第6話 酒場

 建物の外へ出ると、シュダが立っていた。

 どうやら待っていてくれたようだ。


「お疲れー」

「お疲れ様ですわ」

 

 手を振りながら声をかけてきたシュダに、わたしは丁寧に返す。

 もうこりごりなのか、先程の一件についてはどちらも切り出さない。


「もう日も暮れちまったし、今日は解散?」

「そうですわね……」


 この時間からの散策はあまり向かないだろう。

 暗くて景色がよく見えない。

 今日も収穫はゼロかと思うと、先行きは長そうだ。


「あー。疲れたし酒でも飲みに行かね?」


 この男は聖女になにを言っているのだろうか。

 神聖な聖女に酒など……。


「行きますわ!」


 即答した。

 

 ―――――――――

 

 酒場は街のあちこちに点在している。

 その中でも個人的に気に入っているのは、東部の通りから一本路地に入った先にある店だ。

 知る人ぞ知る、隠れ家的なその店はおつまみが美味しく、人もあまり多くない。いつ行っても常連客ばかりだ。

 シュダと二人、夜道を歩いていく。

 店の前まで来て木製の扉を開けると、カランカランと小さなベルが鳴った。

 店内は暖色系の光に照らされている。軽く息を吸うと、酒の香りが鼻腔をくすぐる。

 テーブルと椅子が狭い空間の至るところに置かれていて、奥にはカウンタースペースもある。

 カウンター内では、白髪でちょびヒゲを生やしたマスターがグラスを磨いていた。

 賑やかな談笑を横目に、わたしたちは空いている手近な席に座った。


「マスター、注文ですわ!」


 カウンター方面へ向けて、声を張り上げる。


「はいはい?」


 マスターはこちらへのそのそと腰を曲げながらやってくる。

 

「いつものでお願いいたしますわ!」

 

 マスターは手に持っていた伝票にいつもの、と書き込む。それでいいのか……。

 

「いつもの、ね。お嬢ちゃん、あれ好きだねえ……」

「ええ。あれがないと始まりませんもの」

「ワシもあれをのむとたのしくなっちゃって……はっはっはっ」

「あれあれ言ってるのを端から聞くと、やばい薬の話でもしてるみたいにしか聞こえないんだが」

「おや?」


 わたしの対面に座るシュダに今気がついたかのような素振りを見せるマスター。驚きを滲ませながら問う。


「お兄さんも、いつものかい?」

「初めて来たやつにいつものってどういうことなんだよ……」

「初めて……? よくよくみたらお前さんだれだい? お嬢ちゃんのカレシ?」

「このマスター、大丈夫なのか……? あと彼氏ではない」


 不安を口にするシュダ。

 

「それで、お嬢ちゃんのカレシさんはなににするんだい?」

「だから彼氏じゃねぇって……まあいいや、俺はビールで」

「ビールね。ちょっとまっててねえ……」


 そう言って、カウンターまで戻って行った。

 数分後。

 

「はい、おまちどおさま」


 テーブルに二つの樽ジョッキが置かれた。

 中身はどちらもビールだ。泡が表面を覆っている。

 わたしは両手を組み合わせ、目を閉じ、祈りを捧げた。

 目を開けるとシュダが話しかけてくる。


「ヒオラもビールか」

「一杯目はビールしかありえませんわ!」

「聖女設定どこいったよ」

「設定ではありませんわ。本物の聖女ですわ」


 不満をぶつけるようにビールを口に持っていく。

 ごくごくと喉を通っていく時のこの爽快感。

 最高だ。すべてがどうでもよくなっていく。


「くぅぅぅーっ! 美味しいですわあー!」

「もはや誰だよ!」

「マスター、追加注文をしてもよろしくて?」


 誰かさんの突っ込みは聞こえなかったことにして、カウンターサイドへ手を振る。

 ちょこちょこと伝票を抱えてやってくるマスター。


「なにかね?」

「ビールのおかわりと、串焼き三十本と、からあげ二十個と、えだまめを大量に……あとハイボールをお願いいたしますわ!」

「ビールのおかわり、串焼き三十本、からあげ二十個、えだまめ大量、ハイボールね」

「聞き取れたり聞き取れなかったりどっちなんだよ……」

「ダンナさんも追加注文かい?」

「ちゃっかりグレードアップしてるし! あー、えーと、じゃあ俺は串焼きを五本ほど」

「ダンナさんは串焼き五本ね……じゃあ、できあがるまでちょっとまってねぇ」

「ほんとなんなんだこのマスター……ヒオラも突っ込んでくれよ」

「ごくごくごく」

「酒に夢中だし……」


 カウンターへ去っていくマスター。

 じゅう~と良い音が聞こえてくる。

 それからしばらくして、マスターが料理を抱えてやってきた。

 

