⓵ 異世界からの手紙《返信》青木 室長➠野原 宏

前略  野原 宏 様


 この手紙にはいくつも不審な点がある。以下にその概要を列挙することにしよう。


1 異世界でありながら手紙を送ってこれていること。

2 異世界なのに、不在着信があったことを認知できていること。

 ・ 異世界にいる野原くんの手元に携帯電話があるなら、どうして圏外になっていないのか。

 ・ 野原くんの携帯電話が現世界にあるのなら、着信があったことは誰から知ったのか。

3 ゴルフと飲み歩きくらいしか趣味のないはずの野原くんに、アニメの趣味があったなど聞いたことがないこと。

4 差出人の住所が春日部市の自宅になっている上、消印が春日部市になっていること。

5 そもそもとか、とか、何者なのか分からないこと。君は巫山戯ふざけているのか。


 以上の不審な点から、下記5パターンの蓋然性が認められる。


ア 野原くんは異世界でなくて、春日部の自宅に引きこもっているものの、異世界とか別世界などというを挟む余裕がある。

イ 野原くんはハイレグを着用したホステスがいる夜の店に通い詰めるうちに、厨二病ちゅうにびょうを発症した。

ウ 野原くんは異世界でなくて、春日部の自宅内にいるものの、精神状態に異常をきたし、幻覚、幻聴により、現実と幻想の区別がつかなくなっている。

エ 野原くんは悪の手下にトラックで撥ねられた上に、組織に監禁されている。したがって住所も出鱈目でたらめで、何者かが春日部市内から投函した。

オ 野原くんは、この手紙をしたためた後、ワームホールをくぐり抜けて本当に異世界に転移したこと。


 可能性アの場合は、いちばん安心できて、かつ現実的なケースだ。深夜残業が十日以上も続く勤務体系を見直し、無駄な事務処理を簡略し、人員の確保、有給休暇取得の奨励など、働き方改革を進めることを約束する。無断欠勤を不問に付し、退職の手続きはペンディングとするので、復帰を心待ちにしている。返信をしてほしい。


 可能性イの場合は、アの次に安心できるケースだ。厨二病の原因が、十日以上も続く深夜残業であれば、間違いなく労働災害に当たるだろう。すぐに、精神科クリニックへの通院をおすすめする。ただし、夜の店に通い詰めていることが、三三重みさえ夫人にバレると、異世界転移よりも恐ろしい事件が発生するので、手紙の取り扱いに厳重注意を要する。


 可能性ウの場合は、精神が崩壊しており、いよいよ心配なケースである。厨二病はまだ冗談で済まされるレベルだが、幻覚・幻聴を来すレベルは、異常である。違法薬物を悪意を持った第三者に投与された可能性も否定できない。早期の受診と必要に応じた入院を命ずる。所の規定で病気休暇の申請が可能だから、安心して療養に努めてほしい。


 可能性エの場合は、もはやこの手紙も届かない。警察に届け出るレベルだ。しかし、ゴルフと飲み歩きくらいしか趣味のない野原くんが、事件に巻き込まれるような人間には見えない。もし、この手紙を受け取った悪党に一片の良心が残っているのならば、可及的速やかに野原くんを解放し、可及的速やかな自首を要求する。


 可能性オは、限りなく確率はゼロに近い。言わば空想上の可能性である。ワームホールが発見されていない中で、もし本当にそれを発見できて、時空を行き交う方法を見出しているのなら、ただちに研究所に申し出なさい。一気に所長に昇進するくらいの、大栄転が待っている。しかし、その可能性は0.000000000000000000000000001パーミルと私は見ている。


 無断欠勤は、社会通念上褒められた行為ではないが、あまりにも不審な手紙から、野原くんの身を案じている。状況によっては、充分情状酌量の余地がある。


 また、返信をくれることを心より望む。

 

                                     草々


                           アクションサイエンス研究所

                           総務局総務部総務課総務室長

                             青木あおき 室長むろなが

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