデータベースに繋がっている――で、タイトルを入れて検索してみた。しかし〈トワイライト・マジック〉などという本は、どこにも登録されていなかった。

 きっと誰かがイタズラで、持参した本を棚に紛れこませたのだろう。

 なんだか不思議だ。でも、それだけに興味もそそる。


 もっと詳しく読んでみようと、怪しげな本を脇に抱え、上の階へ昇っていった。窓辺のテーブルには、あたたかな日が射している。

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