魔王城

「風邪ひきますよ」


雨降る夜、俺に向け傘を刺すメイドは表情一つ変えず俺の方を見つめた。


買い物帰りなのだろうか右腕には買い物カゴを掛け左手で傘を持ち俺の方を見つめたまま静止している。

しばらくお互い見つめ合った後メイドの方から口を開いた。


「こんな所で何をしているんです?」


続いて俺も口を開いた。


「見ての通りです。」


「……?どの通なんです?」


メイドは首をかしげ不思議そうに俺の置かれている状況を考えているのだろうか顎に手を添えている。

しばらく考えたあと冷たい表情のメイドは俺の目線に合わせる為しゃがみ込んだ。


「もしかして宿無しですか?」


そんな事を無表情で言われた。


「そうです。どこの宿屋も討伐隊?とかが貸し切っていて借りれなかったんです。」


俺はそれだけ伝えると顔を少し下げ視線を落とす。

メイドは立ち上がり一言「そうですか」と言いその場を去ろうとした。

メイドの傘が無くなったことにより俺の体には再び冷たい雨が降り注いだ。降り注いだ雨は俺の髪の毛を濡らし髪から流れる雫で視界がぼやけた。

髪をかき揚げ少しぼーっとしていたその時。


「――!あ、あの!」


再び俺の視界に入ってきたのはさっき立ち去ったばかりのメイドの姿だった。

さっきまでの冷たい表情が少し和らぎ目を見開く。

そのメイドの表情はまるで生き別れの大事な人を見つけたような少し驚いた表情をしていた。


「な、何です……か?」


俺はさっきまでと雰囲気が違い少し動揺してしまった。


「その――、ぼ、僕の家……僕の使えている城に来ません……か?」


「……、へ?」


突然の言葉に俺は数秒思考が停止し理解が追いつかないでいた。


△△△



雨が上がりの夜道、王都の夜は街灯の明かりで以外にも明るかった。

俺を自身の使えている城に連れて行こうと道案内をしているメイドは表情一つ変えず冷たいオーラを放っている。

俺はメイドに質問した。


「何で宿無しの俺を城へ案内しようと思ったんです?」


不思議だった。一度は立ち去ろうとした彼女が気分でも変わったのか、もう一度俺の前に来て自身の使えている城とやらに案内する理由を。

メイドは少し考えた。


「その……分かりません」


「わか……らない?」


「その、なんというか、あなたの事を見ると何だかほっとけない気持ちになったと言うか……」


メイドは自信なさそうに答えた。


このメイドは俺が情けなく雨に打たれながら座り込んでいる姿を見て同情したということだろうか?だが、同情にしてはあの表情、あの本当に心配した表情にはならないと思うしそれに、あんな数分で興味なさそうな感じから同情に変わるとも思えない。

何か怪しいと思った。しかし、もしかしたら本当に善意で俺を心配しているのかもと少し考える自分もいた。


「そうですか」


俺はそれだけ伝えるとすぐメイドの後を追った。


数分歩きメイドが足を止めた場所に俺は衝撃が走った。城と聞いていたからには大層でっかい城なんだろうなとは思っていた。しかしながら俺の予想していた城とは明らかに違う部分がいくつかあった。

まずは俺が想像していた城は壁の色は白色で庭には噴水があり城の中にはお姫様や王子様がキャッキャウフフ見たいな楽しい雰囲気の城をイメージしていた。しかし、実際は違った。

城の壁は漆黒の黒色で屋根は禍々しい紫、庭はあるがそこには無数のバラ畑、城の門にはドクロの飾りがありそれはまるでゲームや異世界物に出てくる魔王城を思わせる外装だ。


「その、場所を間違えたりとか?」


「してません。目的地はここです」


「その、聞くのを忘れていたのですがここは誰のお城なんですか?」


そもそも城と言うワードで疑問を持つべきだった。城と聞けば要は王様などが住まう家、つまりここはこの王都の王様のお家ということだろうか?


