C1-13 狂気
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それから何分、何十分が経過しただろうか。ようやく進は泣き終えた。目の下は真っ赤っかで、涙を拭った右手はふやけて普段より白くなっている。
「どう? 落ち着いた?」
「うん。ありがとう」
フォランを背伸びをする。長い間同じ姿勢で窮屈にさせてしまった。申し訳なさと気恥ずかしさで、進は正面から少し顔を背けてしまう。
「ところであんた、これからどうすんの?」
「そうだなあ・・・・・・手紙とか電話とか、本当にこの世界にはないの? 家族と連絡が取りたいんだけど」
言いながら思う。きっと自分はもう家族と話すことはできないだろうと。今いるここはほかの惑星か何か、別の世界なのだ。
「手紙はあるけど電話って何なのよ?」
「遠くの人と話せる機械だよ」
「もしかして通信用魔道具のこと? あれは、番になる装置がないと意味ないわよ」
「魔道具?・・・・・・」
「魔力で動く道具よ。ほとんど破壊されて残ってるのは数台って話だけど」
仮にそれがあったとしても、家族に繋がることはありえない。残念ながら多田家には、魔道具も固定電話もない。
「この世界では遠くと連絡がとれたり、移動できる手段ってあるのか?」
「さっきも言ったけど手紙ね。あとは狼煙とか鳥か。遠距離移動は牛舎や馬ね。まあ、そもそも日本なんて国は聞いたことがないんだけど」
やはりこの世界の文明は現代より何百年も昔のようだ。文明どうのこうのよりも、聞かなければならないことがある。
「というか、この場所では法律とか軍隊とかは関係ないの? これだけ野盗が暴れ回ってるのに、どうしてフォランたちしか来ないんだ?」
「そんなものあってないようなものよ。ここは一応は帝国ミルグの領土だけど、辺境だから中央の人間たちはまず来ないわ。というか、ミルグが勝手に領土って言ってるだけなんだけどね」
思っていた通り、ここは無法地帯らしい。さて、これからどうしたものか。進が必死に悩んでいると、誰かが小屋に入ってきた。
「おっはよう進! いい夢見れた!?」
「・・・・・・」
金髪でウルフヘアの、見た目はいいが若干癪に触る女性だ。容姿は本当に整っており、卵形の顔に綺麗なブロンドに160代後半の身長。吸い込まれるような丸く黒く大きな瞳。おまけに外国の雑誌や映画でしか見たことないような黄金比のスタイルをしている。ただ、それを台無しにする空気の読めなさはある気がするが。
「この人いつもこんな感じなの? 俺会うの二回目なんだけど」
「まぁ、比較的テンション高いわね。ラッキーよあんた」
「そりゃあ、どっかの誰かさんが景気良く森を焼き払ってくれたからね。祭りみたいで気分がいいよ」
「やりたくてやった訳じゃないわよ。私は消火用の魔法なんてもってないもの」
悪党を焼き尽くした炎。当然周囲にも燃え広がり、木々を焼き尽くしてしまったのだろう。気絶していた進は全く気づかなかったが、助けてもらったので自分の胸も痛い。
「メリア。私の名前だよ、進」
彼女にとっても進の人権は確立されているらしい。握手のために左手を差し出される。手の形も綺麗だが、あちこちに傷がついている。彼女もまた、戦場を生き抜いてきたのだろう。
「あ、うん。よろしく。もう国へ連行したりしない?」
「ご希望なら?」
メリアの目は鋭いものになる。怪しい行動をすれば、すぐにでも連行するという気持ちの表れなのだろうか。進は固唾を飲む。
「いや・・・・・・そもそも二人ともどこから来たんだ?」
「内緒よ」
またもや触れてはいけないものに触れようとしたのだろうか。二人の表情は曇る。だが、何もなかったかのようにメリアが話し出す。
「で、体調は大丈夫なのかい?」
「なんとかね」
あちこちに傷があり、痛みはするが、立てないほどではない。だが、正直もう1日くらいはベッドでぐっすりと眠っていたい。肉体以上に精神が疲労しきってしまったのだから。だが、今は嫌でも体を動かさないと、二度と立ち上がれなくなるようが気がする。
