第5話 事件

 急ぎ足で人の集まる場所へと向かっていく。

 目的地が近づくと、怒鳴り声が聞こえた。どうやら言い争っているようだ。

 

「早く白状しろよ! なぁ!?」

「だ、だから……盗んでいませんって!」


 どちらも男性の声だ。前者は力ある野太い声で、後者はおどおどとした覇気のない声だった。

 接近してみたが、これ以上は人の山で進めない。声だけが聞こえる状況である。

 何度もぴょこぴょことジャンプをして人波の先を確認しようとする。が、他の人の後頭部しか見えない。

 ちらりと視線を横に移す。シュダは踵を上げ、背伸びしていた。表情から察するに、見えているようだ。


「どういたしますか?」

「止めたほうがいいんだよな? 多分……」

「そうですけれども……ここまでの騒動になっていることですし、もう少し時間が経てば警邏の方が来るはずですわ」


 恐らく誰かが通報していることだろう。時計塔からここへ辿り着くまでに時間もかかっていることから、直に来るはずだ。

 

「それに、変に手出しをしては揉め事がより大きくなる危険性もありますわ」

「んーただ、なにもしないのもなんかなぁ……」


 そんなことを話していると殴打の音が聞こえた。

 その後に誰かが地面に倒れるような音も。


「これはちょっとやばいんじゃないか……?」


 シュダはそう言うと人混みを強引に分け入っていく。


「シュダ! 待ってくださいまし!」


 彼が割り込んだことで生まれた微かな道をわたしも辿る。

 中心は開けていて、二人の男性が対峙していた。

 片方は五十代後半くらいのお爺さん。背は低く、小太りだ。

 もう片方は二十代くらいの青年。痩せぎすな体躯で、地面へ倒れ込んでいる。横には鞄が置いてあった。

 先程の打音は恐らくお爺さんがやったものと思われる。

 シュダはそんな二人の間に立ち、両手を広げていた。

 

「と、とりあえず落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかー! 店の商品を盗まれたのだぞ!」


 火に油を注いでしまったようだ。

 お爺さんの顔は真っ赤だ。加えて地団駄を踏んでいる。

 完全に頭に血が上ったようで言葉だけでは留まらず、シュダに腕を振り上げる。


「……っ!」


 表情を驚愕に染めつつも、向かってきた拳を手の平で難なく受け止める。

 そして、お爺さんの腕を掴んで手前に引き寄せ、軽い掛け声と共に投げ倒した。

 

「うわああああっ!」


 どすん、と背中から着地し悲鳴をあげるお爺さん。ただ、軽めに投げたようでそこまで痛くはなさそうだった。

 その様子を呆然と見守るわたし。シュダって強いんだ、と場違いな感想を抱く。


「手荒な真似して悪いな。ちょっとだけ大人しくしていてくれないか」

「ひいぃぃぃ!」

 

 敵わない相手だと身をもって知ったことで、震え始める。

 それを無視してシュダは青年の方へ近寄ると、彼を羽交い絞めにした。


「ちょっと失礼」

「な、なにするんですか!」


 いきなり自由を阻害されて慌てふためく青年。

 シュダの拘束を突破しようともがくが、びくともしない。

 

「お爺さん、彼が盗んだ物はなんですか?」


 味方してくれるとわかった途端に、顔色を良くするお爺さん。


「ん、ああ。年季の入った赤い宝石のペンダントだ」

「だそうだ。ヒオラ、頼む」


 突然投げやりにされる。

 意図を汲み取って青年の隣にある鞄を掴み、失礼いたしますわと断りを入れてから内部を探る。

 ごそごそ漁っているとチェーン状の物が手を掠めた。拾い上げるとダイヤ型の赤い宝石がついていた。

 

