支援


 陽炎パレスでジビアが逆さ吊りにされていた。


「はい、今日も楽しい男装合コンですね♪」

「いーやーだあああああぁ!!」


『鳳』の一員、甘いマスクの男――『翔破』のビックスの仕業である。

『灯』と『鳳』の交流期間、なぜか執拗にジビアに絡んでくる彼は、今日も今日とてジビアを追いかけ回し、その怪力により拘束。有無を言わさず、合コンに「男役」として参加させてくる。

 なぜかジビアを気に入ったビックス。

 彼に足首を掴まれ、宙づりになるジビアはもがくしかない。


「マジで勘弁してくれ! もう、厳しい! 一緒に男社会特有の『あの嬢ちゃん、胸でけぇな』みたいな下世話トークに混じるのがもうキツい!」

「これも訓練ですよ♪」

「その建前、万能すぎねぇかっ?」


 ジビアの声など聞かず、ビックスはニコニコとした顔で拉致を実行する。


「つーか、実際今日だけはマジで無理なんだよ」


 ジビアは懇願するような声をあげた。


「ん? いつになく真剣ですね♪」

「頼むよ。先客があるんだ。見逃してくれねぇか?」


 ビックスは首を傾げ、足を止める。ジビアの態度から何かを察してくれたらしい。




「一体どこに行くかと思ったら、まさかスラムですか♪」


 ビックスは声を漏らした。なぜか彼もジビアの外出についてきた。ピッタリとしたスーツを纏って、面白いものを見るように頬を緩めている。

 二人が歩いているのは、港町の外れにある貧民街だった。遺児や路上生活者が木造住宅を組み上げて、一つの街を作っている。世界大戦で家族を失った者たちもここに行き着き、糊口をしのぐ生活を送っていた。

 ジビアは大量の缶詰やハムをカバンに詰め込んで歩いていた。


「なんだよ、意外か?」

「別に♪ ただ、財布が空にするくらい食糧を買った時は、馬鹿と思いました♪」

「お前だってちょっと出してくれただろうが……」


 話している内にスラムの中央に辿り着く。そこでは痩せ細った子どもたちが集っていた。ジビアの姿を見初めると、不安と期待が入り交じったような瞳を見せる。

 食堂が詰まったカバンを見せると、隠れていた子ども含めて一斉に駆け寄ってくる。「おいおい、順番を守れよぉ」

 ジビアは苦笑しながら食糧を配っていく。実は彼らと約束していたのだ。国内にいる間はよく、こうして孤児たちに食糧を配るのがジビアの習慣だった。スラムだけでなく、孤児院にも足を運び、たくさんの子どもと関わっている。

 無言で手を突き出してくる線の細い子どもに、ジビアは笑顔で缶詰を渡していく。

 その様子を、ビックスはただ黙って横で見つめていた。


「……偽善っつぅのは分かるよ」


 言い訳するようにジビアは呟いた。


「一応な、知り合いの議員に頼んでんだ。どっか孤児院や教会を紹介してくれって。けど、やっぱキャパも無限じゃねぇしな……」

「だから、救える範囲でもってことですか」

「そんなとこ」


 かつて『屍』任務で知り合ったウーヴェ=アッペル議員に手紙は送ったが、芳しい返事は戻ってこなかった。彼も彼で奮闘しているが、それでも理想には遠いという。


「彼らは」缶詰を配り終え、子どもがいなくなったところでビックスが尋ねた。「どんな大人になるんですか?」

「犯罪者」


 ジビアは即答する。


「厳しい現実だけど、七割はそうなる。読み書きもできない人間を雇ってくれるやつは少ないしな。これだって、もし大人になるまで生きられたら、の話だ」


 彼の働き口は、盗人家業かギャングの下働きが大体だ。まともな教育を受けていない人間には、善悪の区別が薄い。生きるために人々を襲うようになり、刑務所に入り、皮肉なことに、そこで初めて教育を受けられる。

 ジビアが変えなければならない現実だった。

 ビックスはなんとも言えないような表情で肩をすくめる。


「おい」


 低い声が響いた。

 二人が顔を向けると、そこには柄の悪そうな男が三人ほど立っていた。顔中にドラゴンの入れ墨。この辺を取り締まっているギャングの下っ端だろう、とジビアは察した。

 その三人の中でリーダーらしい大柄の男が一歩前に出た。


「俺たちの縄張りで餌付けをしているって噂の嬢ちゃんはお前か?」

「……そうだけど?」


 警戒を持って答える。関わってもロクなことになりそうにない。


「ふぅん」ギャングの男は顎を撫でた。「何も取って食ってやろうって訳じゃないんだ。殊勝なことじゃねぇか。このご時世に、食いもんを分け与えるなんて聖母か天使だぜ」

「そりゃどうも」

「なぁ、嬢ちゃんの親を紹介してくれないか? 挨拶でもしておこうと思ってな」

「義理はねぇよ」

「それがあるんだなぁ。先日、ガキの一人が食中毒を起こしてな? 少しばっかり慰謝料をほしくてなぁ。金に余裕はあんだろ?」


 そういう用件か、と納得する。

 真っ当に会話が通じそうな相手ではなかった。論破しようと言葉を換え、脅迫を続けるだろう。ジビアもよく知る、暴力の論理だ。金がありそうな奴は何者であろうと金を取る。スラム街の子どもたちが生きねばならない世界だ。


 ――全員打ちのめすか。


 容易いだろう。今後ここで活動を続けるのが面倒になるだろうが。

 足を浮かそうした時、よりスマートな解決法を思いつく。


「金の出所はあたしじゃない」ジビアは首を横に振る。「あたしのお兄ちゃんだ」

「ふぅん、どこにいる?」

「そこ」


 ジビアは、隣で暇そうにしていたビックスを指さした。

 彼は困惑したように顔を強ばらせた。


「え……」

「ふぅん」ギャングたちは面白そうに彼を取り囲む。「じゃあ兄ちゃんが払って――」

「あの、ぼくも暇じゃないんです♪」


 ビックスは路地に転がっている鉄パイプを拾いあげると、それを両手であっさりと二つにへし折った。一瞬で示される、超人的な筋力。

 彼の特技――『怪力』

 絶句する男たちに、彼は千切った鉄パイプをそっと投げ渡して微笑む。


「まだなにか?」

「あ、いえ、なんでもないです……」

「でしょうね♪ あぁ、ついでに一言♪ ここの子どもたちや妹に危害を加えたら、ただでは起きませんので♪」


 ギャングたちは悲鳴をあげて立ち去っていく。

 相手との間に余計な因縁を作らず、一瞬で恐怖を刻みつける――ジビアが直接暴力を振るう以上に、スマートな結末だった。

 ジビアが笑いながら肩を叩いた。


「やるじゃん、お兄ちゃん」

「次その呼び名を使ったら殺します♪」

  


※本作は『スパイ教室06《百鬼》のジビア』特典SSを修正したものです。

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