「じゃあ約束どおり魔法についての授業初めて行こうか」
メリアはどこからかスケッチブックを取り出した。日に焼けて茶色く変色し、かなり年季が入っているように見える。おそらくそれは、何年、もしくは十年以上前から使用されていたのだろう。
「もっと他に話すべきことがあるんじゃないの?」
「誰かさんが適当な約束とか言うからさ、ちゃんと行動で示そうと思って」
今日はやけにトゲがあるな、フォランはそう思いながらそっぽを向いている。こんな険悪な雰囲気で開始されても困るが、そんな進の気持ちも無視してメリアはスケッチブックをめくって授業とやらを進める。
「それじゃ、まず魔法とは何かについて。一言で言えば、毎日体内で生成される魔力というエネルギーを消費することで再現できる特殊な現象だね。魔力は体力みたいなもんで、有限だよ。量は個人差もある」
「体内で生成? じゃあ俺は?」
「わからないね。進が別の大陸から来たのなら、そもそも私たちと体の構造が違うかもしれない。正直、体に魔力生成の機能があるかも判別がつかない」
「普通これだけ近寄ると多少は魔力が感じられるんだけど、あんたからは何も感じないわ。あんまり期待しないほうがよさそうね」
やはり進に魔法は使用できないのだろうか。がっかりして、少し俯く。
「それに、魔法が使えるからといって幸せとは限らないわよ」
フォランがフォローに入る。フォローというには影のある言葉を選んだような気がするが、そう受け取っておく。
「重要なのは四つのルール。魔法には色々種類があるけど、これは共通事項だよ。ただし、これを無視してくるものも極稀にある」
「無視してくる? じゃあそもそもルールではないような気がするんだけど」
「そうだね。でも、ルールを無視する魔法は、いろいろ大きな制約が課されたりするのさ。そこは応用編だから、今は無視しといて」
スケッチブックが捲られ、可愛らしいファンシーな絵で説明が書かれている。メリアは多分テーマパークとか好きなタイプの女性なんだろう。進は勝手にそんな予想をする。
「ではルールその一。魔法で作られた武器は異常に軽くて強度が高い。普通の武器なんか比じゃないくらいにね」
進はなるほどと納得する。大柄の髭を生やした男に何度も何度も曲剣を投げられた。あの男の肩がやけに強いのかと思っていたが、そういうカラクリがあったのか。
「ルールその二。魔法使いは、魔法以外では大して傷つけられない。それに魔法以外でつけられた傷は治りも早い。急所を何度も傷つければ、流石に死ぬけどね」
「体内の魔力が高強度のゴムみたいに、衝撃を緩和するのよ」
これも納得した。あの野盗の後頭部を石で思いっきりぶつけたのに、思ったよりも平気だったのはそのせいだ。攻守ともに一般人を超越しているということか。村の皆が怯えていたのもよくわかる。
「ルールその三、魔晶化。出した人間が異なる魔法と魔法が衝突すると、結晶化して弾け合う。普通、炎と剣が衝突したら本来すり抜ける。けれども、お互い魔法で出来ているなら、接触すると結晶化して相殺できるのさ」
「要するに魔法同士がぶつかれば、互いに固体化するってことよ。ある程度以上の速度で魔法同士が衝突しないといけないわ。込められた魔力量が多いほど、発生する現象よ」
「あまりに魔力量に差があれば、相殺できずに一方的にくらうけどね」
フォランが助手のように補足を合いの手のようにいれていく。なんだかんだでこの二人は仲睦まじいようだ。この現象について、進はまだ知らない。幸か不幸か魔法使い同士が正面きって勝負するところは見ていない。
「そしてルールその四。これが一番大切かもしれないね」
もったいぶるように、ゆっくりとスケッチブックを捲るメリア。そんなじれったい様子をわくわくしながら見ている進だが、とてつもなく嫌な空気を感じた。何も仕掛けがないはずなのにスケッチブックから、邪悪なオーラを感じる。
「狂気」
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