C1-14 希少性

 その一言を言った瞬間、メリアの黒い瞳が狩りを行う猫のように楕円形になる。今までにいたはずの明るい世界が暗転する。背筋がゾクりとする。


「魔力から生じるアルコールみたいなものよ。耐性のある人以外は、異常な殺人や破壊の衝動に駆られるの」


「私の体感、魔法使いの三割強はこの狂気に耐性がないね。治療法もろくなものが見つかってない」


「まぁ、端的に言えば呪いね。タチが悪いことに、持ってる魔力が強く大きいほど、発症したときは残酷になる。悪魔と変わらないわ」


 進はごくりと唾を飲み込む。思い当たる節はいくらでもある。


「あの野盗たちが人を襲ってたのも、もしかして・・・・・・」


「多分魔力の狂気にあてられたのよ。終わりのない紛争を続けてたから。ある意味では被害者かもしれない」


 まるで他人事。当の本人たちはどうなのか。恐る恐る尋ねる。


「二人はどうなの?」


「どうだろうね」


 メリアもフォランも無表情になり、数秒の間沈黙が流れる。はじめてここに連れてこられたときのように、進は冷や汗を流す。


「なんてね、冗談。はい、これで授業は終わりだよ」


 唐突にメリアに笑顔が戻る。これは本当に冗談だったのだろうか。彼女らはまともなフリをしているだけかもしれない。少なくともフォランは、正当防衛とはいえ人間を簡単に殺せるくらいには狂っている。


「それで、魔法も帰る場所もない進はこれからどうするのかな? 私は少し学がある方だけど、そんな国は聞いたことがないね」


「少しなんてもんじゃないでしょ。姉さんが知らないなら、大陸の九割九分以上は知らないわよ」


「俺みたいな顔とか服装の人は会ったことがないの?」


「ないね。見たことも聞いたこともない」


 今のところ、元いた場所に戻るための手がかりはなさそうだ。だが、考えながら思う。そもそも自分は戻りたいのかと。戻ったところで、結局は死んだような人生を再び歩むだけだ。殺される心配をしないくていいだけ、ここよりはマシかもしれないが。


「まあとりあえず散歩でもしようか。あんたの生い立ちを聞かせてよ」


 そして進は二人と一緒に村を見回った。悲惨な事件があったので、村人全員が浮かない顔を浮かべている。だが、それでも生きるための営みは止めるわけにはいかない。あちこちの煙突から煙が上がり、今確かにこの村が生きていることを感じる。


 進はこれまで自分がいた国、育ってきた環境をメリアとフォランに包み隠さず話した。二人は最初の方はありえないと茶々やツッコミをいれてきた。だが、呆れたのか考えこんでいるのか、途中からもう黙って聞くだけになっていた。きっと、数百年前の人たちに現代の話をしたら、こんな感じになるのだろう。


「——それで今に至るってわけ」


「妄想も、そこまでいけば、芸術ね」


「妄想じゃないって」


「走って空を飛ぶ鉄塊。面白いね。そこまで科学が進んだ世界なら、不自由しなさそうだ」


 二人とも、空想世界の物語を聞いていたと思っているのだろう。実際この世界との差が激しすぎ、そう感じられても仕方ない。自分だって魔法があると聞いて、冗談だと思ったのだから。


「確かに、生活が不便だって思ったことはあんまりないな。むしろ人間関係のほうが遥かに不自由してたよ」


「皮肉な話ね」


 学力やら、財力やら、フォロワー数で優劣を決めるヒエラルキー。一体なぜ皆あんなに不自由な生活を押し付け合って、それを受け入れているのだろう。あれで幸せになれるのは、一体参加者の何分の一か。


「お、婆やじゃないか。無事だったんだね」


「久しぶりだね。腹黒のメリア」


 村の端でメリアが老婦に話しかける。どうやら二人は知り合いらしい。彼女は年こそ老いているが、声はよく響き、まだまだ活力を感じる。


「ちょうどよかった。婆やの魔法<オラクル>でこの子の魔法の種類を教えてよ」


 メリアは進を婆やの前に推し出す。緊張した面持ちの進を、婆やはじっと進を見つめる。


「・・・・・・あんた、なにか悪戯でもしてるのかい? この子の魔法の影も形も見えないんだけど」


「何もしてないよ。本当に」


 婆やは驚愕の表情を浮かべる。瞳孔は大きく開いている。それは徐々に哀れみに満ちたものへと変化していく。


「それがもし事実ならこの子には魔法の形、そもそも魔法がない。こんなの初めてだよ」


「・・・・・・」


 やはり進には魔法が使用できないようだ。分かっていたとは言え、ショックではあり、暗い表情を浮かべてしまう。この世界でも自分は落ちこぼれなのだと。


「ほら、落ち込んでないでとっとと戻るわよ。お腹空いたし」


 見かねたフォランが進の背中を押して、元いた小屋へ歩かせる。一言余計ではあるものの、彼女なりの気遣いなのだろう。


「いまだに半信半疑だけど、あの子は可哀想だね。魔法が弱いほど差別が酷くなる国で、そもそも魔法すら持ってないとしたら」


 進には聞こえないよう、婆やがメリアに向かって話す。不治の病を患った子供を見るような表情を浮かべながら。だが、メリアは婆やとは全く違う感情を持ち、冷静な面持ちでこう言った。


「そうでもないさ。希少性は価値だからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る