「僕のお使えしているお方は魔王様、この国を収める王でございます。」


メイドは相変わらずクールに無表情を貫いた。

俺は冷や汗をかきながらもう一度城、いや、魔王城を見た。

この城が魔王城であると確定してから禍々しい雰囲気はさらに増加する。


魔王城の門の前に立つと門はまるで自分の意思でも持っているようにゆっくりと開閉した。

そしてメイドが先導し先に進む。

俺達が門をくぐると自動ドアのように門はギィィィと耳障りな音を響かせながら閉まった。

いや、これは夢だ。なんたって俺は異世界に来てさっきまで孤児院で子どもたちと楽しい時間を過ごしていたはず。なのに……今はどうだろうか、不気味に光る青い炎を灯すランタン、カタカタと歯を鳴らすドクロ、そして城の近くからは「いやあああ!」とナニかの悲鳴が聞こえる。

俺が体を震わせるとメイドはこちらを振り向き


「着きました。今は扉を開けるので少々お待ち下さい。」


そう言うとメイドは扉の前に立ちそっと扉に手を添えた。するとメイドの手に沿って扉全体に青白い線が張り巡らせメイドの体を螺旋状の光が包み込む。

それはまるで手は指紋認証のようなそして螺旋所にメイドを包み込む光はメイド自身の身体、体を検査しているような感じだ。

数秒後光は消えて手を添えていた巨大な扉は音を立ててゆっくりと開いた。

するとどこからともなく城の中で作業をしていたであろう他のメイドたちが全員玄関に惹かれている赤色のカーペットの横に整列した。


「おかえりなさいませ、フォルテお嬢様」


お嬢様、と言うのは聞き間違えではない。メイド改めてフォルテはここのメイドではなかったのだろうか?では何故メイドの格好なんかを……


「……?何ぼけっとしているのです?早く行きますよ?」


フォルテは俺の方を一瞬だけちらっと覗き込み入口の目の前にある階段を登り始めた。



階段を上がった先には長い廊下があり廊下の左右には無数の扉があった。そしてその長々と続く廊下の一番奥にはまるでゲームのラスボスがいる部屋の扉のようなひときわ禍々しい扉があった。

フォルテはドアの前に立ちノックをした。


「魔王様!……魔王様?……ッチ」


怒りを混じらせた舌打ちを打ち息を深く吸い込む。


「お父様!さっさと扉を開けて!」


フォルテが叫ぶと扉はゆっくりと音を立てずに開かれそこからは何やらキラキラとしたオーラが漏れ始める。


「我が娘!フォルテー!あー!会いたかった。会いたかったよ〜!」


扉から現れたのはどこか気だるそうな雰囲気を出し全身をローブに包み顔もフードに隠れた男がフォルテを優しく抱きしめた。

体は紫色の煙のようにモヤがかかり手には鋭い爪を生やしフードの左右には巨大な角が二本生えているその見た目は魔術師のような外見、しかしその禍々しいオーラはローブの男から放たれているキラキラ輝いているオーラと異なり放たれている。