「はい、おまちどおさま」


 往復を繰り返して、串焼き、からあげ、えだまめ、ハイボールがテーブルにどんどん並ぶ。


「はふはふ。美味しいですわ〜」


 横に持って食べていく。肉を噛むと脂が溢れ出てきた。味付けも色々あって、飽きが来ない。いくらでも食べられそうだ。

 シュダも一本掴み取り、もぐりと口の中に入れた。


「うまっ!」


 目を大きく開きながら言うと、あっという間に一本を食べ終えてしまう。次なる串焼きへと手が伸びていた。これは争奪戦になりそうだ。


 その後も串焼きを食べ、酒の量をどんどん減らしていった。

 美味しいおつまみのおかげで飲む手が止まらない。途中で強いお酒を入れたりもした。

 そのせいか、シュダの様子が変だ。


「ん〜、眠ーい」


 顔を伏せ、腕を枕にして寝ようとし始めている。


「ここで寝ては駄目ですわよ」

「ん~?」


 わたしが宥めたら不満げになにか呟き始める。と思ったら、突然床に大の字で寝転びだした。

 それを啞然と見るわたし。


「シュダ、はしたないですわよ」

「うう……」


 駄目だ。完全に酔い潰れている。


「起きませんと踏みますわよ」

「う……」


 一切動く気配を見せない。言ってしまった手前、実行しないのもなんかなあと思い、右足の爪先で軽く身体を押してみる。


「ひおら……?」


 お、反応した。ふみふみ。


「うんぅ……??」


 なにが起きているのかわかっていないようで、ふわふわとした酒の意識と戦いながらも状況把握をしようと葛藤するシュダ。

 ふみふみするのちょっと楽しいかも。もしかしたら私も酔っているのだろうか。


「起きてくださいましー」

「ん~起きてる起きてる~」


 目がうつらうつらとしていた。果たしてそれは起きているのか。


「ひおら、俺のこと踏んでない~?」

「踏んでますわよー。起きない罰ですわ」

「こらー、こまるよおふたりさん。みせでいちゃついちゃ」


 マスターの言葉で我に返る。

 自分は一体なにをしているんだ。

 恥ずかしくなって、瞬時に足を引っ込める。

 心臓がものすごく早いスピードでとくとくと鼓動を刻んでいる。

 わたしは先程からなにを……冷静になれ、冷静になれ。

 

「いちゃ……そそそそんなことしておりませんわ! シュダっ! お、起きてくださいまし!」

  

 顔が熱くなっているのを誤魔化すように、シュダの方へと意識を向けて身体を揺する。

 必死に揺すり続けていると、やがてむにゃむにゃとよくわからない声を上げ、欠伸をした。


「おはよう……」

「しっかりしてくださいまし!」


 マスターが気をきかせてコップ一杯の水を持ってきてくれた。それを受け取り、シュダへ飲むように勧めた。


 ―――――――――


 会計を済ませ、店の外へ出る。

 店内は熱気に包まれていたのか、はたまた夜風が冷たいだけなのか、とても寒い。

 反対に心はぽかぽかしていた。お酒の力だろう。

 今のシュダは、ふらついているものの意識ははっきりしている。

 

「シュダ、一人で帰れまして?」

「おお~かえれるかえれる」


 一抹の不安を覚えたが、送っていくのも面倒だしその言葉を信じるとしよう。

 通りへ出ると、暗い夜空にたくさんの星が見えた。

 

「おお! ひおら、りゅうせいぐんだー」

「ただの星ですわよ……」


 ほんとに帰れるのか……これ。

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