① 異世界からの手紙《往信》野原 宏➠青木 室長

 青木室長 室長


 拝啓


 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。突然のお手紙にて驚かれたことと思いますが、なにとぞご容赦ください。


 まずはこの度の無断欠勤と、返信が遅くなりましたこと、決算前の多忙な時期、なにより室長には大変なご迷惑をおかけしたこと、心より深くお詫び申し上げます。


 私の携帯電話に室長よりおびただしい着信があったことはもちろん承知しておりました。それに対して返信できなかったことは故意ではなく、ひとえに私のおかれている環境のせいです。


 信じられないかもしれませんが、私は今『異世界』というところに来ております。


 その日の夜、十日以上続いた深夜残業で終電を逃した私は、徒歩にて帰途についておりました。その途中、車道の真ん中で震えている仔犬を見つけたのです。私は犬のシロと暮らしていることもあり、どうしても見て見ぬふりはできませんでした。そしてその仔犬を助けようとしたところを、トラックにはねられたようなのです。


 気づいたときには『異世界』にきておりました。そこは現代日本の東京とよく似ているのに、なぜかハイレグを着用した人間が蔓延まんえんする別世界です。


 ヒーローと宇宙人の織り成す世界に、最初こそ戸惑いましたが、私には趣味のアニメの知識がありました。今では『ぶりぶり左衛門』と名乗るブタの仲間も増え、魔王討伐に欠かせないメンバーの一人として、せわしなくも充実した日々を送っております。


 いつそちらの世界に戻れるのか分からないので、もうしばらくこちらの世界で頑張ってみようと思います。


 室長には大変お世話になりましたが、私の現状をご理解いただければ幸いです。無事に暮らしておりますので、これ以上の心配も御連絡も無用と存じます。


 またまことに勝手ながら、このまま研究所にご迷惑をおかけするのも心苦しく、私のことは気にせず退職の手続きを進めてください。


 最後になりますが、室長と研究所のますますのご発展を祈念し、お別れのご挨拶とさせていただきます。


                                        敬具


                        アクションサイエンス研究所

                        総務局総務部総務課総務室総務グループ総務係長

                             野原のはら ひろし

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