伝授


『灯』と『鳳』の交流期間――その目的は、異なるスパイチームがお互いの技術を開示し、刺激し合い、実力を高め合うことにある。

 龍沖での敗北から己の指導力に限界を感じたクラウスは、『鳳』を陽炎パレスに招いた。その真意を『鳳』はすぐに察し、まるで妹分のように『灯』を大切に扱い、養成学校のエリートならではの技術を授けていた。

 が――哀しいかな『灯』の少女たちの大半は、その目的に気づかない。

 しっかり説明しなかったクラウスが悪いのだが、リリィを中心にして多くの少女たちは『鳳』を「なんか勝手にやってきた奴ら」と認知し、追い出そうと躍起になっていた。

 ゆえに技術の伝授は、しばし難航した。

 これは『鳳』と『灯』の間で、もっとも困難を極めた組み合わせの話。




「………………………………疑」


 交流期間終盤、『凱風』のクノーは悩んでいた。

 生来の口下手である彼は、『灯』の少女たちの扱いに手を焼いていた。

 ――ぎゃんぎゃんと騒がしく、パワフルな行動力を秘めた少女たち。

 クノーがもっとも苦手とする、人種である。

 他の『鳳』のメンバーたちは、既に己の技術を伝えている。ファルマはティアとグレーテへ。キュールはサラへ。ランはアネットへ。ビックスはジビアへ。ヴィンドはモニカへ。強制的に伝授するもの、コミュニケーションの中で伝えるもの――方法は様々だが、養成学校の落ちこぼれたちを彼らなりに導いている。

 クノーの担当は、エルナとリリィだった。

 エルナは既に指導済みだ。双方コミュニケーションが苦手なため、互いに通じる点があった。育てた野菜を渡しながら、クノーの隠密技術のコツを伝えた。

 だが、問題はリリィ。あの喧しい少女をどう導くか。


「…………是。手紙でも出すか」


 彼は悩み抜いた結果、リリィに手紙を送った。呼び出して、一から説明するのが手っ取り早いと考えたのだ。



「このリリィちゃんと果し合いを申し込むとはいい度胸ですね!」



 昼、クノーの農園の前で、ファイティングポーズをとるリリィが現れた。


「――さぁ、どっからでもかかってこい!」


 闘志を剝き出しにして、今にも殴りかからん態度の少女。

 どうしてこうなった、とクノーは肩を落とす。

 リリィはやけに鼻息が荒い。シュッシュッと口で威嚇しながら、拳を空中に繰り出している。なぜか殴り合いがしたいらしい。


「噂では聞いていますよ。ビックスさんはジビアちゃんに喧嘩を売り、ヴィンドさんはモニカちゃんと決闘を果たした、と」

「……否。アイツらなりの交流だ」

「だとしたらクノーさんは、わたしに挑むのも必然……っ! 格闘対決です」


 クノーは大きく息を吐いた。仮面のうちで己の息がこもる。なぜこうも『灯』の連中は、一度思い込むとブレーキが効かなくなるのか。


「……是。もうその理解でいい。かかってこい」

「はっはぁ! このリリィちゃんをただの落ちこぼれと思ったら、大間違いですよぉ。喰らえっ! 『花園』新必殺技、毒針の乱れ投――――ぐっぽぉ!」


 決闘開始、三秒。クノーが勝利した。

 普段は目立たない役割の彼であるが、格闘は不得手ではない。

 クノーは服に仕込んでいたチェーンを振り回し、攻撃。リリィが毒針を投げる前に、彼女の腹にぶつけ、何もさせなかった。

 這いつくばるリリィの前に、クノーは膝をつけた。


「…………是。伝えたかったことの一つだ。お前は格闘に不向きだろう」

「うぅ、それはそうなんですけど……」

「が、毒という暗殺向きの技術がある。お前はできるだけ目立たないように動き、ターゲットを仕留める。そんな役割が相応しい」


 幸い隠れての暗殺は、クノーが得意とするところだ。元・殺人鬼。技術自体はリリィにも有用のはずだ。

 クノーが講義を始めようとした時、リリィは首を横に振った。


「わたし、こそこそと動くのは嫌なんです」

「……否。お前はスパイだろ」

「違います――わたしは『灯』のリーダーなんですよ」


 リリィは腹を押さえながら立ち上がる。驚くほどの根性だった。


「そりゃ強くないのは分かっています。でも一番危険な場所には飛び込んでいき、敵の注意を引くのが役割なんです。仲間が危ない場面で身を潜めるなんてできません」

「…………」

「隠れて攻撃! なんてのは、エルナちゃんやアネットちゃんがすればいい。わたしの役目は、命を張り、敵の注目を己に集めることなんですよ」


 リリィは再び挑もうとするように毒針を構えた。まだ闘う気らしい。

 感心する。確かに、これほどの度胸を持ち合わせていたら、それも可能だろう。

 無類のタフネスこそが『花園』のリリィの特徴か。

 だが――それは身を滅ぼす発想だ。無謀と蛮勇は違う。このままでは命を落としかねない。考えもなしに目立つ行為は、己の死期を早めるだけだ。

 それをどう伝えようか、考えた時、思わぬ助っ人がきた。



「――美味しいとこ取りは、好きじゃないのか?」



 クラウスだった。いつの間にか二人の間に現れていた。

「ん?」とリリィが首を傾げる。

「お前の言うことも一理ある」クラウスは口にする。「だが、別の役割も考えるべきだ。『灯』全員で紡いできた策のトドメを、お前が担う。それもまたリーダーじゃないか?」


「……お、おぉ。確かに。美味しいとこ取り、大好きです!」

「クノーに教えてもらえ。僕は具体的な指導ができないからな」

「はいっ! クノーさん! このリリィちゃんが一番咲き誇れる方法をぜひ!」


 さっきまでの態度が嘘のように、目を輝かせるリリィ。

 クノーは呆然としつつ、クラウスを見つめた。


「なんなんだ、この女は?」

「気分屋ではあるが」クラウスが口にした。「これが『灯』のリーダーなんだ」

「……疑。今からでも他の奴にしないのか?」

「週に三回は考えるよ」


 二人の前では、リリィが「ぜひぜひ!」と再び拳を構えている。



 とにかくクノーはリリィに隠密技術を伝授される。

 その後、リリィはフェンド連邦にて『べリアス』の副官に毒を盛り、また、最後の最後で『白蜘蛛』にトドメを刺すことになるのだが、これらは彼のおかげかもしれない。


※本作は『スパイ教室 短編集03 ハネムーン・レイカー』特典SSを修正したものです。

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