『スパイ教室 短編集03 ハネムーン・レイカー』特典SS

エロ


『鳳』との蜜月期間、『草原』のサラがもっとも仲良くなったのは『羽琴』のファルマだった。養成学校時代の先輩後輩、怠惰な年上と世話焼きな年下、スパイとしての指導ができるお姉さんと、ここ最近向上心を抱き始めた少女。とにかく相性がいい。

 そんなファルマからサラ宛に「今晩、部屋に来てくれない?」という手紙が届いた。

 サラが断るはずもない。

 きっと夜通し、養成学校時代の思い出を語り合うのかもしれない。そう期待して、お盆にレモン水を乗せて、サラはファルマが借りている寝室に向かった。

 寝室にはファルマだけでなく、ティアもいた。



「エロについて語り合う会よ」「エロについて語り明かすよぉ」



 嵌められた、と項垂れた。

 桃色の間接照明で部屋全体が淫らな色に照らされている。薄暗い部屋の中央には、巨大なベッドが置かれていて、『灯』『鳳』を代表する痴女二人が寛いでいた。うっすらと口元に笑みを浮かべ、ドアノブを掴んで固まるサラを愉快そうに見つめている。


「とりあえず――」


 サラは即座に判断した。


「――帰ってもいいっすかね?」

「ダメよ、もう遅いわ!」「まぁまぁ、とりあえず中に入ってぇ」


 嫌な予感しかしなかったが、逃げることは許されない。ベッドから飛び掛かってくるティアとファルマに挟まれ、無理やり室内に連れ込まれる。


「一体なんなんすか⁉ なんのための会なんすか、これはぁ!」。

「だからエロについて語り合う会よ。『灯』のメンバーじゃできないでしょう?」

「ティア先輩とファルマ先輩だけでやってください!」


 もがくサラだったが、二人に取り押さえられては敵わない。

 それでも抵抗を示すサラに、ファルマが穏やかな声で告げてきた。


「よぉく考えてぇ、サラちゃぁん。これは大事なことなんだよぉ?」

「はい?」

「だって、性知識って集めるのは面倒だょぉ? 勉強や運動なら、多くの本が出版されているでしょ? でもセックスのことはね、国の規制や宗教的な事情もあって、書店では流通しにくいの」


「そうよ、サラ」ティアが言葉を続ける。「もちろん、性の技術書も多くある。けど、その多くは男性向け。私たちが本以上の性知識を得ようとするならば、実際に男と寝るか、経験者と語り合うしかないの。大事な情報交換よ」


 二人とも口調は真面目そのもの。

 確かに二人は、ハニートラップにも長けているスパイだ。そしてそのリアルな知識を増やすのは実戦か、人と語り合うしかない。


「得た知識は仲間同士で共有しないと。どう? 知識だけでもサラには授けたいな、と思って誘ったんだけれど」


 ティアがすまなそうに口にする。

 そこまで言われては引き下がれなかった。性の話題は、サラの苦手分野でもある。


「分かりました。エ、エロを語り合う会。参加するっす」


 ファルマはサラの身体を解放し、穏やかな微笑みをみせた。



「じゃあ、最初のトークテーマからぁ。結局、下の毛は剃――」

「ストップっす‼」



 サラが悲鳴をあげた。とにかく止めた方が良い、と本能が訴えた。

 ファルマが首を傾げる。


「えー? いきなり止めるのぉ? こんなの全然、序の口で――」

「い、いや、それでも自分には、さすがに……」

「でもぉ、大事だよぉ。ほら、あった方がセクシーっていう男性も多いけど、臭いとか清潔感とか気に――」

「話題の生々しさがエグイっす!」


 絶叫するサラ。まさかファルマに怒鳴ることがあるとは思わなかった。

 もちろんティアは気にすることなく「あら、まだすね毛の話かもしれないわ」「そうだよねぇ。まだ確定じゃないよねぇ」「でも、あっちの毛でしょ?」「うん、あたりぃ」とファルマの楽し気にトークをしている。

 サラはぶんぶんと首を横に振る。


「もっと、こう、ポップな話題はありませんか? 初心者にもちょうどいいような」

「えぇ? 例えばどんなぁ?」

「た、例えばって…………」


 ファルマに尋ね返され、サラは言葉に詰まった。

 だが例を挙げなくてはまたハードな話題に戻されかねない。


「お…………」

「「お?」」

「――おっぱいの話をするっすよ……‼」


 渾身のセリフだった。

 日頃の彼女ならば口が裂けても言わないセリフだが、背に腹は代えられない。サラがギリギリ許容できる『エロ』のラインだ。

 だがファルマは尚不思議そうに「つまり、どういうことぉ?」と質問を続ける。


「ど、どうって、そんなの……」

「サラちゃんから話してほしいなぁ?」


 顔が急激に熱くなる心地を抱きながら、サラは決死の覚悟で言葉を口にした。


「……っ、リリィ先輩の胸。どうなればあそこまで大きくな――」

「――というテクニックもあるよ、ティアちゃん」


 ファルマがサラの言葉を途中で遮る。

 ティアは納得いったように「なるほどねぇ」と頷いている。


「ドア・イン・ザ・フェイスみたいなもね。最初に突っ込んだ話題を振って、心理的ハードルを下げる……勉強になるわ」


 突然空気が変わって、サラは瞬きをした。さっきまでの『エロ』はどこに消えたのか。


「え、何を突然……」

「言ったでしょう? 情報交換よ」


 ティアが頷いた。


「相手に本音を喋らせるテクニック。それを学んでいたの。意外ね、サラ。アナタがそんな風にリリィの胸を見ていたなんて」

「……………………………………………………」


 サラは何も言えなかった。何も考えたくなかった。今すぐに記憶を消したかった。

 ファルマが「ごめんねぇ」とサラの肩を触れてくる。

 サラは、ぺしっ、とその差し出された手を振り払った。 


※本作は『スパイ教室 短編集03 ハネムーン・レイカー』特典SSを修正したものです。

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