第8話 バイキング

「ここですわ」


 オシャレな外装の建築物が立ち並ぶ区画にその店はあった。明るい色を基調としており、煌びやかな印象を受ける。

 店名はフタエノーラ。瀟洒な文字で入口の上部にそう書かれているのを目でなぞる。

 

「また並ぶのか」

 

 レストランの時の同じように長い行列が続いているのを見て、シュダは億劫そうな空気を醸し出す。


「うぅ……お腹が空きましたわ。早く食べないと空腹で倒れそうですわ。パスタ、ミートボール、コーンスープ、ビーフシチュー……」

「なんか亡霊みたいだな」

 

 うわ言のように口から料理の名前が出てくる。

 目の前に料理の幻覚が浮かび上がる。美味しそうな香りも感じる気がする。しかし、本物ではないのでお腹は満たせない。その絶望に、見えていた幻の光景は砂のように消え去っていった。

 

「話でもして、気を紛らわせるか?」

「いいですわね!」


 そのアイデアを採用して、なにについて話すのか黙考する。

 わたしはシュダのことをまだまだ知らない気がする。

 ふと思い出したことがあるので尋ねてみる。


「そういえば……昨日の件なのですが、シュダはお強いんですわね」

「え、ああ。いや別にそこまででも。傭兵業とかやってるから多少腕に覚えがあるってだけだ」

「強い人はいつもそうやって謙遜いたしますわ。腰に下げている剣は実は伝説の剣だったりするのかしら?」

「これただのなまくらだぞ」

「切れ味の悪い剣で十分というあれでございますわね。さすがですわ」

「変な解釈をするな。単にいい剣を買う金がねぇんだよ」

「でしたら、今度切れ味の鋭い剣を買って差し上げますわ」

「いや、悪いって……」

「ご遠慮なさらずに、お金ならたんまりありますわ」 

「それはヒオラが頑張って稼いだからあるんだろ。俺の為なんかに使うなって」

「では、剣を無料で差し上げる代わりに、わたくしがピンチに陥った際に助けてくださらないかしら?」

「なるほど……そうきたか」


 タダで貰うのでは気を遣って拒んでしまう。なら、気を悪くしないような条件を取り付ければ良い。

 わたしの伝えた条件に、シュダは深く考え込む。


「じゃあその条件を飲もう。あんま高すぎる剣はやめてくれよ? 今使ってるのよりちょっといい剣でいいからな?」

「武器屋で一番高い剣を贈呈いたしますわ」

「話聞いてたか?」

「もしなにかあっては困りますもの」

「ヒオラを守れなくなるからか」

「いえ……シュダの身を案じているのですわ」

「聖女サマみたいだな……」

「本物の聖女だと何度言えばわかりますの!?」


 そんな軽口を叩き続けていると、店内に案内された。

 陽気で明るい雰囲気に、美味しそうな匂い。

 店員さんによるバイキングの説明を揃って聞く。

 九十分間の食べ放題のようだ。もし延長した場合は追加で割高な料金がかかるので注意するようにと言われた。

 席を確認した後、料理が置かれた場所へと足を運んだ。

 広い店内の奥には多種多彩な料理が並んでいた。人気なものは取り合いになっているらしく列を作っている様子が見てとれる。

 高く積まれていた白いプレートを手に取り、色々な食べ物を思い思いに乗せていく。

 席へ戻ってくると、既にシュダがいた。

 彼の真正面にそろりと座る。


「最初からかっ飛ばしてんな」


 シュダがわたしの持ってきた量を見て言う。

 そんなに持ってきたわけではない。せいぜい、ミートボール数個と、ナポリタン、ベーグル、ビーフシチュー、マリネサラダ、牛カルビ、コーンスープ、ムニエル、マカロニサラダ、ムースケーキ、シュークリームくらいだ。

 

「最初なのでこのくらいに留めておきましたわ」


 微笑んで、言葉を返す。


「これで抑えたのか……。ところで俺、バイキングって初めて来るんだが、色んな食いもんが所狭しと並んでてすごいな」

「ええ、そうですわね」

「ヒオラはここの常連だったりするのか?」

「もちろんですわ。夢のような場所ですもの。でも、ここへ来るとつい食べ過ぎてしまいますので、あまり行き過ぎないように気をつけておりますわ」

「なるほどなぁ」

 