「こちらでしょうか?」


 わたしはペンダントを持ち上げてお爺さんに見せる。


「まさしくそれだ! お前さんやはり嘘をついておったな」

「だ、だから違うんです……」

「証拠まで見つかっているのにまだ白を切るつもりか。どれだけ諦めの悪い奴なんだ」


 また口論が始まった。溜息を吐きつつも、お爺さんへとペンダントを渡す。


「ありがとうなお嬢ちゃん。助かったよ」

「いえ。たいしたことはしていませんわ」


 青年のところへ戻ってくる。先ほどまでシュダに抑えられていたが、今は自由の身となっていた。

 顔を見ると殴られた痕があった。赤く腫れていて、見ているだけでも痛々しい。

 わたしはその赤みがかった頬に優しく触れる。

 

「ヒーテスト」


 回復魔法を唱えると、手に心地よい熱と微かな光が集まった。たちまち腫れが治まっていく。色も徐々に肌色へ変化していき、終いには元通りとなった。

 

「痛みはまだありまして?」

「い、いや……。あ、ありがとうございます……」

「お礼はいりませんわ。当然のことをしたまでですもの」


 どんな人であっても治療を受ける権利はある。彼は盗みを犯してしまったが、それが傷を治さない理由とはならない。

 と、辺りが急に騒がしくなった。何事だろうと眉を顰めていたら人の山を潜り抜けて警邏の方がやってきた。三十代くらいのがっちりした男性だ。


「ここが通報にあった場所で間違いないな? なにがあった」

「あいつがうちの店の物を盗んだんだ!」

「だから……違うんですって!」

「なにが違うんだ!」

「……詳しくはあちらの建物で聞く」


 埒が明かないと判断したのだろう。

 そうして二人が連行されていく。

 これで騒動も一件落着……と思っていたら、警邏の服に身を包んだ女性が目の前にやってきた。 


「あなた方もご同行願えますか? あのお二方だけでは主観的なことしかわからないので、客観的に今回の出来事を把握したいのですよ」

「「 えっ 」」

 

 わたしとシュダは固まった。

 一難去ってまた一難……。

 

 ――――――――

 

 取調室までやってきた。

 シュダとは別室なので、今は一人きりで椅子に座っている。

 ごたついているのか、この部屋に入ってからかれこれ体感で一時間くらい経つ。背後にある小窓から外の景色を観察すると、周囲は闇に包まれており、夕焼け空はもう見えない。

 時間が浪費されていく。

 とりあえず目先にある取り調べのことを考える。

 聖女と明かしたほうが良いのだろうか。

 しかし、明かしたら明かしたで面倒な事になりそうな予感がした。このまま一般人を装い質疑応答を突破するしかない。

 お嬢様言葉を話していると聖女だと気付かれそうで不安だ。そこはバレないように祈るしかない。

 がちゃり。

 先程の女性がやってきて目の前の椅子に腰掛ける。

 筆記具や用紙の準備も万端だ。


「それでは現場で起こったことについて詳しく教えてください」

 

 あの場でなにがあったのか、知り得る限りのことをすべて話した。 


 ――――――――――


 取り調べが無事終了し肩の力を抜いたところで、爆弾のような質問を投げかけられる。

 

「ところで一つお尋ねしたいのですが……もしかして聖女様だったりします?」


 冷や汗が全身をダラダラと伝う。聖女オーラを隠せていなかったのか。戦々恐々としながらダメ元で誤魔化してみる。

 

「いいえ、違いますわ。聖女様が街に普通にいると思いまして?」

「そうですよね。聖女様だったら専用の馬車に乗って移動するだろうからその辺にいるわけないか……。はー、オフの聖女様に会ってみたいなぁ……それでサインとか貰いたいなぁ……うへへへへ」


 なんか助かった。喋り方から察するに、聖女だとバレていたら、あと数時間はここから出れなかったことだろう。


「あ、もう帰って大丈夫ですよ。夜道に気をつけてくださいね。さようなら!」

  

 苦笑いを浮かべながら座っていたら、元気にそう言われた。

 やっと解放されたことで、安堵のため息が漏れた。

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