#2 琴坂結奈
俺たちは結構仲良かったと思う。
小さい頃はお互い、ゆなちゃん、まんたくんと呼び合っていた。
だけど、ゆなちゃんはこの薄雲市から、引っ越してしまった。
引越した後は、俺の方からはゆなちゃんに連絡をしていない。
なにしろ当時まだ俺たちは小学生で、お互い、連絡手段を持ってなかった。
親との連絡用に携帯電話を持ってはいたけど、連絡先の交換の仕方は、わからなかったんだ。
だから、ゆなちゃんの引っ越しと共に、俺たちの関係は終わっていた。
ゆなちゃんがその後、どこで何をしているのか、知らないままだった。
……そう、つい、さっきまでは。
あの配信で、ユナがゆなちゃんだと分かるまでは。
あの配信の後、俺とユナはお互いの連絡先を教え合った。
そしてそこからは、メッセージアプリで、久しぶりにゆなちゃん——結奈さんに連絡を取った。
結奈さんが引っ越したのは、隣の市だった。
中学の時は、結奈さんが引っ越した先は、世界の果てかと思うくらいに遠く感じていたが、実際には、電車だったら30分位の所に引っ越しただけだったのだ。
大人になった今では、そのくらいの距離なんて、それほど遠くない。
むしろ、近所といっても良いと思う。
そんな訳で、俺と結奈さんは、今度の週末に、久しぶりに会うことになった。
俺はニートだから、週末でも平日でも、いつでも空いてはいる。
だけど、結奈さんの仕事とかあるだろうと思ったので、週末を提案した。
俺としても、週末はハロワが休みだし、就活の面接が入る事もないから、週末の方が都合が良いのはたしかだし。
そして——
その日が、やって来た。
俺は今、ファミレスで結奈さんと向かい合っている。
「まさか、万汰くんが最初のお客さんだなんて、意外だったなー」
結奈さんはそう言ってからストローに口を付け、プラスチックのカップに入ったオレンジジュースを一口飲んだ。
俺は、結奈さんの家の近くの駅まで、電車に乗って来た。
子供の頃は、ゆなちゃんが引っ越して行ったのはこの世の果てかと思うくらい遠くに感じていたのに、大人になって実際に行ってみると、あっという間だった。
久しぶりに会った結奈さんはすごく大人びて見えた。
子供の頃の印象しか残って無いから当然なんだけど。
髪は伸びて、胸も大きくなって、化粧もしてて……
結奈さんは、あの頃の面影を感じさせながらも、あの頃よりもずっと可愛らしく、大人になっていた。
照れてしまって、なかなか直視することが出来ない。
でも、話してると、どこかあの頃のあどけなさも残っていて、やっぱりゆなちゃんなんだなと思う。
「わたしたち、お互いに大きくなったね……ねえ、万汰くんは、あれから元気だった?」
「まあ……うん。そう……だね……元気だったよ……」
つい口籠ってしまう。
久しぶりにあった結奈さんに、カッコいい所を見せたいのに、今は
前の仕事を辞めてから次の仕事が見つかるまでの、一時の休職期間中なだけで、無理に引け目を感じる必要はないはずなんだけど……
頭ではそうは理解していても、社会に対して責務を果たしていないような気がして、無意識に卑屈になりそうになってしまう。
「万汰さんは今何してるの?どんな仕事してる?彼女とかいるの?あ、もしかして結婚してたりとか」
矢継ぎ早に質問を繰り出す結奈さん。
結奈さんは白いワンピースを着て、上からベージュ色の薄手のカーディガンを羽織っている。
茶色く染めた髪は、後ろで縛ってポニーテールにしており、なんと言うか、とても可愛い。
「結婚はしてないんだ。て言うか、彼女は……いない」
「そかそか」
「仕事も……休職中なんだ」
「そっかー」
明るく頷く結奈さん。
結奈さんの
直視するのが、恥ずかしい。
なんか、リアルが充実している同年代の女の子って感じがする。
それに、改めて自分の社会的立場を感じて、辛くなって来た。
ああ……惨めになる前に……
早めに切り上げて、帰ろうかな。
「そっか、万汰くんも私と同じかー」
……ん?
……同じ?
「私もね、今、仕事してないんだ。引きこもりなの。あははー」
結奈さん……も?
