第4話

 オカ研の部室は第二図書室にある。と知ったのは昨日のことだ。

 理科室を始め、ホームルーム以外の教室ばかり集められた二号館は昼休みにこそ静かだ。階上の音楽室からは吹奏楽部の昼練の音が聞こえてくるが、壁を隔てて聞く音は却ってよそよそしく、この空間の隔絶を浮き彫りにする。

 第二図書室はそんな二号館のさらに奥まったところにある。図書室と名はついているが、ほとんど倉庫みたいな扱いだ。実際俺も生徒手帳で場所を確認するまで、その存在を知らなかった。


「失礼しまーす……」


 埃っぽさを想定してドアを開けたが、意外なほどに室内は片付いていた。普通のホームルームよりも狭い印象を受ける部屋の三面には無骨なラックが敷き詰められ、ハードカバーの本が所狭しと並べられている。部屋の中央にはとりあえず置いておきましたと言わんばかりの使い古された机に、四脚のパイプ椅子。窓はあるのかもしれないが本棚で隠れているため外の景色を見ることは叶わない。

 独房みたいだな、と少しだけ思う。

 水戸先輩はパイプ椅子のうち一つに腰掛けて、小さな小さな弁当を食べていた。俺だったら二口で食べちゃうんじゃないかというような可愛らしいやつ。俺が入ってきたことに気付いた水戸先輩は箸を止めると顔を上げてこちらを見た。

 俺の背後で扉が閉まる音。静かな部屋だ。ブラスバンドのBGMさえこの部屋には届かないのか。


「堤くん、来てくれたのね」


 百合が咲いたような控えめでありながらも確かに花のある微笑みは、なるほど学校で五本の指に入るというのも頷ける。ここからどうしたものかとドアの近くに突っ立っていると、水戸先輩は向かいのパイプ椅子を手で示した。失礼して腰掛けさせてもらう。


「とても嬉しいわ、なかったことにされてしまうんじゃないかと不安だったの」


 ほっと胸をなで下ろすような仕草にもわざとらしさはない。少なくともこの人が何かしらの悪意を持っていると俺には思えないのだ。彼女の挙動を観察していると、水戸先輩が机を挟んでこちらに身を乗り出してきた。

 距離感にたじろぐ。やっぱりこの人、変に積極的だ。千川さんの言っていたことと矛盾している。


「オカ研に入ってくれる気になった?」

「それは……考え中で……」

「そう」


 ちょっと残念そうに水戸先輩が椅子に掛け直した。距離が開いた隙に息を整える。油断するとすぐに向こうのテンポに飲まれてしまう。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「ええ、どうぞ。なんでも聞いて」

「なんで俺なんですか?」

「どういうことかしら」

「いや、俺と水戸先輩って接点もないし、俺は平凡なやつだし、それが本当にわからなくって」


 しどろもどろに説明すると水戸先輩はじぃっと俺を見た。


「だから、運命って言ったじゃない」


 そう言う水戸先輩の表情は、まるでこちらの方がおかしなことを言っているみたいに涼しげだった。

 ここで確信する。

 この人本気で言っている。


「私、あの日儀式をしていたの」

「儀式……?」

「そう、私の運命の人と出会うための儀式。その途中で突風にあおられて私めっきり諦めてたのだけど、そこに堤くんが現れたの。だから私、運命だって思ったの」


 彼女の目がキラキラと輝いている。昨日も思ったことだけれど、明かりの下ではそれがもっとよくわかる。なんせ瞳が大きい。まつげは自然に長くて、お人形さんみたいな顔なのに不自然がないのだ。その美しさは曇りのなさも内包している。

 がたん、と大きな音がして、それは彼女が勢いよく立ち上がった勢いで椅子が倒れたせいだった。胸の前で手を組んで熱弁する彼女を誰が止められようか。世界がひっくり返ったって、この人はこう在り続けるのだろうと錯覚した。


「全ては神の思し召しよ。決められたことなの。だからね、堤くんはオカ研に入るべきよ」


 水戸先輩が机の上に置いてあった紙をすっと俺の前に差し出した。上部には『入部届』と印字してある。


「これで理由はわかったでしょう。さあどうぞ、記入して。名前だけでいいから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 手にサインペンを握らされそうになったところで、俺はようやっと声を上げた。


「やっぱりそんな急に言われても……オカ研の活動もよくわからないのに入れません」


 口をついて出た口実は、水戸先輩にもなんとか届いたらしい。彼女は手を離して、そうね、と小さく呟いた。顔を伏せ、口元に手をやり少し考えるそぶり。

 数秒考えて何かを思いついたのか、水戸先輩の顔に微笑みが浮かんだ。


「だったら、今晩オカ研の活動を見学してみる? そうしたらきっと、堤くんにも楽しさがわかってもらえると思うの」

「え、えーっと……今晩……夜、ですか?」


 放課後、ではなく今晩、という言い方に少し引っかかる。戸惑っていると水戸先輩がこちらを安心させるようなふんわりとした微笑を俺に向けた。


「そうよ。夜の方が怪異たちはざわめき出す……私たちの活動は陽がすっかりと沈んでからが本番なの」


 それで昨日もあんな時間に一人で突っ立っていたわけか。正直住宅街で御札を使ってやる活動なんてちっとも想像がつかないが。

 夜、水戸先輩と二人きり。それだけ抜き出せばドキドキのシチュエーションだ。実際は別の意味でドキドキしているが。

 マズい気がする。なんだかすごくマズい気がする。


「夜は親が心配するかもしれないので……」

「おかしいわね。堤くんのご両親は出張中でしょう」

「なんで知ってるんですか!?」


 思わず大声を上げると、水戸先輩は少しいたずらっぽくはにかんだ。さっきまでとは違う少しあどけない表情で彼女は俺を見上げる。


「占ったのよ」

「う、占い?」

「運命の相手のことを調べるのは当然だもの」


 釈然としない。釈然としないが俺の境遇を言い当てられたのも事実だ、思わず口籠っていると水戸先輩が頬に手を当てて首を傾げた。しれっとした様子にまたペースを崩されそうになる。


「……わかりました」

「本当?」

「今日、とりあえず参加して、それで合わなかったら入りませんからね」


 ここで水戸先輩を言い包めることは不可能だと判断した。それならいっそ、とびきり活動中につまらなさそうにしてやろう。少し罪悪感はあるが、その方がいい。だって俺は水戸先輩の運命の相手なんかじゃない。


「ところで、今日はどんな活動をするんですか?」


 そういえば聞いてなかったと問うと、待ってましたと言わんばかりに水戸先輩が胸の前で手を合わせた。


「堤くんは七不思議って知ってる?」


 はい、最近聞きました。

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