第7話 公園

「ごきげんよう。昨晩は無事に帰れまして?」


 就業後、連日通りシュダが教会へやってきた。

 気になっていたことを問いかける。


「いや、朝起きたら路上だった」

「よく補導されませんでしたわね……」


 やはり送っていくべきだったと反省する。


「かなり早い時間帯に起きたからな。そのせいで今日はかなり寝不足だ。ふわぁ……」


 口に手を当て、大きな欠伸をする。

 目元に力がなく、見た目からも眠そうだというのが伝わってくる。


「うろ覚えでしかないんだが、昨日俺より飲んでたのに元気じゃなかったか?」

「あれくらいでは前後不覚になりませんわ」

「酒豪聖女」

「なにか……言いまして?」


 ボソッと呟いたシュダに、聖女スマイルを繰り出す。


「思うんだけど、その微笑みを見ると背筋が凍るんだが」

「あら、聖女の微笑みですわよ。慈愛と慈悲に満ち溢れた優しい笑みを怖いなどと言っては罰が当たりますわよ?」

「慈愛と慈悲に満ち溢れた……ねぇ」

「さて、本日は公園へ行きますわ」


 疑惑の眼差しでわたしをじっと見てきたが、話の転換でそれを振り払う。


「公園か」

「子どもの頃、遊びに来たことがあるかもしれませんわ。なかなか大きな公園ですし、早く向かいますわよ」

 

 ――――――――――


「ひっっっっろ!」


 街中に突如現れた緑。

 そこを進んでいくと、都会であることを忘れてしまうほどの広大な公園が見えてきた。

 地面は一面芝生で覆われており、子どもが転んでもあまり痛くないようになっている。

 公園の外周は木で囲われていて、多種多様な生き物が生息している。

 辺りを見渡すと夕方ということで人も多く、特に子連れが目立つ。

 他にも、球技に興じている若者や、歩いているご老人など、世代を超えて数多くの人が集まるのがこの公園だ。

 

「すげぇなここ。全然街中っぽくない」

「ふふっ、驚きましたでしょう?」

「なんでヒオラが自慢気なんだよ」

「自分の住む街が褒められているんですもの。鼻高々にもなりますわ」

「なるほどなぁ……ちょっと散策してくるわ」


 非日常的な場所にテンションが上がったのか、軽く走り出すシュダ。

 

「子どもですわね……」


 その様子をわたしは暖かい目で見つめた。


 ――――――――


 その後、二人で公園内をゆっくりと回って見てみる。


「景色に見覚えはありまして?」

「うーん。見たことあるような気もするようなしないような……」

「どっちなのかはっきりしてくださいまし」

「ある気がするけど……あんま思い出せないな」


 シュダは眉を下げて困ったように笑った。

 

「そういや、毎日付き添ってもらってるけど、ヒオラって友達いないのか?」

「疎遠ですけれど、一応いますわ」


 昔はちゃんと交流のある友達がいたのだ。学校でもぼっちではなかった。お嬢様言葉しか喋らないため、周囲から変な目で見られてはいたが。それでも友人となってくれる心優しい人が何人かいたのだ。

 しかし、聖女になると近寄りがたいのか、学生時代の友人と会う頻度が減った。こちらは本音で話しているのに、向こうは気を遣って話している。そういった状況が続いた。そうして年に数回しか会わなくなったのだ。

 感傷に浸ってしまって会話を疎かにしてしまったと慌てて横に視線を滑らせると、そこには包み込むような笑顔を浮かべたシュダがいた。


「な、なんですかその子供を見守る親のような目は……わたくしは聖女ですのよ! やめてくださいまし!」


 わたしが声を荒げていると、近くから子どもの声が聞こえた。

 

「あ、聖女様だー!」


 子どもが無邪気にこちらを指さして言う。

 わたしはパニックになった。こんなところに聖女がいるとわかれば、公園にいる大勢の人々がここへ押し寄せることだろう。そうなれば、大混乱を招きかねない。どうしよう……どうしよう。

 頭を悩ませていると、子どもの隣にいる母親と思しき人物が、こちらを向いてぺこぺこと頭を下げる。


「うちの子がすみません! 聖女様がこんなところにいるわけないでしょ。どう見たって普通の女性よ。聖女様はもっと凛々しくて神々しいもの」

「だそうですよ、聖女サマ」


 真横でニヤニヤと囁いてくるシュダ。

 ちょっと言い方にイラッときたのでわたしは自信満々に返す。


「変装上手なわたくしを褒めてくださる?」

「スゴイスゴーイ」

「次棒読みしたら、魔法を放ちますわよ」

「あ、はい」


 ジト目を向けるとシュダはしゅんと大人しくなった。


 ――――――――――

 