「はいはい、魔王様、離れてください」


「いや!離さない!だって最近反抗期なのか全然かまってもらえなかったんだよ?だからどうしたら良いか助言を貰うためにギルドにも依頼を出したりと色々苦労した!」


ギルドに依頼?どこかでその様な依頼を見たような……と考える暇もなく魔王は俺の方を睨んだ。

そのフードの中に隠れた目を光らせ俺の方をはげしく警戒しているようだ。


「ねえ?そろそろ離してくれます?流石に愛が重い」


「まあまあ、別にいいだろ?もう少し……」


男が言い終わる前にフォルテが激しく睨みつけて口を開いた。


「いい加減にしてください。離さないとそのバカでかい角へし折りますよ?」


そう言いながらフォルテは男のフードに付いている角を掴み思いっきり下に引っ張った。


「あだ、あだだだだだだ!分かった!分かった!離す!離すから!止めて、フォルテちゃん!」


△△△


「いやあ、お恥ずかしいところを見られましたね」


男、改めて魔王は恥ずかしそうに頭の後ろに手を当てた。

ここは魔王の部屋、俺がイメージしていた魔王の部屋とは異なり巨大な玉座がなければ禍々しい置物のガイコツとかもない。

部屋に入ったすぐのところに応接用のソファーが二つお互いが向き合うように設置されておりその真ん中なテーブルが一つ置かれている。

そして奥の方には事務作業用のデスクとその後ろにはこの王都アマテリア全体を見とうすことができるテラスがある。


俺は一人右側のソファに座り魔王とフォルテは二人左側のソファに座った。


「でも驚いたよ。まさかフォルテが男を連れ込む日が来るなんて!いいかい少年、うちの娘はやらんぞ!」


「……」


フォルテは魔王に冷たい眼差しを向けた。

しばらくの寒い沈黙の後を魔王は口を開く。


「いやぁ一度行ってみたかったんだよ。」


「はぁ……まお……お父様、そんなしょうもない事言いからどうなの?今夜この子をここに泊めてもいいの?」


「ああ、それは構わないよ。部屋なんていくつでもあるんだからね。」


魔王は立ち上がり今度は俺の隣に座り込んだ。


「ところで、少年の名前はなんていうのかな?フォルテ」


魔王は俺の肩に自身の腕を組みフォルテの方を見つめる。


フォルテは首を傾げ「知らない」とそっけなく答える。


「何だ。自己紹介もまだなのか?人に関心を持とうとしないのはフォルテの悪い癖だぞ?」


フォルテは少しむっとなった。


「少年、この子はフォルテ、我が自慢のそして世界で一番可愛い娘だ!まぁ見ての通り愛想の無い子だが悪いのではないんだ。こんな娘で良ければ仲良くして欲しい」


そして今度は俺の方に体を向ける。


「さあ!次は少年の番だ!この魔王城に泊まるんだ。名前ぐらい教えてもらわないとな」


奥の方に座るフォルテはもう飽きたのか口に手を当て大きいあくびをした。


「は、はい!俺は音羽カケルと言います。」


俺は答えた。するとさっきまであくびをしていたフォルテは目を見開きなにかに驚いているような表情をした。

それは数分前のあの雨降る裏路地で見せたときよりも更に目を見開きそしてその表情は段々と鈍い表情へと変わっていった。

目を細め頭を抱えながら「う、うう……」と小さな唸り声を発した。


「どうしたフォルテ、また頭が痛くなったのか?」


目をつぶり頭を抱えながら無言で頷いた。

そしてその後フォルテは頭痛が治らないため部屋に戻って休むと魔王の部屋を出ていった。


そしてこの広い部屋には俺と魔王の二人が取り残された。

お互い隣同士に座っているため魔王が今どんな表情をしているのか全然わからない。

チラッと隣を振り向くと魔王はなにか考え事をしているのかフードの横に手を当てながらブツブツと何かを呟いていた。


「ま、魔王さん?」


俺が話しかけるとハッとしすぐさま俺の方に向き直した。


「いやあ、すまん、ちょっと考え事をしていてな」


「考え事ってさっきのフォルテさんの頭痛のことですか?」


「ああ、まあな、なあカケル少年や、敬語を止めてくれないか?私は魔王だが君は一様客人扱いだ。それに私自身敬語で話されるのがあんまり好きではないのだ。だから私と喋るときはタメ口で構わない。」


