⓼ 母親の過去を辿る手紙《返信》高瀬 奏➠藤野 真澄

 藤野ふじの 真澄しんちょう



 返信いただきありがとうございます。

 そういうことだったのですね。母がどれだけ身を切るように私を育ててきたか。

 あなたがどれだけ家柄のことを言い訳にしても、私たちが苦労を背負ってきた事実は変わりはありません。


 いまさら会いたいとか謝りたいとか言われたところで、お断りします! お引き取りください!








 ……と本当は言ってやりたいところです。

 ですが、幼少期は貧しい家庭でしたが、いまは幸せに暮らしています。

 

 生前の母に、私の父親はどんな人かと尋ねたところ、『離れ離れで逢うことは叶わないけど、私にとってはヒーロー』などと言っておりました。


 父親をこんな形で知ることになるとは思ってもみませんでしたが、本来ならば墓場まで持っていきたい秘密をちゃんと手紙という形で私に教えてくれたこと、母があなたに住所を知らせていなかったことであなたには謝る手段がなかったと思われること、何と言っても母があなたのことを愛していたように思えること。

 ここは、いったん母に免じることにします。もう私は31歳を迎えたいい大人ですからね。


 茶掛については、なぜあなたに返そうと思ったのか、母が死んだいま、真意を尋ねることはできませんが、和顔愛語を貫いて生きてきたことを、あなたに伝えるための『辞世の句』なのではないかと勝手に推測しています。

 私が母の立場なら、茶掛を売り飛ばしていたかもしれませんが(笑)、それほどまで母はあなたのことが好きだったのですね。


 お父さん、とはいまは呼びません。

 会ってみて、あなたの謝罪の誠意が伝わってきたら考えます。茶掛も、あなたに和顔愛語を貫いて32年間生きてきたことが伝わったいま、あなたにはその茶掛は不要かもしれません。


 あなたに会ってみて、私が心からあなたを許し、あなたの娘だということを受け止めることができたら、あなた(お父さん)と父娘であることの証として、茶掛を受け取りましょう。


 では、いつでもお待ちしております。



          高瀬 奏

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