俺の幼馴染、VTuberだった。

海猫ほたる

#1 VTuberユナの初配信

 運命の出会いなんて、そうそうある物ではない。


 そんなものは、ドラマや映画だけの話だ。


 現実はそんなに甘い物じゃない。


 だが……もし……


 もし、運命の出会いがあるならば。


 もし、その時が自分に訪れたのならば。


 その時は、全力で行くしかない。


 自分がドラマや映画の主人公だと思っているわけじゃない。


 だけど、それでも駆け抜けるしかないんだ。



 俺は、いつもの日課であるVTuver達が上げる動画やライヴ配信を楽しく巡回していた。


 今やすっかり自宅警備員ニートとして板についてきた俺は、VTuverの配信を見る事を毎日の日課として、自らに課していた。


 もちろん、見るだけではいけない。


 ちゃんと、応援の意味でコメントを入れて行くのだ。


「今日もアリアちゃん、かわいいな」


「フィーネちゃん、今日も定時配信お疲れ様です。いつも元気だね」


「ソナタちゃん、相変わらず良い声だなあ」


「ルーシア、もう12時間配信してるけど、ちゃんと寝てる?」


「ネモフィラ船長はお絵描き配信か、相変わらず上手いな……で、また兵器の絵ばかり描いてると。ほんと好きだねー」


 そんな感じで、今日も一通り、お気に入りのVTuber達の配信を見ていた。


 いつもなら、そこで終わる頃だった。


 そろそろブラウザを閉じて、ハロワに行く時間だ。


 薄雲市のハロワは平日の朝10時から夕方の4時までしか営業しない。


 求人を確かめるには、その時間にハロワに行くしかないのだ。


 そして、求人は、受付の時間内にしか提出できない。


 だから、ハロワに行く時間にはハロワを優先して、ハロワから帰ってからはのんびりと動画の視聴やゲームをするのだ。


 さて、そろそろハロワ行くか……


 そう思って、ブラウザを閉じようとした。


 その時だった。


 ふと、あるサムネイルが目が入った。


 どうやら、今ライブ配信中のVTuberがいるらしい。


 可愛らしい女の子のイラストが描かれている。


 そして、サムネタイトルはこう書かれていた。


「新人VTuverユナ、今日初めて生配信します」


 VTuberの最初の配信……か。


 このVTuberの名前は、見た事がなかった。


 本当に今が最初の配信なんだ。


 どんな初配信をしているんだろう……少しだけ、覗いてみようか。


 少しくらい、ハロワの方は遅れても良いだろう。


 どうせ、新着の求人は入ってないだろうし。


 VTuberの配信を見る事が特技の一つであるこの俺が、この新人VTuberさんの最初の配信を見てみよう。


 俺は、ライブ配信をクリックした。


 動画が流れ始める。


 同時視聴者数は俺の他には誰もいなかった。チャンネル登録者数も、0人だった。


 0人て……始めて見た。


 いや、新人なんてこんなものなのかもしれない。


 今をときめく大手VTuber事務所のユナさんやローズマリー様だって、最初はきっと、0人から始めていたに違いない。


 いや、ユナさんやローズマリー様は最初から人気あったな。


 ……大手は凄いな。


 ……いや、それはまあ良いか。


 さて、俺は新人VTuverさんの配信に集中するとしよう。


 内容は……


 ……稀に見る……酷さだった。


 なんだ、これ。


 まず、絵が酷い。


 いや、サムネのイラストは可愛らしい女の子の絵だった。


 わかりやすいフリー素材のだけど。


 で、Live2Dや3Dで動くアバターが無いのは仕方ない。


 だけど、今はフリーで使えるアバターはだってそれなりにある時代。


 だのになぜ……


 アバターもフリー素材の簡易なイラストなんだ。


 しかも、当たり前だけど、このフリー素材、全然動かない。


 ……フリー素材のイラストが動いたら逆に怖いが。


 これは、この娘のアバターなのか?


 アバターと呼んで良いのか?