「そ、それなら、分かった。」


魔王はうんうんと頷きそして立ち上がった。


「さあ、今日はもう遅い、カケルくん夕ご飯は食べたかい?」


「いえ、食べてはないです。」


「カケルくん。敬語になってるよ。」


「あ、ご、ごめんその、なんかなれなくて食べてない。」


「そうか、なら食堂に案内しよう。まだ何か食べるものが残っているはずだ。」


俺は頷き立ち上がった。そして魔王と共に食堂へと向かった。

食堂は魔王の部屋から階段を降りた先の右側の廊下をまっすぐ進んだ所にあり内装はテレビなどでよく見るパーティ会場のように豪華なものだった。

中には向かい合うように長テーブルが置かれており俺は一番端のテーブルの椅子に座った。

そして魔王もすぐ隣に座ったその時、

バンッと勢いよく扉を開ける音が聞こえそしてすぐに食堂に鎧を来た女騎士が入って来たのだ。

そしてその姿には見覚えがある。

肩まで伸びた赤毛の上にロングスカート、

そう、彼女の名を俺は知っていた。


「ティア!食堂に入る時には鎧を脱ぐようにとあれほど言ったではないか!」


「ごめんごめん、お腹空いちゃって。何残ってる?」


ティアはせっせと席に座り料理が運ばれてくるのをウキウキしながら待ち望んでいる。

そしてティアはすぐ隣に尋問した相手である俺がいるという事に気づいていないようだ。

しかし何故ティアがこんな所にいるのだろうと疑問に思いながらも俺はティアの肩にそっと触れてみた。


「ひゃ!……って、……え!?」


声が裏返りティアは目を見開き俺の顔をまじまじと見つめた。

数秒の間をおいた後ティアの方から口を開いた。


「君って、え、え?カケルくん?なんでここにいるの!?」


その質問には魔王が答えた。


「君たち知り合いだったのか!カケル少年はね宿がなく困っていた所をうちの娘が見つけたらしくてね。取りあえず今日はここで一晩泊まるんだよ。」


ティアはなるほどと頷いた。

そしてティアの疑問が解けたタイミングで奥の方から数名のメイドが料理をカートに乗せて運びに来た。

次々と置かれていく料理を目に俺はそのあまりにも美味しそうな見た目、匂いに思わず天に召されそうになるほどの美味たるなにかを感じた。

今日のメニューは牛肉のステーキに魚のムニエル、と言った者からパイ生地の中にコーンスープが入ったカップ。そして最後に山盛りに盛られた白米と行ったボリュウミーなメニューだ。

俺はテーブルに置かれたナイフとフォークを手に取りまずは牛肉のステーキを一口サイズに切り醤油ベースのソースに絡めて口に入れた。


「う、うまああああ!」


最初に来たのは肉の旨味と醤油ソースに溶け込んだ玉ねぎの甘み。それらが全て完璧にマッチしておりとても一言では語れないほどの甘さだ。

そして全ての皿が空っぽになるのも時間の問題だ。

数分しない内に皿の上やカップにあった物たちは全て俺の胃袋に詰め込んだ。満腹になった所で次に俺の疑問を解決すべくティアに問いかける。


「そういえばティアさんは何で魔王城に?」


ティアは俺の方に視線を合わせ答えた。


「ふぉふぉはふぁふぁひふぉ」

聞き取りづらいのはティアが口に食べ物を詰め込んでいるからだ。


「飲み込んでから話しなさい」


魔王がお母さんのように注意するとティアはごっくんとのみ込み話し始めた。


「ここはあたしの家みたいなものだからかな」


「家?それってどういう……」


「あたしには帰る家がないんだよ。昔、家を燃やされてしまったからね」


さっきまでの和んでいた空気が一気に暗くなり俺はそれ以上ティアの事情を聞くのを止めた。ティアの過去には何か暗い闇のようなものがあり聞いたら最後後戻りができないと思ったからだ。

話しを止めた俺達はそれから運ばれてきたデザートを楽しんだ。


△△△


しばらく時間がたった後、俺は寝室に当たる客室に案内された。

そしてこの城の大浴場で体を洗い流し渡された寝間着に着替えベットの中に入った。

気づけば今日一日はとても長く感じる。

1日中制服でこんな時間まで過ごすのも初めてだし異世界と聞いて最初は興奮したがよくよく考えたら俺の今の状況は一体どんな状況なのだろうと思う。

異世界転生の理由、それは一体何が原因で俺はこの世界に来たのか。

世界を魔獣と呼ばれる怪物から救うためだろうか?それとも神の気まぐれでこの地に落とされた?どちらにしてもなんとなくだがいずれわかるような気がした。

俺は目を閉じ異世界一日目の夜を迎え眠りについた。













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