「あ、見てくださいまし!」


 わたしが指差す方向には、大きな池があった。

 この池ではなんと、近くにある小屋で釣り竿をレンタルすることで、魚が釣れるのだ。

 釣った魚はリリースする必要があるが、都会にいながらも釣りが楽しめるということで人気のスポットだ。

 早速、わたしたちは小屋へと向かった。

 中に入ると、たくさんの釣り竿が壁にかけられている。

 奥では、白髪混じりの男性が受付をしていた。

 人が良さそうな笑みをたたえている。

 そこで釣り竿を借り、簡単な説明を受けて池まで戻ってきた。


「どちらがより多く釣れるか勝負ですわ!」

「なんでそんな血の気が多いんだよ。ここはまったり釣ろうぜ」

「そうですわね……よく考えれば勝負など聖女らしくありませんもの」

「ようやく聖女であることを自覚したか」

「やはり勝負いたしますわ! 聖女であろうと勝負くらいいたしますわ! 負けた方は勝った方の夕食を奢ることで決まりですわ!」

「うぉい! チッ……一言余計だったか」


 シュダの一言にカチンときたわたしは勝負をふっかけた。

 ルールは簡単。一時間釣りをして数多く釣った方が勝ち。勝った方はタダ飯。負けた方は勝った人の分まで払わなくてはならない。

 互いに釣り針に練り餌を括り付け、池にぽちゃんと垂らす。

 しかし、いくら待っても魚が食い付かない。


「おかしいですわね。聖女が釣りをしているのですわよ。なぜどの魚も食い付かないのかしら」

「いくら聖女サマが釣りをしてたって、罠に引っかかりにくる魚は少ないだろ」


 と、その時だった。

 わたしのうきが深く沈んだ。釣り竿は大きくしなり、これでもかと重い感触が走る。


「かかりましたわ! これはきっとヌシですわ!」

「お、かかったのか。てかヌシとかいないだろこの池」


 シュダがなにか言っていたが、釣り竿を引き上げることで手一杯でなにも返せない。

 釣りとはこんなに難しいのか。その辛さを痛感している。引っ張っても引っ張ってもなかなか釣れない。

 かなり近づいてきたので引き上げようとする。力を振り絞って、一気に持ち上げた。

 魚が宙を舞った。そして、わたしは重みがなくなったことでバランスを崩し、後へ倒れ込む。

 釣れた衝撃で手放してしまった釣り竿は真横に落下し、魚は運悪く顔へと落ちてきた。


「ふべっ」


 変な声が出た。

 魚は顔の上で元気よく跳ねているようだ。ぴちぴちとした感触を覚える。


「ヒオラ、大丈夫かー?」


 シュダが心配して来てくれたようだ。芝生を歩いてくる音がする。

 彼はわたしの顔の上で踊っている魚を持ち上げた。


「あ、ありがとうございますわ。助かりましたわ」

「ほら」


 手渡された魚を両手で抱える。

 魚は思ったより小さかった。でも、満足感は大きかった。


「釣れましたわ!」

「おめでとさん!」

 

 勝負なのにシュダは手を止めてわたしを助けてくれた。それだけじゃなく、初めて魚が釣れたことを祝ってくれた。そのことに、心がじんわりと暖かくなった。


「それにしても、この魚を見ていると……とても美味しそうですわね」

「食うなよ、絶対食うなよ!」

「そう言われると食べたくなりますが……戻さなきゃいけませんもの。もちろん食べませんわ」


 両手で持った魚を渋々池へ返す。

 魚は生き生きと泳いでいってすぐ見えなくなった。

 

 その後も釣り勝負は続いた。

 シュダはわたしが一度釣り上げた直後に一匹釣り、なにかに取り憑かれたように二匹、三匹、四匹と成果を上げた。

 一方わたしはあれ以降うきが沈むことはなかった。


「この勝負俺の勝ちだな」

「ま、まだですわ。あと一分も残っていますわ」

「残り一分でどんだけ釣る気でいるんだよ……」


 公園に設置された時計を見る。

 願いも虚しく時計の針は進み、勝負は幕を閉じた。


「ヒオラ大食いだし、負けてたらどんだけ払うことになったのか想像するだけで震えるわ」


 ぽつりとシュダが言った。

 

「別に負けてもそこまで支払うことありませんわよ?」

「控える予定だったのか?」

「いえ、いつもよりもいっぱい食べる予定ですわ」

「駄目じゃねぇか!」

「そんなことありませんわ。今日の夕食は……バイキングにしようと思っていますの」

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