 さて、話をしていては時間もなくなってしまう。

 祈りを捧げてから、フォークを手に食べ始める。

 

「とっても美味しいですわ……」

「一瞬でミートボールの山が消えたんだが」


 食べるのに夢中でシュダの声がよく耳に入ってこない。

 美味しい食べ物を口にしている時間は至福の時。このために生きていると言っても過言ではないかもしれない。


「おかわりしてきますわ」

「はやっ!」


 席を立ち、次なる料理を求め、奥へ行く。

 盛り付けをプレートの限界までして慎重に戻ってくると、シュダは妙な顔をして言った。

 

「さっきより多くないか?」

「先程のは、準備運動のようなものですわ」

「はあ……」


 理解するのを諦めたようで、呆然とした表情を浮かべていた。

 わたしはペンネをフォークで刺し、口へ持っていく。


「美味しいですわー」

「……ほんと、うまそうに食べるよな」


 根菜のスープをすすっと飲み、心を温める。

 シュダがずっと微笑みながらこちらを見ていることに気付いた。

 

「どうかいたしまして?」

「……いや、なんでもない」

 

 わたしが目を向けたら逸らされた。

 よくわからない方向を見ながらクロワッサンを咀嚼している。突然どうかしたのだろうか。さっきまではこっちをずっと見ていたというのに。

 よくわからないので食事に集中することにした。

 その後も食べ続けていたらフォークが皿に当たりカンと音がなった。盛り付けた分がもうなくなったようだ。おかわりをしてくると声をかけて、取りに行く。


「どうかしたのかしら……?」


 あれからわたしたちに会話はない。

 あの微妙な空気感で、なにを切り出せばいいのやら。

 頭を悩ませながら、豊富な種類のアイスを次々にトレーへ置いていく。


「うーん、悩みますわね……はっ!」


 無意識のうちに物凄い取っていたようだ。

 慌てて席へ戻る。


「どんだけアイス食うんだよ……頭痛くなるぞ」

「色々な種類があって選べなくなってしまったので、たくさん取ってきましたわ」


 トレーいっぱいのアイスを見てシュダが声をかけてきた。

 悩んでいたらこうなったと説明するのが恥ずかしくて、適当な言い訳をする。

 スプーンを手にチョコアイス、バニラアイス、ストロベリーアイス、レモンアイス……と食べ進めていく。

 と、突然頭にキーンとした衝撃が走る。


「い、痛いですわ!」

「こうなるだろうと思ったよ……」

「魔法で痛みを鎮めますわ」

「そんなんアリかよ」


 痛み止めの魔法を使って、パクパクと食べていく。

 

「面白いくらい減っていくな」


 感嘆を上げているシュダ。

 普通に話しかけてくれているし、さっきの気まずさは気のせいだったのかもしれない。


「シュダはおかわりはいたしましたの?」

「ああ。でももうお腹いっぱいで、今はこのパンケーキと格闘中」


 パンケーキの切れ端が白い皿にちょこんと載っている。

 悪戯心が働いた。怪し気な笑みを浮かべながらシュダに迫る。

 

「あーんして差し上げますわ」

「い、いや、いいって……」

「聖女のあーんなど、大変貴重な機会ですわよ。きっとこれを逃したらもう二度とありませんわよ」

「う……じゃ、じゃあ」

「はい、あーんですわ」


 フォークでパンケーキを取り、シュダの口へ持っていく。もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んだのを確認する。


「完食ですわね。よく出来ましたわ」

「俺は子どもか!?」

 

 わたしも残りのアイスをなんとか平らげた。


 ――――――――――

 

 制限時間内に無事食べ終わり、会計をしてから退店した。釣り勝負で負けたので、しっかりシュダの分まで払った。


「ゴチになったわ、ありがとな」

「いえいえ、気にしないでくださいまし」

 

 辺りはいつの間にか暗くなっており、街灯や店の光がわたしたちをぼんやり照らす。

 

「明日は、そうですわね……」


 どこへ行こうかと、思いを巡らす。

 野菜買いたいな……と考えが浮かぶ。


「休日ですし、朝からマルシェに行きますわ。そして昼過ぎに舞台劇を観ますわ」

「劇はまあわかるとして、なぜマルシェ?」

「お野菜が買いたいのですわ」

「なるほど。個人的な事情か」

 

 そんなこんなで明日の予定は決まったのである。

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