俺と同じニート……だったのか……
なぜだか、急に凄く安堵を覚えてきた。
なんだ……
結奈さんも……
俺と……同じだったんだ。
俺たちは……仲間だな。
さっきまで、結奈さんの事を、きらきらした遠くの存在だと勝手に思っていたのに、ニートだって知ってからは、勝手に仲間に感じ始めている。
我ながら、良い性格してると思う。
「それでね、家で何かできる事ないかなって考えて、VTuberってのを始めてみたんだ……まさかそこに万汰くんが来てくれるなんて思わなかったけど」
そうだった。
俺は今日、結奈さんにどうしても言いたい事があったんだ。
それで、わざわざ会おうって決めたんだった。
危うく忘れる所だった。
結奈さんがVTuberの話をしてくれたおかげで、思い出せた。
「ね、万汰くん、私のVTuber、どうだった……かな?」
そう、ここからは、俺は心を鬼にしなければ。
そして、ちゃんと伝えてあげなきゃ。
配信を見る事が趣味の俺だからこそ、ちゃんと言う必要があるんだ。
「結奈さん……いや、あえて呼ぼう、ユナ」
「ん?何?どうしたの急に」
「はっきり言っておかないといけない。あれは……あの配信は、酷かった」
俺は、結奈さんの目を真っ直ぐに見据えて、言った。
言い切った。
「えっ……そ、そう?……そうなんだ……」
「ああ、そうだよ。アバターは無いし、アバター代わりの絵はフリー素材だし……」
「あの絵、結構気に入ってたんだけど。ゆるキャラみたいでいいかなって」
「いや、無理あるだろ……それに音質も悪かった。どうやったらあんな酷い音になるんだ?」
「そうなの?マイク持って無いからお父さんに貸してもらったんだけど……」
「昭和のラジオみたいな音していたよ」
「そ……そうなの?……あのマイク、お父さんにもらったの」
「お父さんに?」
「うん。昔、お父さんが商店街のガラガラで引き当ててカラオケの練習に使ってたみマイクなんだって。今はもう使っていないからって、もらったの」
「そうなのか……まあ、とにかく、マイクは変えた方がいいかな」
「わかった、そうするね」
「それに、配信で身バレする様な事を言っちゃダメだ。今回はたまたま聞いてたのが俺だけだったから良かったけど」
「ああー……うん。そこは気をつけるね」
「結奈さんは女の子なんだから、そこは特に気をつけた方が良いな」
「そっか……私、そんなにダメだったかな」
「まあ……でも……悪い所ばかりじゃ無かったよ」
「ほんと?」
「ああ。良い所もあった」
「良い所って、どんな所?」
「そうだな……声……とか」
「声?」
「不満?」
「そうじゃないけど……それって、元からだし……」
「いや、声は努力だけではどうにもらないけど、だからこそ唯一無二で、とても大事なんだ」
「それはわかるけど……他には?」
「他は……特にないかな」
「え、じゃあ私の良い所って、声だけ?」
「喋り方とかも悪くなかったと思うけど、今のところ、悪い所が目立つから……まずはそこを直す方が先かな」
「そっかぁ……」
結奈さんはがっかりしたようで、下を向いてしまった。
「まあ、俺は毎日VTuberの配信を見てるから、厳しく見る方だとは思う」
「そうなんだ」
「その俺からみて、ユナは確かに未熟なところが目立つけど、改善していけばかなり良い感じになる予感はするんだ」
「予感?」
「ああ。今はまだ何ともいえないけど、何か凄いものに化けそうな予感……それは間違いなくユナの配信に感じたんだ」
「そっか……でも、私も初めてたから、そう言われても何をどう直せば良いのかわからないんだけど」
「……そうだよな」
少しの間、無言の時間が俺たち二人の間に流れる事になった。
その間、結奈さんは、何も言わずにじっと待っていた。
結奈さんは、俺が何かを言うのを待っていてくれていたんだろうか。
俺は、意を決して、言う。
「よし、じゃあ……こうしよう」
「ん?」
「俺が、ユナのプロデューサーになる」
「……え」
「ああ。ユナの問題点を全部直して、皆に凄いVTuberだと言われるようにしてみせる」
「それって……」
「だから、結奈さん。俺にユナをプロデュースさせてくれないか?」
「万汰くんが……私をプロデュースする……」
「ああ、頼む。俺に、やらせてくれないか」
結奈さんは少し困った顔をしていた。
でも、すぐに答えを出して、言った。
「……分かった。じゃあ、万汰くんにお願いするね。私の、プロデュース」
こうして。
俺はVTuberユナを、プロデュースする事になった。
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