 今時、紙芝居でもう少しリッチなのでは。


 ……そして、音質も悪い。


 音にこだわるVTuverさんは多い。


 特に大手のVTuberさんは高価なマイクを使っている。


 だけど、そうじゃなくても、今はマイクなんて、多少安くてもそれなりにちゃんと声は聞こえると思う。


 なのに、なぜ……


 なぜ、このユナさんの音質はとにかく悪いんだ。


 昭和のラジオかな。


 逆に何を使ったら、こんな酷い音質になるんだ。


 全く……とんでもない新人VTuberが出てきたものだな。


 むしろ凄いな。


 だが……


 だが、不思議と俺は、このユナさんの配信を見るのをやめようと思えなかった。


 なぜか……俺には、このユナさんが気になって仕方がなかった。


 確かに、アバターは酷いし、音も悪い。


 なのに、俺は……


 ユナさんの声が妙に心地良かった。


 不思議と、ずっと聞いていたいと思わせる不思議な魅力を感じていた。


 ここ最近は、片っ端からVTuberの配信を見まくってて、俺はVTuberにはそれなりに厳しい目を持っていると思う。


 その俺が、この新人VTuberユナさんには……何か、惹かれる物を感じていた。


 もし、このユナさんのアバターが、もっとちゃんとしてたら……


 もし、ユナさんの声をちゃんとしたマイクで届けられたら……


 このユナさん……化けるんじゃないだろうか。


 もしかしたら、大手事務所の超人気VTuberにも負けないポテンシャルを秘めているのでは……


 ……ま、それはないか。


 ユナさんは、俺以外に誰もユナさんの配信を見ていないのに、気にせずマイペースに話している。


 ユナさんはさっきから、美味しい食べ物の話をしていた。


「やっぱりシュークリームはホイップとカスタードが入ってるのが美味しいよねっ」


「鍋はやっぱり火鍋だよねっ。冬に食べる辛い火鍋も最高だけど、あえて夏に食べるのも暑さが吹き飛んで良いよね?」


 一人女子会みたいな会話だな。


「はあ……今配信見てくれてるの、一人かぁ……まあ、仕方ないよね。初めての配信なんて、なかなか人来ないよね」


 ユナさん、問題はそれだけじゃないですよ。


 あなたの場合、アバターと音質をまずなんとかしないとね。


「でも記念すべき最初のお客さんになってくれてありがとう。これからもユナを応援してね」


 ユナさん、懲りずに続ける気なのか。


 良い心がけだと思う。


 今は配信を見ているのは俺一人でも、いつの日かきっと。


 きっと、増えるよ。


 ……増えないかもだけど。


「えと、記念すべき配信最初のお客さんのお名前は……マンタさん……て言うんだね」


 そう。


 俺のIDはMANTA。


 俺の本名は、南洋なんよう万汰まんた。だからMANTA。


「マンタさん……かあー」


 ユナさんはふと、何かを思い出した様に考え込んだ。


 アバターが動かないから、本当に考え込んでいるのかは知らないけど。


「そう言えばね、昔ユナにも、幼馴染に〝まんたくん〟って男の子がいたんだよ」


 へえ、俺と同じ名前の幼馴染がいたのか。


 ……ん?


「ユナ、中学の時に引っ越しちゃって、まんたくんとはそれ以来会ってはいないんだけど、今どうしてるかな。元気かなぁ」


 ……知らんしそんな事情。


 いや、待て。


 待て待て待て……


 中学の時に引っ越した……?


「そうそう、ユナの幼馴染のまんたくんね、面白かったんだよ!家が隣同士だったから、よく一緒に遊んでたんだ」


 おいおいおいおいおいおい……


 家が隣同士で、名前がユナとマンタ……だって?


 まさか……


 それって……


「うちのお母さんとお父さんも、まんたくんの事を気に入ってね、まんたさん、よく遊びに来てくれたんだ。そうそう……うちでタコパした時も来てくれたんだけど……」


 たこ焼きパーティ……だと……


 なんか、覚えがあるんだが……


「ユナのお母さんね、一個だけすごく辛いタコ焼き作ってたの。そしたらまんたくん、思いっきり食べて泣いちゃったんだ」


 ……くそ、あの時は本気で死ぬかと思ったぞ。


 ……忘れる訳がない。


 ああ、俺の幼少の記憶と合致する……


「もうお母さん大慌てで、必死に謝って、まんたくんにお水飲ませてたなぁ……懐かしいな」


 ああ、俺も懐かしい。


 て事は……


 やっぱり……


 ユナさんて……


 俺の幼馴染で……


 隣に住んでて……


 中学の時にこの薄雲市から引っ越してしまった……あの子……


 て事だよな。


 俺は、配信のチャット欄にコメントした。


「ユナさん、もしかして……ゆなちゃん?」


「……えっ?」


 ユナさんに、一緒の……間があった。


 そして。


「ま、まんたくん……?今聞いてくれてるまんたさん……って、まんたくんなの?」


 ユナさんの声のトーンが上がった。


 ゆなちゃん。


 そうだ。俺の知ってる幼馴染。


 ユナさんは、ゆなちゃんだ。


「ああ、俺だよ。隣に住んでた万汰まんただよ」

 

 「えー、すごい偶然!私、ゆなだよ!懐かしいね、元気だった?」


 記念すべきユナの最初の生配信を見ていた唯一の観客である俺は……。


 その初配信で思いっきり身バレしたのだった。



 ……聞いてたのが俺一人だったの、結果的には良かったのかもだけど。

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